被害者に吊るされた男(ハングドマン)⑦

「毒だぁ?」

 商人の男が顔を歪ませながら大声を出す。


「ええ。それも、一見毒と解らない様な……そんな毒です」

 紙とペンを手にした男が、真剣な顔で商人の男に再び尋ねる。


「……トゥーサックの旦那。アンタ、画家辞めてゴシップ記者にでもなったのかい? それともだれかを殺してえのか?」


「……いえ。個人的な……ごく個人的な調査でして……」

 トゥーサックは鋭い視線を商人の男に向ける。男は、トゥーサックの表情があまりにも真に迫っていたので、軽くたじろいだ。そして、商人の男は己の背中に伝う汗を気にしながら、口を開いた。


「……そ、そんな毒っていやあ、あの国でしか作れないだろうよ……」


「どこです?」


「そりゃ、アンタ──」



 ◆◆◆◆◆


 街では明るいうちから花火が打ち上がり、出店が広場に出され、人々は浮かれている。


 今日はガリリュース国の建国記念日。


 魔法大国の発祥は、500年前に遡るという。遥か昔、魔の者を退け封印した勇者がそこに根付き、国を創った。ガリリュースの血筋は勇者の血筋ということになるが、よく話に聞く「勇者」というよりは、「賢者」という方が近いだろう。

 そんな賢者の末裔が、建国記念日という、年に一度の大きな祭りに、国民の前でその魔力を誇示する。国民はその強大な魔法を目の当たりにし、国の安寧を実感するのだ。


「……今日はめでたい日だ。あんたもそろそろ、余所者っぽさを出さないで、皆と仲良くやっていこうぜ。アーノルド」

 出店の前に置かれた椅子に腰掛けた体格の良い男が、隣に座ったアーノルド……阿房の肩を力強く叩いた。


「僕は最初から、皆さんと仲良くしたいと思ってるんですが……」

 阿房は苦笑いで答える。


「そんならもっと楽しげな顔をしろよ! な!」

 男は歯を見せて笑った。


「しかし、すごい盛り上がりですね」

 阿房は広場を見渡す。噴水の奥にはステージが用意され、ここに今年のメインイベントの主役たるレイ姫が立つという。


「そうとも。今年はカムラ様じゃなく、レイ姫様が特別な魔法をご披露されるそうだ。ドラゴンでも召喚しちまうんじゃないか!?」

 男はがははと笑い、酒をあおる。阿房は再び苦笑いを見せた。


「ドラゴンなんて……魔物は何百年も前に封じられて、この世にはほとんど居ないらしいじゃないですか。家畜は魔物とは違うし」


 阿房の苦笑いを見て、男は神妙な顔になって小声で話し始めた。

「だから、それができたらすげえって話さ。レイ姫様の魔法は、何もない所から物を生み出す、なーんて言われてるのさ」


「へぇ……」


「ほら、そろそろお出ましだぜ」

 男がそう言ってステージを指差すと、たくさんの従者に囲まれた、ドレス姿の女性が現れた。それを見た阿房は、目を見開く。


「なつみ……さん? そんなはずは……いや……」


「あ? なにブツブツ言ってんだ?」

 男が怪訝な顔をする。阿房は動揺する自分の心を落ち着けながら、何とか平静を保ち、男に向き直った。


「いえ、なんでもありませんよ」


 国民が注目する中、ステージの上にはレイ姫が立つ。しかし、カムラ王の姿は無かった。王は建国記念日よりも重要な公務があって国を離れているらしいが、今年の主役はレイ姫なので、建国記念の祭りはカムラ王抜きで行うという事は以前から国民に知らされていた。


 レイ姫の周りに従者達が集まり、何やら作業を始める。そして彼女を囲む様に、様々な絵画が置かれた。国民達は例年のイベントとはまるで異なる趣向に、期待の眼差しを向けている。


 ステージ脇に立つ司会の男が、魔法で声を拡大して話す。


「さあさあ、今年はカムラ様ではなく、先日公務に復帰なされたレイ姫様による、王家秘伝の魔法をご披露いただきます! 国民の皆様、レイ姫様の強大な魔力をどうぞご覧ください! レイ姫様……どうぞ!」


 司会の男が下がると、レイ姫は顔を上げて絵筆を手に取り、その筆で絵画に触れる。するとその瞬間、絵画の中の壺が飛び出した。


「絵が、実体化した!?」

「すごい!」

「どんな魔法なのだ!?」


 群衆が口々に驚きの声を漏らす。


「おいアーノルド、すげえ魔法だな! あんた魔法医だろ!? ありゃどんな魔法か分かるか!?」


「……あれは魔法じゃない……」

 阿房はステージを睨みながら、つぶやく。


「え? なんだって?」


「いや、分かりませんね。すごい魔法です」

 阿房は男に笑顔を向けて答えた。


「はー、すごいなぁ」


 レイ姫はその後も次々と絵を実体化させ、最後には強大な絵画から投石器を出してみせた。

 レイ姫はすべての魔法を披露し終えると、一礼してステージから降りる。

 民衆の大歓声に見送られ、レイ姫は薄っすらと笑みを浮かべた直後、どこか悲しげな表情を浮かべながら、城へと帰って行った。


「どうですか!? レイ姫様の魔法! レイ姫様さえいらっしゃれば我が国には不作も、軍の危機すらも無縁! 最っ強の魔法です!」

 司会の男が大げさな身振りで民衆を煽る。

 歓声はしばらく続いた。


「……」


「おい、アーノルド!? どこ行くんだ?」


「少し、飲みすぎたので休んできます」

 阿房は眉間にしわを寄せながら、広場から去っていった。




 広場にほど近い、路地。

 レイ姫が披露した魔法の〝残がい〟を片付ける男。


「あのぉ……」


「ん? なんだい?」


「あなた、レイ姫の従者の方ですよね?」


「……それがどうした?」


「あの魔法、どう見ても変だ。ガリリュース王家は異世界人なのかな?」


「そんなわけないだろう。なにを根拠に……」


「……何も、知らないのかい?」


「あんたさっきから何を言って……うぐっ……がっ……」


「知らないなら、もういいよ。さようなら」


 路地に倒れる男の傍らに散らばった、背景だけが描かれたキャンバスの一つを拾い上げ、阿房はその場を立ち去った。



「見つけたぞ……悪魔め……」


 路地の陰から現れた男。鋭く尖った刃物の様なその双眸が、阿房の背中を突き刺す様に睨みつける。


 その口元は道化師の様に、愉悦に浸った笑顔を作っていた。

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