死者弄ぶ月(ムーン)③

「……はぁ、はぁ……しかし、カムラ様も無茶苦茶しなさる。傭兵団まで使ってマクスウェルと戦うなどと……先代が聞けば卒倒するご判断だ」

 部下に愚痴をこぼし、杖をつきながら森の中の獣道を歩く、魔道士のローブを身にまとった壮年の男。その表情は疲労に満ち、今にも倒れてしまいそうだった。


「しかし大臣、マクスウェルは、そうでもしなければ勝てない相手なのでは……」

 そう返した部下の男も、壮年の男と同様に疲れ果てた表情をしていた。


「はぁ……たしかにな……だが、王は何か焦っておられる気がしてならん……センダギが現れたあの時以来、カムラ様の様子がおかしいのだ」


「センダギが、何かを仕掛けた、と?」

 部下の男はフードを脱いで汗を拭い、大臣に問いかけた。


「ああ。あの忌々しい化物摂政めが、カムラ様に何か良からぬことを吹き込んだ様にしか思えん。だが、カムラ様はセンダギとのやり取りについて、何も教えてくださらないのだ」

 大臣は舌打ちをする。


「なぜでしょう?」


「さあな……あの男の闇の魔力に触れると、心がざわつくのだ。カムラ様もそれにあてられてしまったのかもしれん」


「大臣は、センダギと会ったことがおありなので?」


「十年ほど前に一度、な。協定の調印に立ち会った時に……胸が苦しくなるほどの邪悪な魔力を感じ……そうだな、ちょうど今の状態みたいな……」

 大臣は胸をおさえる。


 森の木々がざわつき始める。生暖かい風が、二人の向かう先から吹いてくる。


「うっ……だ、大臣……これは……?」

 部下の男も胸をおさえだした。


「バカな……封印が解けている……この、魔力は……まさか……」

 大臣は懐から小瓶を取り出して中の液体を一気にあおると、同じものを部下にも飲ませた。


「念の為持ってきておいて良かった……いかん。カタコンベの封印が解けている! お前は引き返せ。交渉の余地は無いかもしれん」


「しかし大臣!」


「案ずるな、まずは……」


「おんやぁ? 生きた人間じゃねぇか」


「何者だ!?」

 二人が振り返ると背後の木の枝の上に、顔面の半分がむき出しの髑髏になった、中年の男が立っていた。


「ひっ!」


「うろたえるな、この者は封印地の住人だ」

 大臣は杖を持ち替えて構えた。


「よくご存知で」

 半分が髑髏の男は、肉の残った顔をニヤリと微笑ませた。


「ご存知も何も、貴様は我がガリリュース最大の恥、人間の命を糧とする闇魔法の開祖……ゼトロスではないか」

 大臣は杖の先をゼトロスに向ける。


「ククク……恥とはひどい物言いだぜ。俺ぁ、闇魔法を人間でも使える様にした、大発明家だってのによぉ!」

 ゼトロスの手から紫色の光球が放たれ、二人に迫る。大臣は杖を振って一瞬で結界を構築し、魔法を弾いた。


「早く逃げろ! お前がいては足手まといだ!」

 大臣は部下に向かって杖を振り、風魔法で吹き飛ばす。部下の男は何かを叫びながら、もと来た道の方へと飛ばされていった。


「……オッサン、なかなかの魔道士の様だな。肩慣らしに、ちょうどいいぜ」

 ゼトロスはむき出しの首の骨をゴキゴキと鳴らし、木から飛び降りた。


「……封印を解いたのは貴様か」

 大臣は杖を構えたまま、ゼトロスに問う。


「ご冗談。ただの死者にそんな芸当、残った肉が全部吹き飛んだって無理だ。封印を解くことができるのは、ガリリュース王か死者の王、どちらかのみ。そういうお約束の封印だ。先代がカムラの野郎に連れ出されちまったおかげでずいぶんと出遅れちまったが……当代のお嬢ちゃんが、頑張ってくれたんでね」

