毒喰らう節制(テンパランス)③

「ガリリュースに、不穏な動きがある?」

 私は部下の言葉に、眉をひそめた。


「はい……まだ将軍には伝えていませんが、彼に言えば……」


「やっちまえばええんや! という話になる、か」


「はい……」

 私達二人は、同じ体勢で頭を抱えた。


「しかしダーシュ。どこからそんな情報を?」

 それが一番の疑問だ。ダーシュ・オーは軍の参謀。大抵の時間を上司のプインダム将軍と過ごしており、情報も同時に受け取るはず。彼が単独で情報を受け取ることなど、本来ありえないはずなのだ。


「それがですね」

 そう言ってダーシュは懐から封筒を取り出した。黒紫色の蝋に魔水晶が練りこまれた封蝋は、マクスウェルと協定を結んだ際に何度か見かけたものだった。これはあの国の摂政、千田木が愛用する品だ。


 あの化け物のごとき不老不死の摂政は、マクスウェルという最大国家で実に百年もの間、政治を取り仕切っている。それも、殆どの期間を摂政として過ごしてきた。あり得ないことだ。


 マクスウェルは法整備がうまくできておらず、現在も王だけがあらゆる決定権を持っている。つまり、王が若すぎたり、重病などで政治を執り行えない場合は、千田木にその権利が譲渡される仕組みになっているのだ。


 4代前のオリグリン王はかつてないほど長命だった。マクスウェルの王位継承は当時、愚かなことに王の死を持って行われる決まりであった。そのため、その次の王モスグリンは政治の表舞台に立つ前に病に倒れ死亡。

 その次の王アシュグリンは次代が同じ状況になる事を懸念し、存命中に早々に王位を継承できる様、法を変えた。

 ところがアシュグリン王は短命で、次の王は若すぎた。そのため、現王はお飾りとなり、結局、アシュグリン時代の数年以外は常に千田木が政治を取り仕切っていたというわけだ。あの老獪な不老不死の政治家の顔を思い出すと、わざとそう仕向けた様に思えてならない。

 だが、あの巨大国家を保っているのは千田木の采配によるものということも、また事実。


 私も我が国の法整備に際し、あの男には何度か世話になった。そして彼はマクスウェルの摂政となる前、我々が滅ぼし乗っ取ったミネルウェル国の大臣をしていたという話も、本人から聞いた。



「で、マクスウェルの化け物摂政が、どうしてお前宛に手紙を出すんだ」


「さあ。私には心当たりがありませんが、自宅にこれが届いていたんです。しかも、中身は王に五大国間和平をすすめる様、掛け合ってほしいということが書かれた偽装で、魔力を籠めると本当の文章が出てきます」


 私はダーシュから手紙を受取り、その本当の文とやらを読んだ。




 ──親愛なる賢者へ


 この文を読んでいるということは、君は少なからず、世界の危機に対応できる力を持っているものと判断する。


 今、世界は誰も気づかぬところで危機に瀕している。

 かの魔法大国ガリリュースが、彼らの祖先が封じたとされる魔の者達を解き放ち、戦争に利用しようとしているのだ。


 魔の者達を解き放てば、まず最初にその被害を被るのは戦争に使われる者達、私の同胞たる異世界人たちだ。

 しかし、異世界人を皆殺しにしたとて、魔の者達は止まらない。もれなく、現世人もその牙に襲われるだろう。


 私は奴隷戦争制度を採用する国の政治家だ。同胞達を救うことは、立場が許さない。


 だから君に頼みたい。


 ガリリュースの暴走を止めてほしい。


 魔の者達が放たれれば、現世人と異世界人がいがみ合っている場合ではない。


 ダモア王に相談しても良いだろう。彼は聡明な王だ。彼に信じてもらえなければ、私の元へ来てほしい。


 強い魔力を持つ者が必要だ。


 色良い返事を期待している。


 ──千田木 涼平




「なるほど。それでダーシュ宛か」


「……その様です」

 ダーシュは少し、不安そうな顔をしている。


「この話、うまくできている……タヌキめ」

 手紙を持つ手に力が入り、紙が歪んだ。


「いかがなさいますか?」


「……ガリリュースに、宣戦布告する」


「いいのですか?」

 ダーシュは驚いた顔を見せる。


「魔の者達を封じた場所はガリリュースの北、マクスウェルの南端に近い場所にある。だからガリリュースとマクスウェルは近くとも戦争をしない。千田木は我が国にガリリュースを攻めろと言っているんだ」


「なるほど、三国で力を合わせれば、魔物にも打ち勝てると」


「違う」


「え?」


「マクスウェルは今、レナルヴェートといつもの様にオママゴト戦争をしている。レナルヴェートの場所はガリリュースの南だ。千田木は、我が国がガリリュースを攻め込めば、ガリリュースが魔の者達を解き放つと考えているはず。その瞬間マクスウェルは、南に攻め込んでガリリュースとレナルヴェートを順に叩くつもりだ。魔の者達が東側……我々の方に集まっている隙に。更に言うならば、ダーシュがこの話を私に持ち掛けなかった場合、お前という巨大な戦力を抱え込むつもりだったはずだ」


「そこまで……しかしそれなら余計にこの提案に乗るわけには……」


「いや、これは我々が魔の者達に負けるか、苦戦する前提の策略と見た。だが我々が魔の者達をすぐに倒し、レナルヴェートと協定を結べば……」


「……あの大国、マクスウェルを倒せる、ということですか」

 ダージュが珍しく、笑みを見せた。


「そうだ。これは世界の法を変える、千載一遇の機会だ。問題はマクスウェルとの協定だな。いくつか理由付けをして破棄に持ち込まねばならん……プインダムにはまだ言うな」


「将軍にはいつのタイミングで……?」


「あいつが、安心して敵を蹴散らせる様になるまで、だ」


「承知しました。でもあの人、割と賢いですよ?」

 ダーシュは片眉を持ち上げ、ニヤリと笑う。


「割と、じゃない。お前や私より賢いんだ。バレていても、乗ってくれてさえいれば良い」


「……出過ぎた意見でした」


「構わん。まずは……ガリリュースを潰しにかかるぞ。先日やって来た魔法剣士の刺客、アレをガリリュースの手の者だった事にする。レナルヴェートに遣いを出せ」



 こうして、私はマクスウェルを潰して世界を統一するための準備を進めた。マクスウェルがガリリュースとの協定を破棄したタイミングで、レナルヴェートと協定を結び、ガリリュースとマクスウェルを叩く。


 ところが……思惑は外れ、ガリリュースからマクスウェルとの協定破棄が行われ、カムラ王はマクスウェルに宣戦布告をしたのだ。


 我々がガリリュースと戦い始めると、かの国は東西南北の四大国と対立する事となる。これでは、我々がマクスウェルに協力する形になってしまう。センダギの思惑通りである。


 五大国の均衡が崩れる。


 世界の歪み始める音が、聴こえて来るかの様だった。

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