死者弄ぶ月(ムーン)②

 蝋燭灯るカタコンベの奥底を、ひた走るドレスの女性。


 彼女は混乱していた。


「はぁ、はぁ……いったい、何が起きているの?」


 昏い道は彼女の疑問になど答えるはずもなく、ただ先には、心許ない光に照らされる闇が広がるのみ。


 女性は逃げていた。

 いつのまにか見知らぬ部屋につれて来られ、二人の女に話しかけられた。そのうちのひとりは自国の将校だと思っていた女……の生首。

 しかもその生首は、身体があったときと同じように、平然と女性に話しかけてきたのだ。どう見ても化物。それを見て、思わず逃げ出してきたのだ。


「おい、アンタ」

 ふいに、声をかけられて女性が振り返ると、そこには顔半分が白骨と化した男が立っていた。


「ひっ……」

 女性は足を止め、半分が骨になった男を見てたじろぐ。


「まぁ待てよ。どうせ地上に出ても結界があって逃げられねえんだ。俺だってアンタを取って食うわけじゃねえ。ま、アンタも死んでるんだから、食えるわけもないんだけどな」

 男は肉体の残る半分の顔で笑顔を作った。


「私も、死んでるですって? さっきもそんなことを言われた様な……ここはどこなの? あなた達は何者?」

 女性は意を決して真顔になると、おどろおどろしい姿の男に質問を投げかける。


「デッドムーンのお嬢ちゃんから何も聞けなかったのか? ここはガリリュース最北端の地下墓地で、この一帯は……俺達死者と化物どもをぶち込む牢屋だ。あんたの魂は邪魔だったんだろう。カムラの野郎に、ここにぶち込まれたのさ。異世界人ってやつは、魂だけでも異能を使うやつがいるからな」


「カムラ様が? 魂? なに? どういうことなの?」


「へへへ、何も知らないみたいだな。教えてやるよ。ガリリュースの王はな、代々世界を脅かす化物を封印してきた、大魔導師様の血筋なんだよ」


「そんなことは知っているわ。初代ガリリュース王は世にあふれる魔の者達を封じ、世界の中心に国を築いた。誰もが知っている世界の歴史じゃない。カムラ様も封印術に長けていらっしゃるし、実際に魔の物を封じるところも見たわ」

 女性は眉をひそめる。


「そりゃそうだ。だがな。カムラはその化物どもを従えて、何かやらかそうとしてるんだよ」


「そんなわけ……いえ、そういえば、ユイ・ブラックも化物だったわ。あなた、あの女とカムラ様のことを、なにか知っているの!?」


「まあ落ち着いて聞けよ。この世の、闇の部分を教えてやるから……」



 数時間後、女性は元いた部屋に向かって歩いていた。顔が半分白骨となった男とともに。



「えっと……ウィルメさんだっけ?」

 男が彼女の名を呼ぼうとするが、女性は眉間にシワを寄せた。


「入間、いるまよ。ゼトロスさん。でもガリリュース人は皆その発音が苦手みたいだから、イレーネ、でいいわ」


「そうかい。イレーネさん。で、デッドムーンのお嬢さんのところに戻るって決めたみたいだが……あんたは、それでいいのかい?」


「仕方ないわ。あなたの言葉が真実なら、私にはやらねばならないことができた。たとえこの身体になっても、やれることがあるかもしれない。それならば……今の私の王があの女性なら……彼女とともに、なすべきことをなすしかない」


 イレーネが扉を開けると、すでに生首は消えており、色白の女性が紅茶を飲んで待っていた。


「おかえりなさい。あら、ゼトロスじゃない。あなたが引き止めてくれたの?」

 色白の女性は半骨の男に微笑みかけるが、男はため息をつく。


「デッドムーンお嬢さん、あんたは適当すぎんだよ。どうせここに戻ってくるだからさ、もちっとちゃんと説明してやってくれよ。先代はさ……」


「パパはいいの。今は私の代なんだから」


「へいへい……」

 ゼトロスは半分だけの唇を尖らせた。


「ユイ・ブラックは?」

 二人の他愛ないやり取りに割り込む様にイレーネが口を開く。


「ユイちゃんとは魔法で通信してただけよ。今は別のところにいる」


「そう。で、あなたが死者の王、デッドムーンなんでしょう? そして、私も死者になった……」

 イレーネは決意を込めた目をデッドムーンに向けたあと、少しうつむいた。


「そうね。あなたは死んだ」


「私がどうやって死んだかも知っているの?」


「いいえ。私はあなたがどうやって死んだかは知らない。ただ、あなたがカムラの術で封じられたのは事実ね。でもよほど強い意志があったのねえ。見てよ。ゼトロスなんて中途半端でしょ?」

 デッドムーンはゼトロスを見ながら鼻で笑った。


「俺は、死ぬ前に浴びるほど酒が飲みたかったなと願っただけだからな。んで、なぜか封印されちまった」

 ゼトロスも鼻で笑った。


「バカね。人間による闇魔法の開祖の魂なんて封印するに決まってるでしょ。今はアンタの弟子が大暴れしてるんだから」


「へぇ……センダギのやつ、やるじゃねえか」

 ゼトロスは少し嬉しそうに半分になった鼻を掻いた。


「闇魔法の開祖!? あなた、センダギに闇魔法を教えたっていうの!?」


「ああ。あいつはどうしようもないやつだったが、異能があるからな」


「あなたが……なるほど……だから封印されたのにこんなに自由に動けるの?」


「いや、今の封印者がカムラだからよ」

 デッドムーンがそう言うと二人は顔を見合わせて笑う。イレーネはその様子を見て首をひねった。


「カムラの野郎に代替わりして……王妃が死んだ後、お嬢ちゃんの封印が解けた。おかげで俺達死者も自由に動けるのさ。結界から出たらカムラに気づかれるから、ここらで暮らしてはいるけどな。でもそれも、そろそろ終わりだ」

 ゼトロスは顔半分をニヤリと微笑ませる。


「とにかくカムラの代である、今がチャンスなのよ。それなのにさぁ、パパがいなくなっちゃうんだもん。カムラに連れ出されたのかな」

 デッドムーンは空のティーカップの取っ手を指に掛けてぶらぶらさせている。


「えーと、ゼトロスさんからだいたいは聞いたけど、あなたがたの事情がまだ分からないわ。あなた、何をするつもりなの?」


「簡単よ──」


 デッドムーンはティーカップをテーブルに置いた。


「──私達の世界を取り戻す。それだけ。あなたにも手伝ってもらうわ。よろしくね」


 死者たちの女王は初めて真面目な表情になり、そしてイレーネに手を差しのべた。



 イレーネは、その冷たい手を取った。




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