誰がための正義(ジャスティス)④
「なっ、なんだ!?」
「敵か!?」
拮抗していたガリリュース魔導兵団とマクスウェル本隊の間に、突如として降り立った数名の人影。いや、それは「人」影ではなかった。
「絶滅したんじゃなかったのか!?」
マクスウェルの兵士のひとりが、降り立った一団を見て叫んだ。
「……悪いな。俺たちゃしぶといんだ」
半人半骨の男がニタリと笑い、両手に紫色の光を携える。
「ヴァイオレット様と同じ!? 闇魔法だ! 下がれ、下がれえ!」
マクスウェルの兵士たちは慌てて下がろうとするが、半骨の男は半分だけ残った口端を持ち上げると、紫色の光の玉を掌の上に作り出した。
「はぁ、生きた人間の兵士ってのは、こんなにノロマだったかね? そら!」
半骨の男の放った光球が、瞬く間に生者を死者へと変えていく。
「なんの手応えもねぇなぁ……っと!?」
一瞬の判断で炎の塊をよけた半骨の男は、炎が飛んできた先を見た。そこには、剣を携えた若い女性。
炎の射線上の兵たちは、敵も味方もなく焼けて朽ちていた。
「ほぉ……面白いやつがいるな。おいタコ、俺はあのお嬢ちゃんと遊ぶ! むさ苦しいやつらはてめえがやれ!」
「ふざけるなゼトロス! 女王様のご指示通り……ああっ! 貴様、勝手に抜け出すな!」
タコと呼ばれた名状しがたい形状のモンスターは触手を伸ばして半骨の男を引き止めようとしたが、彼はそれを無視して炎を放った女のもとへ走って行った。
「ククク……この世も捨てたもんじゃねえ。センダギ以来だな、こんな面白いやつは!」
「来るか化物!」
剣を携えた女性は、その切っ先に魔力を込める。特殊合金の剣が赤熱し、周囲の空気を歪ませた。
「オラ!」
ゼトロスは闇魔法を放つ。女は魔力を込めた剣で紫の光を断ち切る。周囲に爆発。飛び上がるゼトロス。その視線の先に──
「化物が。朽ちろ!」
──赤熱した切っ先。
「うおっ!?」
ゼトロスは慌てて闇魔法を放ち、空中で体勢を変える。上向きに振った女の剣が空振った。
「人間の跳躍力じゃねぇだろ!?」
「化物に言われる筋合いは無い!」
女は空中で続けて剣を下に向けて振る。ゼトロスはそれを骨になった手で受け止めた。
「熱っ!」
神経を失ったはずの手に痛覚。
「聖水で浄めた剣に炎魔法だ。化物退治には最適だろう!」
女は剣を引き、今度は横薙ぎに振りぬく。
「やるじゃねえか!」
ゼトロスは身を縮めて剣をかわすと、急降下して地面に着地。女に向けて闇魔法を放つ。
「くっ!」
女は体勢を立て直し、剣を下に向ける。闇魔法は剣先に当たり霧散するが、剣に込めた炎の力も同じく霧散。
ガシャン、と音を立てて女も地面に着地した。
「……俺はゼトロス。闇魔法使いだ。美しき剣士殿。貴殿のお名前は?」
ゼトロスは半分だけ残った髪をかきあげ、お辞儀の仕草。
「……我が名はオリヴィア・リーフ。爆炎の二つ名を持つ魔法剣士だ。名乗ったからには、邪魔だては無用の決闘ということでいいな?」
オリヴィアは剣先をゼトロスに向けた。
「いいねェ……」
ゼトロスも懐からナイフを取り出して構えた。
「そんな小刀で私と戦うか!」
「小物の俺にはこれが合ってんのよ!」
そう言うとゼトロスは地を蹴り、オリヴィアの懐に飛び込む。
「むっ!?」
オリヴィアは剣を右手で持ち直し、左手で炎を放つ。
「っとお!」
ゼトロスは素早く飛び退いて炎をかわした。
「アンタ、本気じゃねえな? どうしたらマジになる?」
ゼトロスは不敵に微笑む。骨だけの顔も、心なしか嗤っている様に見えた。
「……私はいつでも本気だ。燃えつきろ!」
