毒喰らう節制(テンパランス)④
世界最大国、マクスウェル……その中心。広大な敷地内の一角にある東屋で、二人の男が雑談をしていた。
一人はスーツ姿で、オールバックの髪型に片眼鏡を掛けた中年男。もう一人は位の高さを思わせる服装をした青年。
スーツ姿の男が仰々しい身振り手振りで、青年に語りかける。
「ダモア王は、実に素晴らしいお方だ。お父上のガモア殿の武勇は誉れ高く、亡くなられたのはまことに残念。しかしダモア王がおられるならばトンブライは安泰です。ダモア王はお父上に勝る武勇を持ちながら、政にも力を入れておられる。私はそういう方が大好きでしてね」
ダモアは男の仰々しい態度に軽く苦笑いを見せながら、首を振った。
「百年以上政治をなさったセンダギ殿にお褒め頂くとは、光栄です。しかしまだまだ、我が国の政治は未熟です。私の代でどこまでできるか……」
それはダモアの本心でもあるが、実際は自国だけでなく、世界の政の未熟さを指していた。
「我が国? 世界、の間違いではないですかな?」
センダギはダモアの心を見透かす様に、不気味な笑みを浮かべる。
「いや、それは……」
「いやいや。遠慮はいりません。それが事実なのですから。で、ダモア王はこの世界の政治がなぜ未熟なのか、おわかりですかな?」
千田木は不気味な表情のまま、ダモアに問いかける。
「いえ……」
「要らないからですよ」
センダギは不気味な表情をやめ、今度は不敵に微笑んだ。
「要らない?」
「ええ。そうですな。この世界の民衆の興味は政治ではなく、英雄にしか向けられていない。その様に解釈するのが楽ですかな……ンッフッフッフ……」
妙な笑い方をするセンダギに、ダモアは怪訝な顔を向ける。
「英雄というのならば、あなたもそうでしょう。闇魔法使いのセンダギ殿」
ダモアは真顔で、不気味な男を見据える。
「私などは、英雄には程遠い。闇魔法は……他者の命を奪い取って使役する悪魔の術などと呼ばれておりますので」
センダギは不気味な笑顔をやめ、少し淋しげな顔をした。
「実際は、違うと?」
「ンッフッフ……いいえ。他者の命を奪い取ることに違いはありません。ただ──」
センダギはすぐに不気味な笑顔に戻ったかに見えた。しかし、その目はどこも見ておらず、笑ってもいなかった。
「──使えば、己の命も同じだけ、削り取られるのです。呪われた私とて、それは同じこと。使い過ぎれば、いつか必ず、死に至ります」
「……そんな力を使って……あなたは何をしたいんです……?」
若き王の問いかけに、マクスウェルの化け物摂政はただただ、笑うばかりだった。
──あれから、十数年。
東からガリリュースへ侵攻した我々トンブライ軍の拠点で、私は今後の事を考えていた。
現在ガリリュースはマクスウェルとの協定を破棄し、北へ進軍中。私の予想では、千田木はこれ幸いと南への進軍を指示し、周辺国で協力して、暴走するガリリュースを潰すというシナリオを書いていたと思ったのだが……なぜかマクスウェル軍は余裕の構えで、南端の防衛ラインを固めているだけらしい。
その構え方ならば、我々にとって都合が良くなるだけだ。
我々は予定よりも早くガリリュースに攻め込み、東から横入りをして奇襲、最北部の封印地にたどり着く前に、ガリリュース軍を叩く。
北部の封印地を開放できるのはおそらくカムラ王のみ。なので、今回はガリリュース軍の中に、カムラ王がいるはずだ。
カムラ王とプインダムがぶつかれば……勝つのはプインダムだ。魔法大国の驕りが、我々に勝利をもたらす。
プインダムは生まれつき、その身に強力な魔力を備えながら、魔法を一切使えない。代わりに、闇魔法以外の魔法攻撃を受け付けない体質になった。
ダーシュの駆使する魔法陣の中で、ダメージをほとんど受けずにいられるプインダムの、重戦車の如き戦い方は……我が国に何度も勝利をもたらしてきた。
魔法頼りのガリリュース軍が、プインダムを倒すことは、決して無い。
カムラ王の死によって、封印地がどうなるかは分からないが……できれば封印が自然と解け、マクスウェルの南端防衛ラインと衝突してくれると良い。
互いに疲弊したマクスウェル軍と魔物軍を、レナルヴェート軍と協力して潰す。
パネロースにここ最近、なんの動きもない事が気にはなるが、今はそれどころではない。マクスウェルを叩き潰す事ができるのは、今しかないのだから。
今朝、プインダムは「任せとけ」とだけ言って、ダーシュと部下達を引き連れて、進軍していった。あとはガリリュース軍を倒したという報告を待つのみ。
だが……
「ほ、報告いたします……」
斥候の兵士が拠点に戻ってきた。彼にはガリリュース軍の侵攻状況を偵察させていた。
「動きはどうだ?」
「それが……」
報告に来た兵士は、ばつの悪そうな顔で口ごもる。私は軽いため息をつき、兵士に告げる。
「どうした? 何か問題でも起きたか?」
「……はい。ガリリュース中央部で大規戦闘が起きておりまして……その……」
中央部? 北部ではなく? 進軍しなかったのか? それとも、レナルヴェートが約束を反故にし、ガリリュースの中央部に侵攻したのだろうか。
「それでどうしたというのだ」
私は少しイラつきながら、兵に尋ねる。
「我が軍は奇襲準備のため、中央よりもやや北側に待機しておりました。ところが、逆に所属不明の軍勢から奇襲を受け、プインダム将軍が……捕らえられました……」
「なんだって!?」
私は思わず立ち上がる。
「ひっ!」
「何が起きた!」
プインダムを、殺すどころか生かして捕らえるなどという離れ業をやってのける者などいるものか。異世界人か……それともカムラ王が自ら出陣したか。いや、そのいずれにしても、ダーシュとプインダムの組み合わせが負けることなど、万に一つもないはずだ。
ただ一人、マクスウェルの千田木を除けば、プインダムが負けることなど、決してない。だからこそ……マクスウェルを叩く時は、私が前に出るつもりでいたのに。
それが、捕らえられるなど……全くの想定外だった。
「詳細は分かりません……」
「そうか……では我が軍全体の状況は、どうなっているのだ」
「プインダム将軍が捕らえられ、ダーシュ様も行方不明、ただ……」
兵士は目に涙を浮かべる。
「ただ、どうしたのだ」
「奴隷兵士達はプインダム将軍奪還のために……全軍、ガリリュース中枢へ向けて進軍中、将を失ってなお、誰一人として逃亡しておらず……」
兵士はそれ以上言葉にならず、嗚咽を漏らす。
プインダムはこれまで、奴隷たちを開放せよと、何度も私に詰め寄っていた。
だが、私はプインダムには、世界情勢を見てからにすると言って、奴隷開放に踏み切ることができずにいたのだ。
しかし、彼らはもう、とっくに開放されていたらしい。
プインダムの、心意気によって。
「……それは全て、プインダムの功績だ。彼らは奴隷ではない。我が国の、栄誉ある兵士達だ」
「はい……」
「私も出る。プインダムを奪還し、ガリリュースを叩き潰すぞ。レナルヴェートの動きは?」
「……ガリリュース中央で、女帝アマネの姿を確認したと、聞きました」
「女帝が、自ら……?」
どうやら、我々の考えの外で……世界に大きなうねりが起きている。世界を混沌に陥れているのは、何者なんだ……?
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