 ゼトロスはおどけたポーズを取りながら、じりじりと間を詰めていた。


「待て、デスガイアが連れ出されたと言うのか!? では私はなんのために……!?」

 大臣の顔に困惑の色。


「はっはっは! そりゃ、カムラがお嬢ちゃんのことを知っているからだろう。お嬢ちゃん相手の交渉なら、あんた程度で十分ってことなんだろ」

 ゼトロスは頭蓋骨に手を当て、天を仰ぎながら笑っている。


「私程度だと……」


「そりゃそうさ。先代が相手じゃカムラだって負けちまう。だから何か交渉して、先代だけを自由にした。その後目覚めたお嬢ちゃんと俺達は何が起きたかわからねえ。カムラと先代が、何か書でもしたためてんだろ。よこせよ」

 ゼトロスは手まねきして見せる。


「……わかった。確かに、カムラ様から書簡を預かっている。私も無益な戦いは……うおっ!」

 大臣の話を遮り、ゼトロスが闇魔法を放った。大臣は間一髪のところで回避する。


「……やっぱ気が変わった……先代にゃ世話になったが、今はお嬢ちゃんが俺らの王……デッドムーン女王陛下は、パーティをお望みだ。死者が、モンスターが、人間どもを皆殺しにするパーティをなあ!」


「野蛮な! やはり闇の者は話が通じん様だな!」

 大臣は杖を構え直し、呪文を唱える。大臣の目の前に巨大な火球が現れた。


「いいじゃねえか……遊ぼうぜ、オッサン」

 ゼトロスは両手に紫色のオーラを纏うと、片目を見開いた。


「このコピット・ヴェイプ、闇に堕ちた愚か者には負けぬ!」

 大臣……コピットは火球をゼトロスに放った。しかし、それは容易くオーラを纏った手で弾かれ、ゼトロスはそのまま突進してくる。


「オラもう終わりか!?」

 闇のオーラを付与した拳がコピットに迫る。彼はその年齢からは想像もつかない速さでそれをかわすと、素早く後ろに飛び退いて次は雷を放つ。電撃がゼトロスに直撃、半分だけの髪が逆立った。


「がっ……」


「このまま焼き尽くしてくれる!」

 コピットは再び火球を放った。ゼトロスの身体が炎に包まれる。


「あがっ……ぐぅ……」

 ゼトロスの肉が焼け、炭化していく。


「死者は炎に弱い。再び地獄に戻るが良い!」

 コピットはさらに杖を振り、ゼトロスの足元から炎を噴き上がらせる。


 残った肉もすべて焼け、骨だけになったゼトロスは膝をつく。炎はさらに勢いを増し、骨すらも焼き尽くした。


焼け残った灰の上に、何かが残っていた。コピットはそれに見覚えがあった。


「これは……魔水晶……」

 コピットが紫色に輝く宝石に手を触れようとしたその時、地面から手が飛び出し、魔水晶を掴んだ。


 地面から現れたのは……焼き尽くしたはずのゼトロス。


「貴様……」


「カタコンベってぐらいだからな。死体にゃ事欠かねえ。身代わりの術ってな」

 ゼトロスはニヤリと笑うと魔水晶を握りしめ、呪文を唱えはじめた。


「……くっ!」

 コピットは後ろに飛び退いて咄嗟に結界を張った。


「そんなもんでこれが防げるかよ!」


 ゼトロスは魔水晶を結界に向かって突き出すと、そこから強力な光を放った。その光は触れたものすべてを破壊しながら拡がっていき、周囲に土煙が舞い上がった。


 光が消えると、森の大部分が抉り取られていた。


「……結界、二枚張ったのか。やるじゃねえか、オッサン」

 ゼトロスはそう呟くと踵を返し、カタコンベの方へ歩き出す。


 強力な闇魔法で抉られずに残ったのは、森の入口付近、今しがたコピットが風で吹き飛ばした、部下の周辺のみ。部下の男は巨大な衝撃に驚いて転んだが、コピットの遺志を汲み取ったのか再び立ち上がり、走り去って行った。


「さぁて……お嬢ちゃん、準備はしてやったぜ」

 ゼトロスは魔水晶をぽん、と上に放り投げて、キャッチした。


「モンスターパーティの、始まりだ」

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