夢想する法王(ハイエロファント)④

 アキバ街の外れに位置する木造の小屋。異世界人レジスタンスの中でも、限られた数名にしかしらされていないその場所に、一人の青年の姿。


 青年は小屋の戸をノックする。

 中から勢い良く扉を開けて、少女が現れた。


「いっくん! 久しぶり!」

 少女は青年の顔を見ると、ぱっと笑顔になる。それにつられて、青年も笑顔を見せる。


「久しぶり、花代」

 野上は花代に優しく微笑みかけると、いつもの様に〝戦利品〟を懐から取り出して花代に差し出す。

 金属の板にガラスが焼き付けられた、美しい髪飾りだった。


「なに、これ?」

 花代が首をかしげる。


「パネロースの名産品だ。七宝焼みたいなもんだろ」

 野上は少し照れながら、花代に七宝焼の髪飾りを手渡した。


「きれい……」

 花代は目を輝かせながら、髪飾りを見下ろす。


「気に入ったか?」


「うん! ありがとう……いっくん」

 花代は頬を赤らめて、野上を見上げた。


「庵野さんに報告に行かなきゃ。じゃあな」


「待って!」


「……ん?」


「いっくん、その……おなか、空いてない……?」

 花代が上目遣いで野上に問いかける。野上はそれを見て、ふっと微笑んで小屋の中へ入った。


「おや? 邪魔だったかい」

 野上が花代の小屋に入ると、食卓には客人が座り、花代の作った料理を口に入れたまま、言葉を発した。客人は緑の法衣のような服を身にまとった、男とも女ともつかない、年齢不詳の麗人だった。


「誰だ……」

 野上は警戒心を持って、客人を睨みつける。


「この人、森の中で行き倒れていたの。異世界人みたいだから、アキバ街に行ってもらおうと思って」

 花代は野上と対象的に、なんの警戒も無い笑顔で野上に説明した。


「異世界人、か……」


「いやぁ、助かりましたよ。気づいたらよくわからない土地に倒れてましてね。花代さんに助けてもらわなかったら、のたれ死んでいたところです」

 緑衣の客人はニヤリと笑って、野上を見上げた。


「……名前は、思い出せますか」


「霧島。名字しか思い出せないよ。自分が何者なのかすら、わからないんだ」

 緑衣の客人は、眉毛を八の字にして苦笑いをして見せる。


 野上には、その表情の一つ一つが、全てウソのように見えた。


「いっくん、霧島さんをアキバ街に連れて行ってあげて?」

 花代は相変わらずなんの警戒もない表情で、野上を見つめる。


「おや、あなたがいっくんですか! 異世界からここに飛ばされてきた人間は皆、天涯孤独だというのに……同じ世界から飛ばされてきた記憶があるお相手だとか!」

 霧島は目を見開いて嬉しそうに、早口でまくしたてる。


「本来異世界人は孤独であるはずが、いっくんさんと花代さんはほとんど家族みたいなものなんだそうで! いやぁ、素敵なお話です。私も愛する家族が一緒にこの世界にやってきていたらよかったのに! 愛する、家族が……ね」


「……俺と花代は、本当に例外だそうで。他の異世界人はだれもかれも、皆天涯孤独です」

 野上は軽くため息をついて、返答した。


「それはそれは。それで、いっくんさんはもともと探偵で、花代さんは学生だったとかで。どういうお知り合いだったか記憶はないということですが、なにやら親しい間柄だったことだけは覚えているそうで? まあそれはそれはいっくんさんの変装のすごさを、自慢げに語っておられましたよ! ふふふ……」


「おい、花代……」


「だって……ね?」

 花代はウインクをしてごまかす。


「ね、じゃねえ! もう、しかたねえなぁ……」

 そう言いながら野上は食卓につき、花代が作った食事をぺろりと平らげた。


 野上は任務を終えて帰ってきたときはいつも、訪れた国の話を花代にしてやるが、今回は霧島がいたため、霧島に異世界のことを説明するに終止した。

 霧島はその話を興味深げに聞いていたが、野上にはなぜかその態度が、どうしてもわざとらしく見えて仕方なかった。


「……さて、いい加減行かなきゃな。霧島さん、街まで案内する。さっき話したとおり、街以外じゃ、俺達異世界人は奴隷になっちまう。あんたには選択肢はないぜ」


「……わかりました。花代さん。本当にありがとう。ではまた」

 霧島は薄っすらと微笑みを浮かべて、花代に一礼する。


「霧島さん、お元気で。ねえいっくん……」

 花代が野上の服の裾をつまむ。


「次は、いつ来るの……」


「次の任務はそんなに難しいもんじゃないって聞いてる。すぐに戻るさ」


「うん、待ってる」

 そう言った花代の頭にぽんと手を乗せ、野上は霧島を連れて小屋をあとにした。



「いやぁ、野上さん……素敵な彼女ですねぇ」

 霧島がぼそりとつぶやく。


「かっ……彼女じゃ、ないっすよ……」

 野上は硬直しながら霧島を振り返ってひきつった笑顔を見せる。


「ええっ? お付き合いしていない⁉ どこからどう見ても相思相愛なのに?」

 霧島はニヤニヤといやらしい笑顔になる。


「い、いや! あいつは俺の事を兄貴だとおもってるはずだし、俺もその……あいつは……」


「あいつは?」

 霧島が聞き返す。


 森の中に風が吹き、野上の心を表すかの様にざわめく。


「その……」

 そう言って照れ笑いを見せた野上は、すぐに真顔になる。


「その前に……あんたのことを聞かせてくれよ。あんた、この世界に来たばかりなんだよな?」


「……ええ」


「じゃあなんで……平然と魔力を纏ってるんだ?」


「魔力?」


「とぼけなくていい。俺には魔力が見える。あんたの纏う魔力は……異常だ。どうせ、アキバ街を狙う……どこかの国家魔道士だろう」

 野上はそう言うと、霧島と距離を取って身構える。


「……ククク……」

 霧島は肩を震わせて笑い始めた。


「ああっ! もどかしい両片思い!」

 霧島が突然、叫び出す。


「はあ?」


「時を同じくして異世界へやってきた二人! そこへ現れる悪い魔法使い霧島! ああ!二人はどうなってしまうのか!」


「何を……」


「ああ、これは尊い! 二人の間に障害が必要だねぇ!」

 霧島は両手を広げて天を仰いだ。


「何を言ってるんだ!」

 野上は困惑しながら霧島に向かって叫ぶ。


「……たとえば、悪い魔法使いのせいで、男が女になってしまったなら?」


「は?」

 野上がそう言った瞬間、霧島は両手から白い霧を吹き出した。


「なっ⁉」

 野上は後ろに飛び退くが、霧は絶え間なく吹き出し、やがて野上の身体を全て包み込んだ。


 霧が晴れると、そこには一人の女性が立っていた。


「な、なんだこれ⁉」

 女性は自分の変化した肉体をベタベタと触り、驚愕する。


「できあがり。さあ、花代ちゃんの愛が試されるね!」


「お、おい!」

 つい先程まで青年だった女性は、霧島に駆け寄る……が、霧島は今度は自分の身体を紫色の霧で包み込む。


「毒……?」

 女性と化した野上は、慌てて足を止める。


「ククク……私の名はフォギア・ハロルド……男に戻りたければ、私を探し出してみなさい……それとも、その姿のまま……花代ちゃんと愛し合ってもそれはそれで……ああ、おもしろいですねぇ……」


「ふざけんな! なんだよこれ!」


 野上は絶叫するが、紫の霧が晴れたあとには、何も残っていなかった。

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