生命冒涜する塔(タワー)②
その塔は、魔法大国ガリリュースの南端の山岳地帯の合間に建っていた。
まるで崖に落ちた者が再び這い上がるために建てたかの様に、崖の底から真っ直ぐに伸びたその塔の存在を知る者はほとんどいない。
塔の入り口は最上階。最下層に扉はなく、窓も殆ど無い。
そんな知られざる塔へ向かう、二つの人影。
「さあ、そろそろつくよ。モエ。あそこが新しいきみのお家だよ」
やや男性よりの機械音声の様な声で語りかけながら、仮面の人物が少女の肩に手を乗せた。
「ちっちゃいね」
少女は仮面の人物に笑顔を見せる。
「ははは。ちっちゃく見えるかい? じゃあ、もっと近付いてみよう」
二人が塔に近付くと、最上階にかかっていた跳ね橋が降りて、ドアから、両目を布で塞いだ女性が現れた。
「おかえりなさいませモーニ先生。あら……他に誰かいるのかしら?」
女性はモーニの隣に気配を感じ、モエの頭上に顔を向ける。モーニは女性の手を取って、モエと握手させた。
「今日からここで暮らすことになった、モエちゃんだ。モエ、この人はミコトさん。お母さんだと思って色々教えてもらいなさい」
「ミコトさん、こんにちは!」
モエはミコトと呼ばれた女性の手を両手で握り、上下に振った。
「あら、可愛らしいお嬢さん。よろしくね」
「ミコトさん。モエは今までの皆さんと違って長期に滞在する事になると思う。色々教えてあげてくれませんか」
「ええ。喜んで。先生はまたお出かけですか?」
「いや、私もしばらくここにいるよ」
「カムラ様のところに来た、レイ姫様そっくりのお嬢様のところへ行かなくてもよろしいのですか?」
「ああ。イレーネも随分とこの世界の事を理解してきた。そろそろ一人で何でもできるだろうから、城まで行かずともいいだろう。さあ、モエ。お腹が空いただろう。ミコトさんの料理はとても美味しいんだ。ほっぺたがおちちゃうかもしれないぞ」
「えー? 落ちたら痛いよ」
「それはたしかにそうだね」
三人は笑い合いながら、塔の中へと入っていった。
そんな三人を、岩場の陰から覗く二人の男がいた。
「美琴さん、やっぱりここにいたのか。ガリリュースの錬金術士に攫われたって情報は、間違ってなかったみたいだな」
男は双眼鏡を構えたまま、もう一人の男に話しかけた。
「あの仮面の男がモーニ・プラスですか」
「そうだ。ヤツに捕らえられた異世界人は、二度と戻ってこない。皆モーニに殺されたと思っていた。美琴さんもな」
「生きてましたね、美琴さん」
男は双眼鏡を降ろすと、もう一人の男に書簡を渡す。
「でも、美琴さんの〝眼〟はもう使い物にならないみたいだ。庵野のアニキにそれを報告しといてくれ」
「分かりました!」
書簡を持って、男は走り出した。
「さて……お前はその塔で、何をしてやがる……美琴さんに何をした?」
「ご覧の通りですよ。彼女と暮らしている。ただ、それだけの事だ」
ヤーゴが機械音声に驚いて振り返ると、そこにはモーニ・プラスが立っていた。
その傍らには、ついさっき走り出した仲間が倒れている。
モーニの足元には、闇の魔力の残滓がまとわりついていた。
「闇衣の術⁉ バカな!」
ヤーゴは素早く飛び退き、ダガーナイフを構えた。
「便利な術です。行った事のある場所と、目で見える場所へ移動できる魔法……まあ、人間の魂を使うので、燃費が悪いのが欠点ですが」
「ガリリュースの魔道士は、闇魔法の使役を固く禁じられているはずだ!」
「それがどうしたというのです」
機械音声がザラザラと音を立てながら応える。
「お前は狂ってる……瞬間移動するためだけに、他人の魂を使ってるんだぞ……」
ヤーゴは奥歯を噛み締める。
「それは確かに仰る通りだ。闇魔法というものは魔の者の魔法。本来、人間を喰らって糧としますからね。いや、心が痛む」
機械音声は楽しそうに喋っている。
「心が痛むんなら使うなよ……」
「ただ問題は──」
そう言うと、狂った錬金術士は闇でできた衣に包まれて消え、すぐにヤーゴの背後に現れた。
「──私に、心なんてものが存在しない、ということかな」
錬金術士はヤーゴの額に手を当てる。その瞬間、ヤーゴは意識を失った。
「新しい〝材料〟が自分からやってくる様になったね……すこしリスキィだったが、ミコトさんの噂を流したのは正解だった」
機械音声のザラザラとした笑い声が周囲に響き渡り、倒れた二人と錬金術士は、闇の衣に包まれて消えた。
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