堕ちる綺羅星(スター)④
異世界人たちの隠れ住まう「安住の地」アキバ街と、五大国のうちの一国、トンブライの間に位置する小国、グリンウェル。
四方を森に囲まれたグリンウェル国は、魔の者が封印されて数百年経った今となっては、自然の要塞に守られた安全な国として、
五大国から移り住む者も少なくないと言われている。
「いやぁ、ごめんね、なんか」
ビールを煽りながら、淳子は蓮華に笑みを見せる。
「気にしないでください。体調がすぐれなかったんですよね」
二人はグリンウェルの中にあるバルで食事をとっていた。海市淳子の異能力である飛行船くじら号が突然ガス欠になり、
異世界人レジスタンスのアジトからアキバ街を越えた辺りで二人は着陸し、グリンウェルまで徒歩でやってきていた。
予定では今日の深夜にはトンブライ国にたどり着き、任務を開始するはずだったが、グリンウェルにたどり着いたときには既に夜だったため、異世界人レジスタンスと内々につながっているこの国で休息することにしたのだった。
「たまーにあるんだよね。あたしの魔力切れみたいな? こうなったらいっぱい食べて飲んで、ぐっすり眠るしかないんだよね。なっはっは」
「それでまた、国と国の間を飛ぶ飛行船を動かせるんですから、やっぱり淳子さんの力はすごいです」
「蓮華の力の方がすごいよ」
「え? だって私の力は現世人だけを数十分眠らせるっていう、中途半端な……」
「だれも傷つけないのがいいのよ。くじら号なんてミサイル積んでるんだから。傷つけないどころか、何十人も殺しちゃうよ」
そう言った直後、淳子はウエイトレスにビールのおかわりを要求した。
「そんなもの、ですかね……」
蓮華が軽くうつむいたとき、バルの入り口付近が少し騒がしくなった。
「歌、ですかね?」
蓮華は顔をあげて入り口の方を見る。
「そうみたいだねぇ。吟遊詩人ってやつ?」
死神の歌を聴いてはいけないよ
聴けば正気を失うのさ
死神の歌を聴いてはいけないよ
愛する人を
親愛なる友を
傷つけたくなければ
死神の歌を聴いてはいけないよ
「わらべ歌じゃん」
淳子は最近流行り始めた羊肉のジャーキーをかじりながら、吟遊詩人をつまらなそうに見る。
「わらべ歌ですか?」
「そう。私がこの世界に来たときにね、由理絵さんが歌ってたの」
「神塚さんが?」
「うん。綺麗な歌声で。由理絵さん、めちゃくちゃ歌がうまいんだから。聴いたことない?」
「ええ……そもそも、歌うイメージすらなかったです」
「由理絵さんだって、いつも難しい顔で預言者みたいなことを言ってるだけじゃないから。そりゃあなんつーの? イゲン? ってのは必要かもしんないけどさ。あたしと十歳も違わないし」
「そうなんですか!? 由理絵さんって、二十代なんですか?」
「それ、あたしの歳間違ってない?」
「え? 海市さんって私と同世代で十代じゃ……」
「なっはっは! アラサーだよん」
「ええっ!?」
「そこのお二人……」
二人が盛り上がっていると、いつのまにか歌を歌い終えた吟遊詩人がテーブル脇に立っていた。
「おっ。歌うたいさん。めずらしいね、わらべ歌を歌う吟遊詩人なんて」
「そうですか? それより……この店に入った時から、僕はあなたの美しさに心を奪われてしまって何度も歌詞を間違ってしまいました。いけない人だ」
吟遊詩人は歯の浮くようなセリフをさらりと言いながら淳子の手を取り、優しく微笑んだ。
蓮華は目を見開いて両手で口をおさえた。
「人のせいにしちゃだめだよ。歌詞を間違えたのは……キミの練習不足だね」
淳子は吟遊詩人の手をほどいて、額に人差し指の先端をつん、とつけた。
「まいったな……」
吟遊詩人は頭を掻いて照れくさそうに笑った。
その後、吟遊詩人の歌に合わせて淳子が踊り、バルの客は皆楽しい夜を過ごした。
翌日になってもくじら号の燃料は元に戻らず、淳子は馬車でトンブライに向かう事を決めた。
「梅ちゃんはパネロースでお仕事中かぁ。庵野さんに伝えなきゃマズいのになぁ」
淳子は眉間にしわを寄せて、グリンウェル内部の仲間からの連絡書を見ている。
「梅ちゃんって……梅田阿子さんの事ですか。梅田さんがグリンウェルの外に出るなんて、珍しいですね」
「うん。だからこそ、早く庵野さんへ報告しないとまずい」
「どういう事ですか?」
「梅ちゃんがこの国やアキバ街の守りを捨てて外に出たってことは……よほどヤバいやつを相手にしなきゃいけない任務があるってことだよ」
「ヤバいやつ、ですか」
「そ。梅ちゃんを必要とするってことは……どっかの国の最高戦力が相手じゃないかな。将軍以上だと思う。ますます、急いでトンブライに行かないと。蓮華。庵野さんにあたしのトンブライ入りが遅れること、伝えといてくれる? 伝えたら追いかけてきて」
「分かりました!」
こうして、海市淳子は馬車でトンブライ国へ向かい、鎧井蓮華は異世界人レジスタンスのアジトへ引き返していった。
「久しぶりに、あたしたちだけで仕事だねぇ、ニャン吉」
「ニャァ」
馬車の荷台に揺られながら、淳子がニャン吉と戯れていると、グリンウェルの方から馬が駆けてきた。
「お嬢さん!」
それは、昨日バルを一緒に盛り上げた吟遊詩人だった。
「あら。歌うたいさん。急いでどうしたの?」
「僕の行先もトンブライなんだ。ぜひ、一緒に旅しないか?」
「あたしは馬車。あなたは馬。お先にどーぞ」
「つれないね。想い人がいるのかい?」
吟遊詩人は馬の上から荷台を見下ろしながら、切なげな微笑みを見せる。世の若い女性にとっては心奪われる微笑みであるところだが、淳子は昨日と変わらずいたって冷静な感情で、吟遊詩人に向かってふっと微笑む。
「べつに。興味ないだけ。でも、あなたの名前くらいは憶えてあげる」
「僕に名はない。名無しの吟遊詩人さ。ただ……僕とかかわった人間からはこう呼ばれている──」
そう言うと吟遊詩人はさらに悲しげな微笑みをたたえて、呟くように言った。
「──死神吟遊詩人、と」
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