被害者に吊るされた男(ハングドマン)⑤
森の中に隠された、木造の家。その一室に男が二人、揃って難しい顔で向き合っていた。
「甚太、あいつを……どう思う?」
「〝被害者〟阿房くんですか……庵野さん。あなた、彼を随分と高く買いますね」
甚太と呼ばれた男は神妙な表情で答える。
「まあ、な。その前に、なんだ? 〝被害者〟って」
庵野は首をひねった。
「おや、ご存知ない。彼は仲間内でそう呼ばれていましてね。任務内外問わず、いつもなんらかのトラブルに巻き込まれ、損を被ることから、〝被害者・阿房〟と呼ばれているそうです」
甚太は鼻で笑いながら答えた。
阿房はアキバ街で暮らしていた頃も何かとトラブルに巻き込まれ、諜報員になったあとも、度々危ない目に遭っていた。
それで、仲間たちからはいつの間にか〝被害者〟と呼ばれる様になったらしい。
「……それは、彼の異能がそうさせるのか? お前から聞いた限りあのチカラはまるで〝加害者〟だぞ」
庵野は眉間にしわを寄せながら甚太を見据える。
「いいえ。彼は自分の異能を過小評価しています。二つ名はあくまであだ名です」
「なるほどな。だがそれだと……少し不安、か?」
庵野は頭を掻く。手入れしていない髪がワシャワシャと揺れる。
「私も彼は優秀ではあると思いますし、いいと思います。彼はよくやってくれています。トンブライでも、レナルヴェートでも軍の動きを掴んで帰ってきました。だからそろそろ……ですね?」
「ああ。ここだ」
庵野は眉間にしわを寄せながら、テーブルに広げられた大陸地図の中心を指差す。
「魔法大国、ガリリュース……ですか」
甚太は腕を組む。
「そうだ。もうあいつは、あそこに送り込んでも良いほど力をつけたと思っている。で……あいつの力は……お前や由理恵さんと似てるんだったな。過小評価と言ったが、あいつ自身、どこまで自覚している?」
「ほぼ、全くと言っていいほど自覚はありません。ですが、教えるのは危険です」
「……それは、どっちの意味でだ?」
「両方です。我々は第三の本間女史を作るわけにはいきません」
甚太は庵野を軽く睨みつけた。
「おいおい、そんなにかよ……レナルヴェートに本間美奈、いや……ミーナ・マジョラムか。で、マクスウェルには将軍のヴァイオレット、そんで、阿房も奴らと同列になり得る、ってか」
庵野は思わず苦笑いになった。
「ええ。彼には素質がある──」
「失礼します」
その声とともに、部屋の戸が開かれた。
「おや、阿房くん。どうした?」
甚太は立ち上がり、地図を隠す様に阿房の前に立った。
「次の任務はいつ頃かと思って。あと……」
阿房は口ごもりながら甚太を見上げた。
「あと?」
「記憶が、少し戻ったんです」
「おお、良かったじゃないか! 下の名前も思い出したか?」
庵野も立ち上がって阿房の前に立った。
「はい。タカシです」
「タカシくん、か。で、他には何か?」
甚太は薄く微笑んだ。その目は笑っていない。
「恋人の名前を」
「それは……まぁ……」
庵野の表情が曇る。
この世界にやってきた人間は多くの場合、何故か自分の家族の記憶が無い。恋人の事すら思い出せないのが普通なのだが、稀に、家族や恋人を思い出す者もいる。
しかし、その記憶が戻ったところで、誰ひとりとして元の世界に戻れた者はいないため、ただ悲しいだけの記憶に終わるのが、この世の常だ。
「……分かってます。彼女に会えない事は。ただ、この記憶があれば、今よりも頑張れる気がするんです」
阿房は二人に悲しげな笑顔を見せた。
「そうか。お前がそれなら、それでいいさ。それでな。次の任務だが……魔法大国ガリリュースに行って探ってきてほしいことがある」
庵野は真剣な眼差しで阿房を見据える。阿房はそれを見て背筋を正した。
「はい。やはり、奴隷や軍隊の様子を?」
「いや。ガリリュースで探ってきてほしいのは──」
庵野はポケットからタバコを取り出して火をつける。そして、ゆっくりと煙を吐き出した。
「──カムラ王のひとり娘、死んだはずのレイ姫が復活したといううわさ。その真偽を、探ってきてほしい。カムラが娘を蘇らせたのなら、死者達の王……デスガイアと結託した可能性がある。それを調査してきてほしい。頼めるか?」
「もちろんです」
「じゃあすぐに作戦会議だ。メンバーは……」
庵野は阿房を連れて作戦会議室へ向かって行った。
「……あるんですよ。阿房くんには」
ひとり、部屋に残った甚太が呟く。
「強力な闇魔法の素質だけじゃない。彼は、第二の千田木になる可能性すらある……もしそうなった時……私に、庵野さんに……それを止められるだろうか……」
甚太は二人が去った部屋に置き去りになった地図を眺め、世界の中心に位置する魔法大国の位置に拳を置き、ため息をついた。
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