死者弄ぶ月(ムーン)④

「で、逃しちゃったの!?」

 デッドムーンは頭蓋骨の後ろで手を組むゼトロスを、呆れ顔で見上げた。


「気にすんなってお嬢ちゃん。奴ら、カムラの寄越した捨て駒だったし、逃げた奴だって、大した報告はできねえよ」

 ゼトロスは笑いながら答える。


「でも、封印が解けた事が知れたら……」


「それだって、デッドムーン女王陛下が新たな死者の王だと知れ渡る、いい機会じゃねえか。封印地の解放に成功したんだ。胸張れよ、女王陛下」


「だって……私、パパや皆に比べたらひよっこなのよ! 前回目覚めた時だって……うう……」


 デッドムーンはため息をついてうつむく。


「もう大丈夫だよ。封印を解いたアンタは紛れもなく、女王だ。やろうぜ」


「……仕方ないわ。皆を集めて。も、もうやるしかない!」


「そうこなくっちゃ」




 数時間後、ガリリュースのカタコンベに封印されていた魔物や死者達が、デッドムーンの居室の奥にそなえられた大広間に集まった。


 ここは正確にはカタコンベではない。ガリリュース北部の地下に広がる広大な地下空間は、まさしく城。ここは魔界に最も近い、魔物達の居城だった。


「眠りから目覚めた同胞達よ! 古よりの盟約によって、ついに封印は解かれた! 我らが女王の魔力が、ガリリュース王の魔力を上回ったのだ! まずは陛下のお言葉を聞け!」

 魔の者の代表者……名状し難い形状の男が、集まった者たちに6本の腕でわざとらしい身振り手振りをつけながら、大げさに声を張った。

 ゼトロスはデッドムーンを挟んで、その男の反対側にだらしなく立っている。一応、死者や死霊の代表格という事で立たされているらしい。


 魔の者たちはそれぞれに雑談をしている。先代デスガイアの時ではあり得なかった光景。

 名状し難い形状の男はその様子を見てため息をつく。


 デッドムーンが恐る恐る、玉座から立ち上がった。


「えっと……」


「皆のもの、よく聞け」

 ゼトロスが小声で呟く。


「み、皆のもの、よく聞け! あー、パパ……じゃなかった、先代から授かった力により、我々はついに封印を解くことに成功した!」


 デッドムーンが声を張り上げて、ようやく半数程度の者たちが壇上を見上げた。


「これはガリリュースとの約束。死者の王の魔力がガリリュース王の魔力を上回った時、封印は解かれる……! 地下での生活はもう終わりよ! これからは……私達の時代!……えっと……」

 デッドムーンは不安そうにゼトロスを見遣るが、ゼトロスは目をつむって微笑むだけだった。


 魔の者たちは怪訝な顔で女王を見上げる。


「大丈夫かよ……」

「やはりデスガイア様の後では、重荷なのだろうか……」

 ざわつきの中に、デッドムーンがトップになる事を疑問視する声が紛れ込む。


「人間とも魔物ともつかぬ半端者が、王の寵愛を受けただけで女王だ。あんなのに、誰がついてくんだよ」

 狼男が新米女王を見上げながら、皮肉色の声を出す。


 死者たちの中に立っていたイレーネは、彼らを横目で見ながら、片眉を上げた。

「人も魔物も、低俗な輩ってのは大差ないわね」


「ぁんだとこのアマ!」

 狼男が、イレーネに掴みかかった。


「女王陛下の御前よ。おやめなさい」

 イレーネは顔色一つ変えずに、相手を見上げる。


「グルルルル……ガアッ!」

「きゃっ!」

 狼男が大きな口を開け、イレーネが身を守る体勢になったその時、彼女の人差し指の先がうすぼんやりと光った。イレーネがそれに気づいた瞬間、壇上から伸びた触手が、狼男の頭半分を吹き飛ばした。


「アガ?」

 顔が下顎だけになった狼男は、そのままその場に倒れた。広場中がざわつく。そして、女王デッドムーンの隣に立った名状し難い形状の男の伸ばした触手が、そのままイレーネの肩に触れる。


「死者よ。新入りの割に、素晴らしい心構えだ。貴様のほうがゼトロスより陛下の側近に相応しそうだ」

 男は壇上で、笑顔なのか泣き顔なのか解らない表情を作る。


「へっ。てめえはオレが嫌いなだけだろ。タコ野郎」

 ゼトロスは鋭い眼光を名状し難い形状の男に向ける。


「減らず口を閉じろ、この身体ごと半端者めが……!」

 男は触手を縮め、ゼトロスの方を向いた。


「あぁん!? やるか?」

 ゼトロスが構える。


「我々の魔法の猿真似魔道士如きが……私に敵うわけがなかろう!」

 名状し難い形状の男が先制攻撃を放つ……が、その6本の触手はデッドムーンの片手にすべて弾かれた。デッドムーンの手に、強大な魔力が集まっているのが見える。


「……もう! やめてよ! 二人とも!」

 デッドムーンが、先程の何倍も大きな声を出した。


 ざわつくモンスター達。死者たちも顔を見合わせる。


「あの攻撃を片手で……?」

「デスガイア様より強いんじゃねえか……?」

「封印を解いたんだ、そりゃそうか……」

 魔の者たちは、壇上の女性が自分たちの知る、弱々しい少女ではなくなっている事に気付き始めた。


「もう、私の言葉で話すわ。いい? ここにいる皆は、家族みたいなものよ。殺し合いはもちろん、喧嘩もやめて」


「……申し訳ありません……」

 名状し難い形状の男は触手を下に向ける。


「ククク……」


「あなたもよ、ゼトロス!」


「へいへい……」

 ゼトロスは頭蓋骨をカリカリと掻いた。


「家族か……」

「たしかにな…」

「三百年も同じ屋根の下だからな」

 死者と魔物達は少し自嘲気味に笑い合う。


「そう、三百年」

 デッドムーンが魔物達の会話を拾い、話を続ける。


「私達は十年周期で眠りにつく。目覚めた一年間で封印が解けなければ、また眠りにつく。それを、三百年繰り返した」


「三百年……」

 イレーネは、何か思い出した様な顔をして、再び女王を見上げた。


「私は、そのうち3分の1しかここにいない。皆と過ごしたのは目覚めた十年間、百年の間だけ……でも、皆はこんな私を迎え入れて、ここまで育ててくれた。私は皆の力になりたい。でも、今回の戦いには……皆の力も必要よ」


 デッドムーンの乳母の女性が涙を浮かべてうんうんと頷いている。ハンカチを持つ骨だけの手がカタカタと震えていた。


「こんな機会は二度と無いかもしれない。だからお願い。皆の力を貸して。先に〝首輪付き〟で外に出た同胞達も待ってる。彼らを助け、そして──」


 いつの間にか、デッドムーンの言葉に皆が注目していた。



「──この世を再び、私達のものに!」


 歓声が巻き起こる。


 頼りない女王が、側近二人の喧嘩をおさめてみせ、見事にカリスマを得た瞬間、イレーネは壇上の男二人を見た。


 男たちは、ひと仕事終えた満足げな表情をしていた。


「過保護なおじさまたちね……」

 イレーネはふっと鼻で笑い、己の右手人差し指を見つめる。


「家族……か。いいかもね」

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