オリヴィアが炎の連弾を放つ。ゼトロスはそれをナイフで器用に弾いていく。その視線は、オリヴィアの背後に向いていた。
「なるほど……後ろに隠れてるババアを護ってるから、本気が出ねえのか?」
ゼトロスの残った片目は、オリヴィアのはるか後方でレナルヴェート軍に指揮を出すアマネの姿を捉えていた。
「……何と言った?」
オリヴィアは俯きながら呟いた。
「あ?」
「貴様、アマネ様を何と呼んだ!?」
頭を上げたオリヴィアの顔は、赤熱した剣先と同じくらい、紅く染まっていた。
それを見たゼトロスは歓喜に身体を震わせる。
「バ、バ、ア」
ニヤリと笑いながら、わざとらしくゆっくりと、〝言ってはならない言葉〟を再度、オリヴィアに向ける。
「貴様……燃やすだけでは足りん! 消し炭にしてやるわ!」
怒りと共にオリヴィアの腕が燃え盛る。
「きたきた、それだろ! アンタの本気はよ!」
ゼトロスの腕も紫色の炎を纏う。
「な、なんだよこれ……」
「オリヴィア様!」
周囲の人間達は二人の巨大な魔力を前に、近づく事すら出来ずにいた。
「ンッフッフッフッフ……我が師は死してなお、無邪気なお方だ……」
「センダギ様!?」
マクスウェルの兵士が振り返ると、背後には自国の摂政、センダギが立っていた。
「この一帯は危険だ。君達はそうだな……ガリリュース軍と戦いなさい。あの化物どもは、ヴァイオレットがなんとかする」
「し、しかし……」
周囲で繰り広げられる、あまりにも激しい戦いに目を白黒させながら、兵士は戸惑う。
「いいから、行きなさい。マクスウェル軍、後退! 全軍北上せよ!」
センダギが大きな声を出すと、マクスウェル軍の兵士達は北上を始めた。
レナルヴェートの兵士達は、マクスウェル軍の撤退を見て、陣形を崩し始めた。
「マクスウェルが撤退する……?」
「いや、化物が残ってるわ!」
「どうなってる!?」
ガリリュースが呼んだと思われる化物の一団はまだ、マクスウェル、レナルヴェートの区別無しに殺戮を繰り広げている。
「やっぱりありゃ、ガリリュースの……ぐえっ!」
レナルヴェート兵が呟いた瞬間、その首にロープが巻きついた。
「戦場でぼーっとするなんて、レナルヴェートは雑魚ばっかね?」
ロープを手に持った女がそう言った瞬間、レナルヴェート兵の首が締められ、情けない声と共に、絶命した。
「さぁて……久々の大戦場、暴れますか!」
「センダギ様、ガリリュースが開放した化物の一団の他に、明らかに無所属の戦闘集団も紛れております……」
闇魔法で自軍の拠点に戻っていたセンダギのもとへ、肩に矢を受けた兵士が報告にやって来た。
「極光旅団だな……カムラ王は余程追い詰められていると見える……」
センダギは不敵に微笑むと、テーブルの上に地図を広げた。
「さて……ガリリュースは、どう出るか……」
兵士が受けた矢は毒矢だったらしく、報告を終えるとその場に倒れ、動かなくなった。センダギはそれを無視して地図を睨む。
「死者達の女王が動けば……」
センダギはガリリュースの王城の位置に赤いバツ印をつける。
「アマネ女王が戦うなら……」
センダギはマクスウェルの国境付近にバツ印をつけた。
「極光旅団の団長……いや、パネロースの竜族が動けば……」
センダギは次々と地図にバツ印をつけていく。
「まさに蠱毒の壺……もうすぐだな……オリグリンよ。貴方も見ているのだろう? この惨状を。これが、あなたの望んだ……現世人達の末路だ……ンッフッフッフッフ……」
センダギの不気味な笑い声が、マクスウェルの拠点内に静かに響いていた。
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