未来視る女教皇(ハイプリエステス)②

 庵野が北の大木に辿り着いた時、そこには信じられない光景が広がっていた。


 女傑の国最強の剣士と呼ばれた爆炎の魔法剣士、オリヴィア・リーフと戦う男──


「ぐっ……」


 剣と剣がぶつかり合う音が、雨の中でもはっきりと響き渡る。

 オリヴィアが圧されていた。何度か打ち合った後、男の腕力がオリヴィアを押し切り、彼女は地に膝をついた。


「この程度かね」

 長身のその男はロングソードを片手で構えたまま、オリヴィアを見下ろす。オリヴィアとの戦いで体温が上がったのか、男のマントからは蒸気が立ち昇っていた。


 庵野が声を発する前に、長身の男が剣先を庵野に向けた。


「やはり、グリンウェル付近が異世界人の隠れ家だったか」

 長身の男は不敵に微笑んだ。風格ある佇まいと威厳ある表情は、まさしく王のそれだった。


「てめえは……」


 ──カムラ・ガリリュース。魔法大国ガリリュースの王が、たった独りで庵野たちのアジトのすぐそばまでやってきていた。


「アンノ。君たち異世界人があの戦いに出て来なかったのは、センダギの仕業だろう。センダギを出せ」


「何言ってやがる……あいつを探してんのは俺だって同じだ」

 庵野がそう答えた途端、カムラの腹から剣先が飛び出した。


「ぬぅ……」


「戦いの最中に余所見とは……慢心がすぎるぞ、ガリリュース王!」

 カムラの背後にはオリヴィアが立ち、背中に剣を突き立てていた。


「慢心? この私が?」

 カムラはつまらなそうに自身の腹から飛び出す剣先を掴むと、そのまま押し戻していく。


「なっ……」

 驚愕するオリヴィアを無視してカムラは剣を力づくで押し戻し、もう片方の腕を背後に回すと掌から突風を起こしてオリヴィアを吹き飛ばした。


 剣が抜け、地面に落ちる。

 カムラは腹に開いた穴をものともせず、無表情のまま庵野を見据えた。


「君はセンダギとは無関係、というのかね?」


「ああ。随分昔にケンカ別れしたまま、ヤツと俺は仲間でもなんでもねえよ。それよりてめえ、その身体は……」


「つれないことを言うなよ、流司」


「お前……」

 倒れたオリヴィアの背後から声をかけてきたのは……他でもない、千田木涼平本人だった。

 カムラは素早く振り返り、千田木と向き合う。


「やあみなさん。これはこのまま〝支配者会談〟を再現できそうなメンバーですな。だが……レナルヴェートの兵長よ。君はお転婆がすぎる。話の邪魔をされてはかなわんので……少し、大人しくしていなさい」

 千田木がそう言った途端、オリヴィアの手首と足首に紫色の煙が巻き付いた。


「なに、これ……」

 オリヴィアは立ち上がろうとするが、腕も脚もまったくいうことを聞かず、その場から動けなくなった。


「さて、これでよし。それにしても……臆病なガリリュースの王が必死に戦争をしてくれたおかげで、この世は随分と御しやすくなりました。感謝いたします」

 千田木は片手を前に出し、お辞儀のポーズを取る。


「なんだと……?」

 カムラが千田木を睨みつけた。


「極光旅団に魔の者の軍勢。手駒を増やし、十二分に準備をしてレナルヴェートを滅ぼし、今やトンブライも壊滅状態。残ったパネロースとマクスウェルも打ち倒すつもりの様だが……」


 千田木の話の途中で、カムラが再び掌から突風を吹かせる。しかし、千田木はその突風を予期していたかの様に身を躱す。


「この期に及んで誤魔化しはいらんよ、魔力無き大魔道士よ」


「くっ……」

 カムラは再度、千田木に掌を向ける。しかし、千田木は避ける素振りすら見せない。


「ンッフッフッフ……良いではないですか。もうネタばらしをしても。カムラ王よ。あなたは異世界人を捕らえて人体実験を繰り返し、異能の発現に必要な条件を見つけた。それは……」


「貴様から話す必要はない……」

 千田木が言葉を続ける前に、カムラが口を開く。そして、身に着けたマントを広げた。その内側には──


「ひっ……」

 オリヴィアが声にならない悲鳴を上げた。



 ──人間の「パーツ」が、ずらりと並んでいた。

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