戦場に嗤う死神(デス)①

 魔法大国ガリリュースが、世界最大国マクスウェルに戦争を仕掛ける。


 世界が、動き出した。


 この状況、おそらく他の三国も動かざるを得ない。

 ガリリュースを挟んでマクスウェルと小競り合いを繰り返すレナルヴェートは、ガリリュースと協力するだろうか。

 パネロースの血気盛んな若き新国王は、マクスウェルと一度大規模な戦闘を行ったあと、なぜか沈黙しているという。今回の事で、西からガリリュースを攻め込むか、それともマクスウェルに侵攻するのか、動向が気になるところだ。

 そして、この数十年で急激に台頭した戦闘国家トンブライ。彼らがどこに攻め込むかで、世界情勢が変わると見ていいだろう。


 五大国はこの百年、異世界人をゲームのコマみたいに戯れに使い捨てながら、戦争ごっこを続けていた。異世界人たちは殆どが戦争未経験者で、心も体もすり減らしながら、ただ無為に消耗して死んでいく。


 なんて、もったいない。


 死ぬならば、もっと激しく、熱い思いで武器を振るい、突き立てられた剣の激痛にもがき苦しみ、それでも眼前の敵に怒りを込めて剣を、槍を、杖を握り、愛する者のために、あるいは信念のために散るべきだ。


 五大国の戦争には、そういう美学が、まるでなかった。


 でも、ようやくそれが終わろうとしている。

 団長の話によれば、ガリリュースは今回の戦争では自国を防衛する魔導兵士に加え、封印してきたモンスターや死者を掘り返して戦争に使うらしい。大歓迎だ。そういうことなら、私達にも出番が来るからだ。


 私達〝極光旅団〟は一つの国に収まらず、世界の紛争地帯を巡りながら、常に戦いに身を置く戦闘狂の集まりだ。

 全ての敵を粉砕し、依頼主に必ず勝利をもたらす。それが私達だ。


 だから、私達は五大国にだけは声を掛けてもらえなかった。

 五大国の奴隷戦争に私達が出ていけば、たちまち敵の奴隷戦士が、皆殺しになるからだ。五大国が望むのは勝利ではなく、均衡だった。くだらない駆け引きの道具になるくらいなら、こちらから願い下げだ。


 私達は精鋭。

 派遣された先の国を勝利に導く極光。

 たとえその勝利の先に、何一つ未来など無くとも、構わない。

 私達……いや、私は、死にゆく者の信念を受け止め、それを全力でへし折る事が出来ればそれで良い。敵の無念を、全身で感じたいのだ。




「ジーナ、団長がお呼びだ」

 副団長から声がかかり、私は団長の部屋へ入った。


「失礼します。ジーナ・クラウディアです」


「相変わらず、傭兵というより軍人だね、お前は」

 団長は感心とも呆れともとれる表情で私を見上げる。そして、椅子から立ち上がると、私の前に立つ。私よりずっと低い身長のはずなのに、いつも団長を前にすると、底知れない威圧感を与えられる。


「今回はお前の隊に出てもらいたい」

「分かりました」

 私はすぐに応えた。


「おや。即答とは……血の気が多いね」

 団長はふっと微笑むと、私の顎を指で持ち上げた。私は硬直する。団長の冷たく細い指先が、私の体温を奪っていく気がした。


「それはどの隊も同じです」


「今回の依頼主は……ガリリュース。そしてお相手はマクスウェルの本隊だよ。いいのかな?」

 団長はゆっくりと微笑む。その氷の様な微笑は戦場でもひと際目立ち、使役する魔法も氷属性とあって、団長は〝極寒鳥のチェルシー〟とあだ名されている。


「……他の隊には金目当ての連中もいますが、私の隊にとっては、小国も大国も関係ありません。戦って、戦って、戦い抜くのが望みのものばかりです」

 私は硬直したまま、団長に自分の矜持を伝える。冷や汗が頬を伝った。


「分かった。では、改めて。ジーナ・クラウディア隊に命ずる。お前たちをガリリュース国へ派遣する。敵はマクスウェル本隊。ガリリュース側の指揮官は、こちらの方だ」

 私の顎から指先を離した団長が、今度は奥の部屋を手で指し示す。

 カーテンの奥から現れたのは……


「やあ。君が傭兵さんのリーダーかい。お嬢さん」

 片腕の無い、紳士だった。


「貴方は……」

 どことなく見覚えのある顔。どこだったか……


「僕はデスガイア。よろしく」

 紳士は片方しかない腕を差し出す。


「……よろしくお願いします」


「しかし、団長も隊長もうら若きお嬢さんとは、驚きました」

 デスガイアは優しく微笑む。私は拳に力を入れた。馬鹿にしているのか。


「我々は実力主義の集団です。才あるものに、性別など関係ありません」

 団長が私の言おうとしたことをそっくりそのまま紳士に告げた。


「失礼しました。いや、なに……私も跡継ぎは娘なもので……こうしてご活躍されている女性がいると、親近感がありまして。女性が戦場でご活躍することについては、なんの文句もありません」

 紳士は片方だけの腕を広げる。


「そうですか」

 この軍人も、私達と同じか。娘ごときに何ができると言われたのかもしれない。

 この世は何かと、男女の役割を決めつけようとする。男は戦い、女は飯を作る。それが当たり前であると、刷り込もうとしてくる。気に入らない。


 その点、戦場は自由だ。

 男も女もなく、私達を縛るものは何も無い。ただし……勝てばの話だが。

 負けた女戦士の末路など、一つしかない。

 だから私達は勝つ。決して負けはしない。


「では行きましょう」


 デスガイアに導かれ、私達は戦場に向かう。


 それが、死出の旅とは知らず。


 死神の鎌はゆっくりと、私達の喉笛に食い込んでいた。

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