秘密守る魔術師(マジシャン)①

「えー、そんなわけで……我が国は代々、王家の強力な魔法の力に護られ……」


 退屈な授業を受けて眠い目をこすりをながら、少年は教師の板書をノートに書き写していく。


 自国ガリリュースの歴史の授業は、魔法を身につける上では避けて通れない必修科目だった。


「ふぁぁ……」


「こらそこ! あくびをしない!」


「……だって、こんな話、眠くもなりますよ」

 少年が教師に口答えすると、教室に失笑が起きる。


「あのなぁ。ガリリュース史は王族を知り、感謝し、魔法を身に着けるのに……」


「それ何回も聞きましたー」

 教師の言葉をさえぎって、少年がいつもの言葉を口にする。


「でも、王族を知ってどうするんですか。俺達がカムラ様みたいな大魔法使いになれるんですか?」


「なれるかもしれないよ」

 教室の一番うしろの席のさらに背後から、よく通る男性の声がし、生徒たちが振り返る。


 そこには、ガリリュース国民なら誰もが知る男が立っていた。

 教師は口を大きく開けてチョークを手から落とした。

 白いチョークが教師の足元で砕け散る。


「私達王族の歴史は、この国の魔法発展の歴史だ。史実を知り、なぜその魔法が発展したのか、なぜあの魔法が廃れたのかを考えるだけで……君たちが習得すべき魔法が何なのかという道標になるだろう」


「かっ、かかか……カムラ様!?」

 教師がそう言うと、教室内がざわめく。


「嘘だぁ、誰かが変化の魔法とかで……」


「本物だよ」

 カムラは微笑む。


「なんでカムラ王がこんなところにいるんだよ。先生! こいつ偽物なんじゃないですか!」

 生徒の一人が立ち上がり、カムラの方へ歩み寄る。


「魔法使いは、目の前のあらゆる事象を疑うべきだ。君の考え方は正しい」

 そう言うとカムラは指先から光を放ち、教室の天井いっぱいに光の粒をばらまいた。


「なんだ、この光……」

 カムラに近づいた生徒が、光の粒に手を伸ばそうとしたその瞬間、突如として現れた網状のものに、光の粒はすべて包み込まれた。


「こら! どんなものかもわからないのに安易に触れようとするんじゃない!」

 網を放ったのは歴史の教師だった。手のひらから放たれたその網は、光の粒を包んだまま吸い寄せられる様に教師の手元に飛んでいき、光の粒を包んだまま、彼の足元に着地した。


「その光に触れても害はない。だが……生徒諸君、君たちの先生は……退屈な歴史の授業を学び、その学びの中から……廃れた結界術の一つを発見し、研究し、身に着けている。なぜか? それは……実践にはまるで役に立たない特殊結界魔法が、教室内の君たちを守るのには極めて有効だからだ。素晴らしい」

 カムラは拍手をしながら、教師に微笑みかける。


「先生……」

 生徒たちは、冷や汗をかきながらカムラを軽く睨みつける教師を、初めて尊敬のまなざしで見上げる。


「カムラ様、お戯れが過ぎます」


「いや、驚かせてすまない。君たちの先生に用があって来たのだ。授業が終わったら、少し時間を」


「かしこまりました……」


 数十分後。授業を終えた教師は応接室でカムラと向かい合わせに座っていた。


「君は実力ある魔導師なのに、生徒にそれを見せないから素晴らしい授業があのような事になるのではないかな」

 カムラが教師に向かって、少年の様に微笑みかける。


「それにしてもあれは荒療治すぎます。カムラ様が国民を傷つけるとは思いませんが……つい結界を放ってしまいました」

 教師は苦笑いをカムラに向け、頭を掻いた。


「いやすまなかった。それで用件なんだが」


「はい」


 教師がそう答えると、カムラは笑みを消して威厳ある王の表情となり、数秒間を置いてからゆっくりと口を開いた。


「……実は、モーニが私に黙って、北の塔で人体実験を行っているらしい」


「あのモーニ・プラスが」


「そうだ。そこで……君の教え子の……異世界人を何人か使って、調査に行ってもらえないだろうか」


「異世界人ですか? 現世人の魔導師ではなく?」


「そうだ。近く、奴隷戦争ではなく本当の戦争が起こる恐れがある。魔導師は学園と王城に残しておきたい。できるかな」


「……数名、あてはあります」


「わかった。では、その数名を3日後、城へ向かわせてくれ。正式な王命は明日にでも書簡で届けることとする」


「かしこまりました……」


「いつもありがとう。では」

 用件を伝え終えた王は出された茶に一切口をつけることなく立ち上がり、早々に応接室を出ていく。


「……異世界人を、あの変人の調査にね……」

 教師はため息をつき、自分の分の茶を飲み干した。


「戦争か……私は、子どもたちを護らなければいけないな……」

 かつてカムラと共に戦った引退魔導師は、握った拳を見つめて己の魔力の衰えを感じながら、深いため息をついた。

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