絶望と踊る恋人(ラヴァーズ)④

「レイ様。本日のご予定ですが……」

 側近の女、ノアが手に持った紙を予定をつらつらと読み上げていく。私の今日の予定は公務、公務、そして公務だ。ここ最近、それしかない。


 以前、民衆の前に何度か顔を出してボロがでなかったからか、カムラ様が国の中枢の者たちに私の公務を増やしても良い、と許可してしまったらしい。

 おかげで毎日毎日、この国の作物の状況だとか周辺諸国の動向を聞かされたり、国境沿いの村の支援要請の聞き取りをしたり……

 まるで、日本のサラリーマンの……企画職の様な生活を送っている。


 私の公務はそうした企画職どまりの話ばかりで、経営目線のものが無い。つまり、政治の話が無い。そういった話は全部、カムラ様が取り仕切っているのだろうか。

 それとも、ガリリュースは王族と政治を分離する考え方の国家なのだろうか。まあそれならそれで、楽だからあまり聞かないほうが身のためだろう。


「……以上が本日のご予定です」


「分かりました。そういえばノア、今日はモーニ先生がいらしているのではなくて?」

 私の先生……モーニ・プラス。本業は錬金術師だけれど、とても博識なので王都に来たときは魔法のことと、世界の歴史を教えてもらっている。


「はい。モーニ様は王への謁見を済ませた後、奴隷兵のいる西砦に行かれるそうです。今はまだゲストルームに」


「へぇ。ユイ・ブラックのいる西砦か……あの女、苦手なのよね。下着よりも露出した格好をしてるし、腹黒そうだしさぁ」


「レイ様。その様なお言葉遣いはおやめ下さい。それにブラック様は、あの服装はまあ……はしたないところはありますが、立派な武人でいらっしゃいます」


「……ごめんなさい。気をつけるわ」

 私は気取った声で答えた。ノアは軽くため息をついて、書類を私のデスクの上に置き、一礼して部屋を出ていった。書類が置かれたのは、普段はあまり使わない、書き物用のデスクだ。


 私は公務の書き物よりも絵を描いていたい。なにせ、今いるここは私に与えられたアトリエなんだから。カムラ様が、能力のためには自由に絵を描けたほうが良いとおっしゃり、私に与えてくれた、少し広めの部屋だ。


 アトリエで絵を描いていると、なんだか落ち着く。学生のときの記憶なんてないけれど、もしかして私、美術大にでもいたのだろうか。


 もしそうなら、私の大事な人も絵を描いていたかもしれない。


 東の果てにあるトンブライ国には画家がたくさんいるらしいから、もしかしたら、トンブライに行けば彼に会えるかもしれない。


 一度トンブライに行ってみてもいいかもと、絵を描きながらぼんやりと考えていると、ドアがノックされた。


「はい」

「プラスでございます」

 聞き慣れた機械音声。本人いわく、呪術避けのために声を魔法で加工しているとのこと。


「どうぞ、鍵はかけていないわ」


「やぁ、イレーネ」

 そう言いながら入ってきたプラス先生は、いつになく書類をいっぱい抱えていた。往診カバンみいたいなカバンから、紙がはみ出している。


「ごきげんよう。私から行こうと思ってましたのに来てくださるなんて嬉しいわ。先生、今日は随分と大荷物で。それ、西砦で使うのですか?」


「そうなんだ。西砦の兵士たちも、最近異能に目覚めるものが増えていてね。調査用の書類なんだよ。これからユイくんが迎えに来てくれる予定」

 プラス先生は仮面の下で目を細めて微笑んだ。


「そう……」


「ああ……イレーネはユイくんが苦手だったね。ああ見えて、仲良くなれば気さくで良い子なんだけど……」


「あの人、なんだか私を敵視している気がするし、何よりカムラ様に色目を使うのが嫌なのよ……妃にでもなるつもりなのかしら」


「ああ……ユイくんは男性にはあの態度だから気にするだけ無駄だよ。それより、すっかり気持ちもカムラ様の娘になってるじゃないか。完璧な影武者だね」

 プラス先生は機械音声でザラザラと笑うと、置いたカバンを持ち上げた。


「あら? もう行かれるの?」


「ちょっと、まとめておきたい書類があってね。また今度、ゆっくり話そう……っと、ユイくん。もう来たのか。相変わらず早いね」

 振り返って戸を開けた先生の前に、ほとんど下着の様な服装の女が立っていた。


「あらプラス先生、イレーネと逢引ですか?」

 ユイは舌なめずりをして先生を見上げる。いやらしい女。


「逢引ねぇ。それは私と最も縁遠い単語だ。せっかく迎えに来てくれたのは良いんだけど、まだ書類がまとまっていないんだ。ユイくん、まずは先日の件、王へ報告だけしにいこう」


「はぁい」

 ユイは私にウィンクして扉を閉めた。


「ふぅ……」

 ため息をひとつつき、私は心を落ち着かせるため、絵を描き始める。


 今描いている絵は人物画の模写。〝頂点の三剣士〟の絵だ。パネロースの突撃王ガイ、不死の異世界武人アンノ、レナルヴェートの魔法剣士オリヴィアの3人がぶつかり合う、迫力のある絵。


 当然、3人が一堂に会したことは無いのでフィクションの絵なのだけど、これを描いた画家はそれぞれの剣士と会った事があるらしく、兵士たちに聞くと、三人ともよく似ているらしい。


 アンノの姿はよく、現世人からはポケットだらけの珍妙な服装と言われているけど、これは作業着だ。アンノは日本ではそういう仕事をしていたのだろう。彼が不老不死とは聞いているけど、詳しくはあまり知られていない。死なない異能でも持ってしまったのだろうか。


 私の異能は、絵を実物に変えるチカラ。ただし、うまく描けたと私が認識したものに限る。今まで、生きているものはうまく描けた事がなく、有機物は食材くらいしか実物にできなかった。


 模写なら満足のいく出来になり、生物の絵でも私の異能が発現するかもしれないというカムラ様のアドバイスでこの絵を描き始めたけど、もしうまくいったら私の異能で、この3人のコピーが生まれる事になる。しかも、ガイ王は既に亡くなっている。


 そう考えると、とんでもないチカラだ。本当は満足出来る絵でも生き物は実物にはならないんじゃないかとも思っているけど……この世界の様々な魔法や異能について聞いていると、出来る気もする。


 それが出来たなら、私の大切な人も、絵に描けば良いだろうか。


 いや、偽物で満足できるはずがない。


 早く彼を思い出したい。


 彼に会いたい。


 顔も、声も、名前すらも思い出せない愛しい人を想いながら、私は筆を走らせた。

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