毒喰らう節制(テンパランス)②

 頭が痛い。


 王とはこんなに苦労する仕事なのだろうかと、時々思う。


 戦争に勝利したのだから、一週間は飲み明かしてもいいのではないだろうかとも思った。部下たちが許してくれるかどうかはさておき。


 唯一の救いは、侵略者たる我々を、侵略された側の国民の殆どが、歓迎してくれた事だ。


 ミネルウェル国を滅ぼした我が国は、三百年続いた五大国のバランスを崩すことなく、そのまま五大国を名乗った。ミネルウェルが攻め込んでくる直前、私が他の四大国に、書簡を送っていたからできたことだ。


 五大国は、小国に対しては防衛戦しか行わないという取り決めがある。

 それを破らんとするミネルウェルを我が国が打ち倒したそのときは、我が国を五大国に迎え入れてほしい。ただそれだけの文書。


 四大国はその提案をあっさり飲み、我が国は五大国の仲間入りを果たした。


「ついに、世界の代表にまでなったのぉ」

 いつもの書斎で、プインダムが嬉しそうに笑う。


「ここからだよ。ミネルウェルの遺した書類を見ただろう。あんなもの、村の取り決めを文書にした様なレベルだ。穴だらけで使い物にならん」

 私はため息をつく。五大国ならば、きちんとした法があると信じたかったが、期待はずれだったのだ。


「しっかし、法、法とお前はいつからそんなにお堅いヤツになったんじゃ?」

 プインダムは苦笑いを私に向け、僧帽筋を震わせた。


「私がお堅いんじゃない。この世界の法が、政治が、未熟なんだ」


「それでも、世界は回っとる」

 プインダムは筋肉を強調するポーズを取りながら、私に意見する。


「そりゃあ、破綻はしないさ。ただ、それで民は救われるか? お前も私も、民が笑顔で暮らせる国を作りたいという想いで戦ってきたはずだ。そのために必要なのが法で、政治なんだ」


「そりゃあ、のぉ……ただ、今のお前を見てると、先代みたいに早死にせんか心配でな……」

 プインダムは私の肩を掴む。


「プインダム……」


「ガモア様と違って、お前には俺がいる。ダーシュもいる。長生きしてくれよ。俺の君主は、お前だけや」

 そう言って歯を見せて笑う親友は、どこか寂しげな雰囲気をまとっていた。



 それから数年が経ち、我が国はさらに発展した。周辺国と交渉して合併を繰り返し、侵略する者は叩き潰し、必要とあらばこちらから攻め込んだ。

 プインダムとダーシュがいれば、小国の魔導師団だろうがニンジャだろうが関係ない。あの二人だけで、千人の兵に匹敵する力があるだろう。彼らが敵を叩き潰す。わたしが後始末をつける。それだけだ。


 しかしそれは四大国以外との話で、四大国との戦争は基本的に奴隷兵を使って小競り合いを繰り返すのみ。いつも早々にプインダム軍が勝利して敵国は引き上げていく。なんの意味があるのだ。

 ミネルウェルの記録にも、奴隷戦争制について詳しい記述のあるものは無く、唯一交流のある国……マクスウェルの摂政に取り決め文書がないか問い合わせたが、答えは『無し』だった。


 もしかすると……異世界人の数減らしが目的なのだろうか。それならば、我が国はそんな制度に加担するつもりはない。いつか、また五大国で会談を開かねばなるまい。


 しかし、考えることが多い。

 我が国とてまだ何の制度も法も整っていないというのに、やるべきことが山積みだ。

 合併した国の民への保障、新たに受け入れた奴隷兵の配属、通貨統一、作物や流通の指示……すべて私が取り仕切っている。


 食べ物も、武器も、生活用品も、どこからか湧いてきていつでも買えるわけではない。なのにこの世界の民ときたら、そんな事は何も考えていないかの様に振る舞う。おかしなものだ。


 この世がまともになるまで、私が民の代わりに考えねばならない。そうだ。教育も整備せねば……


「報告いたします!」

 私が玉座でそんなとりとめのないことを考えていると、いつのまにか笑顔の兵士が王の間にやってきて、敬礼をしていた。


「お、うむ」


「プインダム様が」


「勝ったのだろう?」


「いえ。敵国で罠にかかり、捕らえられたとの報告が」

 兵士はなぜか笑顔のままだ。私は少し苛立ち、眉間にしわを寄せる。


「……そんな事態で、なぜお前は笑顔でいるんだ?」


「それは……」

 兵士は腰に提げた剣を抜く。


「俺がその敵国の兵士だからだよ!」

 兵士は剣から雷を飛ばす。私はそれを避けもせず顔面で受け止めた。


「え!?」

 兵士はたじろぐ。魔法剣士の類の様だが、何だろうと関係ない。


「何回目だろうか……私を暗殺しようという者が来るのは」

 私は立ち上がって兵士に迫る。愚かな魔法剣士は錯乱し、めったやたらに雷魔法を私にぶつけ続ける。


「ば、化け物ォ! 寄るなァ!」


「その通り。私は化け物だ」

 私は兵士の剣を素手で折り、回し蹴りでその首を刎ねた。


「誰かいるか」

 私が声をかけると、近衛兵の一人がやってくる。


「あぁ……ダモア様、また派手にやりましたね」

 兵士は片眉を上げて落ちた首を見下ろす。


「これが一番楽なやり方だ。片付けておいてくれ。素性は……」


「ニブングラ国です。あと、プインダム将軍は無事です」

 兵士は即答した。


「やはり、この男は素通りさせたのか」

 私はため息をつく。


「王のご命令ですから」


「ああ、そうだったな……」


 この国の近衛兵は、私ではなく王宮にいる政治家たちを守るために置いている。そして私はというと、私を狙うと思しき者は全て無視して王の間に通す様に、兵に命じてある。その方が、我が国に一切の被害が出ないからだ。

 どうせこの魔法剣士も、偵察ついでに私を討ち取りたいと欲を出したのだ。


 だが私は決して、殺されることはない。


 しかし、頭痛の種は消えない。難儀なものだ。


 ただ、この政無き世を憂いても仕方ない。

 やるべきことを、やるだけだ。


 私は血まみれの王の間から書斎へ移動し、溜まりに溜まった書き物の続きに手を伸ばした。



 ──この時の私はまだ何も知らなかった。



 この世に政無き理由を。


 己が哀れな人形であることを。


 それが、この世の理。

 それだけが、正義の世界。


 私が飲み下さんとするこの世の毒は、余りにも強く、世界を蝕んでいた。

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