崩れ落ちる女帝(エンプレス)③
「オリヴィア・リーフ、参りました」
オリヴィアは女王の前で片膝をついて頭を垂れる。彼女は真っ直ぐに赤絨毯に視線を落とし、主からの言葉を待つ。
「顔をあげなさい。オリヴィア。まずは、今回の遠征もお疲れ様でした。近衛兵長と兼務でありながら、いつも頼ってしまってごめんなさいね」
オリヴィアが顔を上げると、女帝は苦笑いを彼女に見せていた。
「い、いえ……このオリヴィア・リーフ、女帝に尽くす事が最上の喜び。城だけでなく国家防衛の任までお任せ頂き、幸せです」
近衛兵長であるオリヴィアが城の守りを捨てて遠征できるのには、もちろん理由がある。
レナルヴェートは大陸最南端の半島にあり、古来は北以外の方角、つまり海からの侵略に備えるため海軍は男が、陸上軍は女が担っていたのだが、半島周囲の潮の流れが激しすぎるために、海から攻め込んでくる国は全く無く、気付けば女が国家の中枢を占める様になったという歴史を持つ。
そんな地の利もあって、国境近辺防衛のための遠征は、それすなわち城の防衛にも直結するのだった。
「嬉しいわ」
女帝はオリヴィアに微笑みかける。
「あ、アマネ様のためなら何でもしますぅ!」
オリヴィアは緩みきった表情で黄色い声を上げた。
「……分かってるわ。いつもありがとう。聞いたかも知れないけど……これで遠征はしばらく休んでほしいの。これからは、私と共にいて欲し……ってどうしたのオリヴィア!?」
オリヴィアは鼻血を出して倒れた。周囲の近衛兵が慌ててオリヴィアを抱き上げ頬を軽く叩くと、彼女は目をさました。
「アマネ様! オリヴィア様はアマネ様に心酔してらっしゃるので……共になどと、その様なお言葉は……オリヴィア様の心臓が保ちませぬ!」
衛兵が複雑な表情でアマネに抗議した。アマネは軽くため息をついた。
「大丈夫かしら、この子……」
「しっ、刺激が強過ぎて……幸せ死にするところでした……」
オリヴィアは鼻を抑えながら再び膝立ちになる。
「幸せに思ってくれてるところ悪いんだけど、真面目な話よ。我が国は今回、マクスウェルに宣戦布告をしたの」
女帝は真顔でオリヴィアに告げる。オリヴィアはその雰囲気を察し、緩んだ顔を引き締めて女帝を見据える。
「……聞きました。しかも、ミーナを外に出し、ユシィを城内に呼んで留めていると。此度の戦争は……ただ事ではないと、理解しております」
「話が早くて助かるわ。今回のマクスウェルとの戦争は……奴隷兵だけじゃ勝てない。あちらもついに本隊を出してくると、偵察兵から報告があった。しかも……ガリリュースにも不穏な動きがあるし、トンブライも動くと聞いたわ」
「戦闘国家トンブライが……」
「ええ。マクスウェルはセンダギが表に立ち、トンブライはもしかすると、ダモア王が直に出てくる。戦場になるとしたら、ガリリュースの領地よ。そうなれば、カムラとも戦う事になるでしょう」
「それは……アマネ様も戦場に出ると、そういう事ですか……」
オリヴィアは不安そうな顔を女帝に向けるが、それに反し女帝は自信に満ちた表情をしていた。
「……我が国の歴史の中で、トップは一度たりとも戦争に赴いた事がない。私達の勝機は、そこにある」
女帝は覚悟を決めた表情で、部下に語りかけた。
「し、しかしアマネ様。それはあまりにも危険です! はっきり申し上げますが……」
「戦闘においては、私はどの国のトップよりも弱い。そう言いたいんでしょう?」
「……恐れながら……」
「分かってるわ。剣技ではあなたやパネロース国王に及ばず、魔法ではセンダギにもカムラにも及ばない。そんな私が出来る事は……」
そう言うと女帝は、足元から円錐状の筒を取り出し、執務机の上に置いた。
「最強の駒を動かす、指揮官になる」
「アマネ様……」
「ま、あんたたち上官が皆、戦闘に優れすぎてて指揮に向いてないのが悪いのよ」
女帝はいたずらっぽく微笑んでウインクする。
「そ、それは」
「冗談よ。武勇誉れ高いあなた達が上手に動いてくれるならば、我が国がこの世界戦争を制する事は、容易い。ミーナは既にマクスウェルに入り込んでいる。つまり、もうあの国は潰せたも同然。国境の防衛をユシィにまかせて、私たちは直ちにガリリュースを目指す」
女帝の表情が、晴れやかな笑顔に変わる。それを見たオリヴィアは、勝利を確信した。
「はい。カムラを討ち果たし、マクスウェルもトンブライも、この爆炎のオリヴィアが焼き尽くして見せます」
「頼もしいわね」
二人の女傑は微笑み合った。
そして翌日、女帝アマネを指揮官とするレナルヴェート軍は、これから始まる世界大戦の引金を引くべく、北へ……死出の旅へと向かっていった。
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