墜ちる綺羅星(スター)③
「蓮華!」
淳子が飛行船くじら号の舵を面舵いっぱいに切りながら蓮華の方を見る。蓮華は既にくじら号のハッチを開け、外に掌を向けていた。
炎と氷が開けたハッチの内側にぶつかる。その衝撃でくじら号が揺れた。
「ぐっ……」
「蓮華くん! 大丈夫か!」
「大丈夫です!」
淳子と蓮華、三船とニャン吉を乗せたくじら号は、任務の途中でガリリュース国の魔導兵団に見つかり、魔法による猛攻撃を受けていた。
それなりの飛行速度を誇るくじら号だったが、淳子たちはアジトの方角を知られる訳にはいかず、応戦せざるを得ない状況となっていた。
「行きます!」
くじら号の外に向けた蓮華の掌から蓮の花が咲き、すぐに散る。その瞬間、次の蓮の花が蓮華の掌から咲き、次々と花びらが舞い散っていく。
蓮の花びらは強い香気を放ちながら、ガリリュース国の魔導兵団の頭上、広範囲に広がっていく。
「なんだァ……?」
魔道士の一人が、無警戒に花びらに触れようとする。
「馬鹿者! 奴らは恐らく異世界人だ! その花びらが異能だったら……どう……す、る……」
魔導兵団のリーダーと思しき男が無警戒な魔道士を注意しようとしたが、その声は徐々に弱々しくなり、そしてそのまま、その場に倒れ伏してしまった。
「兵長⁉ どうなさいまし……た……」
ガリリュースの魔導兵団が、次々と倒れていく。折り重なる様に、いとも容易く。
結界魔法を使った者も、花びらを焼き払おうとした者も皆、手遅れだった。
くじら号への攻撃はすっかり止んで、プロペラ音以外には、何も聞こえなくなる。
「……よし。確認するよ」
淳子がレバーを操作し、くじら号はゆっくりと地面へと着陸した。
くじら号から降りた三人と一匹は、昏睡するガリリュースの魔導兵団を見回る。
「全員寝てます。異世界人はいません」
「一人も奴隷兵士がいない、という事か」
三船が目を見開いてつぶやいた。
「ガリリュースは本気の戦争を始めようとしてる。庵野さんに報告しなきゃ、だね」
淳子は腰に手を当ててフン、と鼻を鳴らす。
ニャン吉はつまらなそうに毛づくろいをし始めた。
海市淳子率いる、異世界人奴隷開放及びレジスタンス引き入れチーム、通称「スカウト組」は、鎧井蓮華の加入によって圧倒的効率性を手にする事となった。
蓮華の能力は「現世人だけを眠らせる香りを放つ蓮の花を掌から咲かせる」というもので、これによってスカウト組の任務遂行速度は、発足時の十倍となった。
淳子たちは次々と異世界人を助けてアキバ街に送り込み、見込みのあるものはレジスタンスのメンバーに引き入れていった。
異世界人レジスタンスのメンバーは、既に外部協力者を含め、最大国マクスウェルの正規軍にも引けを取らない規模まで拡大していた。
「なるほど。状況は分かった」
異世界人レジスタンスのアジトの会議室で、庵野は眉間にしわを寄せながら、三船の報告に答えた。
「あのとき鎧井くんを助けていなければ、我々異世界陣営はガリリュースに遅れを取り、これから起こるであろう戦いで完全敗北していたでしょう。レジスタンスメンバーも随分増えました。そろそろ、こちらから仕掛ける時期なのでは」
三船は世界地図上にあるガリリュース国の位置を指差し、不敵に微笑む。
「まだだ」
庵野は立ち上がり、三人に背を向けて窓の方を向きながら答えた。
「何故です? まだ、千田木には敵わないと? こちらには阿房くんもいます。それとも、アキバ街の不穏分子を気にしているんですか?」
三船の問いを背に受け、庵野は振り返った。
「まだ、揃ってないらしいんだ」
庵野は三人に苦笑いを見せた。
「……神塚さんの千里眼が、また新しい異能者を見つけたんですか」
「ああ。鎧井の次に必要な人材をな」
「その異世界人は、どんな能力を?」
「分からん。ただ……」
そう言って庵野はタバコを取り出し、火をつける。先端が赤く燃え、庵野はため息の様に煙を吐いた。
「……ただ、〝絵〟に関わる異能者らしい」
「絵といえば……トンブライ国ですか」
「あぁ。そうだ。だが、この任務はあてがねえ。甚太は残ってもらって、海市、鎧井の二人に任せたい」
「しかし……私がいなければ異能がわかりません」
「どちらにしろ異世界人はみんな助けるんだ。戻ってきてから甚太の力で確認すりゃいい。それに、おまえがいなきゃ……アキバ街の問題はどうにもなんねえ。そうだろ?」
「……」
「どうだ? 二人とも。やってくれるか?」
「はい」
「はい!」
「よし。じゃあ甚太はアキバ街へ。二人はトンブライに飛んでくれ」
こうして、スカウト組は分断し──
「庵野さんと三船さん、何を心配してたんですか?」
「んー? ああ。アキバ街ね。あそこに、なんかあるらしいよ」
「海市さんも聞いてないんですか?」
「聞いて、アタシに何かできる事がある時しか、庵野さんは話さない。言わないって事は、アタシ達は力になれないってこと」
「そう、ですか……」
「まー気にしてもムダムダ! トンブライに行くよ!」
──運命の歯車は、少しずつ……噛み合おうとしていた。
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