理に抗う隠者(ハーミット)②
「また、俺の勝ちだ」
エルリックがカードをオープンすると、その卓の男達は両手を挙げて降参した。
「あんた、もしかして〝無敗のヤーゴ〟か?」
エルリックの顔を見て、負けた男達のうちの一人が目を見開きながら、いまいましげにつぶやく。
「そう、呼ばれたこともあったな」
エルリック・ヤーゴは男たちから金を頂くと、そのままカウンターでオレンジジュースとバーボンをロックで注文する。男達は悔しそうにしていたが暴れる様子もなく、次の獲物を物色し始めた。
その男達が荒くれ者ではないことは、見た目でわかっていた。成金趣味の服装。エルリックは連れのために、負けて暴れる様な者と勝負はしない。
「強いんですね」
きちんとした身なりのバーテンダーが、二人の前にグラスを差し出す。
「最初から組んでるのが分かってる奴らほど、わかり易いんだよ」
エルリックはバーボンを軽く口に含み、喉に通す。
彼が負かした男たちの、成金趣味の服装はフェイク。男たちはカモになるふりをして、勝負師から金を巻き上げる手口だったが……エルリックはそれも見抜いた上で、男たちに勝ってみせたのだった。
「ここはだれもいじめるひとがいないね」
モエがエルリックを見上げながら、オレンジジュースを飲む。
「ああ。パネロース国の城下町はな、前の王様が怖くて強い人だったから、ならず者はビビって暴れられねぇんだ」
「ならずも?」
「……わるいおじさんが少ないって事さ」
「へぇ。じゃあわたし、ここにすみたい」
モエはエルリックに無邪気な微笑みを見せる。エルリックは、彼女の頭に手を乗せた。
「パパとママを探すんだろ?」
「あ! そうだった。パパとママと、エルとわたしのよにんでこのくににすもうね」
モエは無邪気な笑顔をエルリックに向けた。エルリックはそれに応える事ができず、苦笑いになる。
「……ああ、そうだな」
「あの、すいません」
エルリックの右隣に座った、疲れた雰囲気の男が話しかけてきた。
「ん? 何か?」
エルリックは男の方を向き、左腕をモエの背中に回す。何かあったときに素早く逃げるための構えだ。
「あなたの力……異世界人のものではないですか?」
男は紙片と銀筆を持ち、睨みつける様にエルリックを見据える。
「俺の、チカラ?」
「ええ。まるでイカサマみたいに勝ち続けてる……異世界人の使う、妙な魔法みたいだ……」
男は銀筆を紙につけ、まるで画家の様にエルリックの顔を描き始める。
「よせよ。もし俺が異世界人だったら、どこかの国で奴隷兵士になってるだろ。捕まったらどうすんだよ。それ、言いがかりって言うんだぜ?」
「……なら、いいんですが……お嬢さんは、どこから来たのかな?」
「にほん!」
モエは元気よく答えた。
「なっ……」
「正直で良い子だ……」
男がそう言った直後、モエはカウンターに頭を乗せ、眠り始めた。
「……モエ?」
「あなたにもそろそろ、効き始めるだろう……」
男はニヤリと笑うと、エルリックが手を伸ばす前に立ち上がった。エルリックの拳が、力なく空振る。そしてそのまま、エルリックはバーの床に倒れた。
「……皆さん、ご協力ありがとう」
男は倒れた二人を軽く見遣ってから、バーの中にいる者たちに頭を下げた。
「なぁに、いいって事よ。馬鹿な若王の代わりに、異世界人をやっつけるのは、俺達反異世界人団体の仕事だからな。トゥーサックの旦那よ」
たった今エルリックに負けたポーカー卓の男の一人が、トゥーサックの肩に手を置いた。
「で、こいつら異世界人から、何を聞き出すんだい?」
二人に睡眠薬を飲ませたバーテンダーが、トゥーサックに尋ねる。
「悪魔の行く先を……」
そう言うとトゥーサックは、表に用意した荷車に二人を乗せ、隠れ家へ向かっていく。
「なあ、ボス……」
客に扮した男の一人が、遠ざかっていくトゥーサックの後ろ姿を見ながら、バーテンダーに近寄る。
「なんだ?」
ボスと呼ばれたバーテンダーは、蝶ネクタイを緩めた。
「あのトゥーサックって男……金払いは良かったが……あの異世界人達を、ホントに殺すのかね?」
「知らねえよ。トゥーサックもあの二人も、この国の人間じゃねえ。俺はこの国から異世界人が居なくなりゃ、それでいいんだよ」
反異世界人団体の首領は、葉巻の先を噛みちぎって火をつけた。
「トゥーサックからは、得体の知れねえ執着を感じた。異世界人に恨みがあるって言ってたときのヤツの顔……ありゃ、ただ事じゃねえ。だから手伝ってやったんだ。そんで、奴が悪魔と呼ぶ男は……先月までここにいた、殺し屋アーノルドの事だ。手口が完全に一致してる」
真っ白な煙を吐き出しながら、首領はしかめ面をする。
「じゃあ、そのまま教えてやりゃ良かったんじゃ……」
「俺はまだ死にたくねえ。あそこまでの狂気を持ってしても、トゥーサックじゃ、アーノルドには勝てねえ。トゥーサックがアーノルドに俺達の存在を吐いたら、俺たちゃ皆殺しにされちまうぞ。だからあの流しのギャンブラーを引き渡したんだよ」
「……アイツはアーノルドの居場所を?」
「知ってるさ。アーノルドの所属は恐らく、異世界人のレジスタンスだ。エルリック・ヤーゴはそのレジスタンスから支援を受けて、旅をしながら、異世界人を匿ってるんだ。繋がってて当然だ。ヤツを殺せば、レジスタンスが動く。どちらにも手を出さないのが、一番安全だ」
「なるほど……」
「まあ、俺達は平和に、安全に行こうぜ。ヤバいヤツは、捨て身のトゥーサックに任せよう」
「なぁボス……」
「なんだよ?」
「……そもそも、異世界人ってなんなんスかね」
「俺達とは決定的に違う〝異物〟だ」
首領は部下の問いかけに即答する。
「異物ねェ」
「そうだ。そんなにホイホイこの世界に居られちゃいけねぇ存在なんだよ、奴らは」
「奴らの異能があると、魔法も何もあったもんじゃないですからね」
「それもあるが……ヤツら、どいつもこいつも面白いくらいに個性的なんだよ。それこそ物語の主人公みたいにな。それが気にいらねえ。そもそも、物語ってモンはよ──」
首領は葉巻の煙を思い切り肺まで吸い込む。正しい吸い方ではない。常人なら咽るほどの煙が彼の肺を満たし、そのまま、煙幕の様に大量の煙を吐き出す。まるで、ため息を誤魔化すかの様に。
「──主人公が何十人もいちゃ、成り立たねえだろ」
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