被害者に吊るされた男(ハングドマン)④

 トンブライ国は昔から鉱石がよく採れ、植物も豊富にあったため、画家が生まれやすい国と言われている。


 町外れの家に住む男もまた、そんな画家の一人。彼は今、二人の青年が会話しているところを、絵にしていた。


 荷車に積んだ大男の死体を、乱暴に扱う優しげな顔の青年と、それを訝しげな顔で見る、いかにも気弱そうな商人風の青年。


「あの死体は……お尋ね者か。あんな弱そうな兄ちゃん二人がやったのか……?」

 男は独り言を呟きながら絵筆を走らせる。隣に置いた描きかけの「商売用」の絵を差し置いてでも、男は描きたくなる何かを、二人の青年に感じていた。



 翌日。二人の絵を描いた画家は、出来上がった絵をみて驚く。


「なんで、こんな絵を描いたんだっけ……?」


 そこには、気弱そうな商人の青年と悪魔が仲睦まじく、男のはらわたをえぐり出す絵画があった。そして、悪魔を見て男は気付いた。


「あいつ……そうか、あいつが……」


「トゥーサック! そろそろ出来たか!?」

 男の名を呼びながら、彼がよく見知った顔が勝手に戸を開け、家に上がり込む。高価な装飾品をゴテゴテと着けた、成金風の男。いかにも怪しい商売をしているといった格好をしている。


「まだ出来てませんよ」

 トゥーサックは図々しい来客に苦笑いを見せる。


「お? 出来てるじゃねえか。こりゃどこの国の、誰の絵画だ?」

 男はトゥーサックが昨日一気に描きあげた絵画を手に取り掲げた。


「これは手慣らしで描いた私のオリジナルですよ。売れる金額にはなりません」


「はぁ。トゥーサック、お前あれだな。こんな邪教みたいな絵を描いちまうとは……休んだ方がいいかもな」

 男はトゥーサックを心配そうに見つめる。


「いや。仕事の方も進んでます。ただ……」


「ただ?」


「今回限りで、贋作絵師は廃業します」


「そうか。娘さんは……」

 男は声を詰まらせる。


「ご心配には及びません。別れた妻が、なんと隣町の商人組合の元締めに見初められましてね。傷もの、コブ付きにも関わらず、娘の治療費まで出してくれて……既に別れた私にも、手切れ金をくれました」


「そりゃまた……良かった……で、いいのか?」


「娘が元気になるなら、それで」

 トゥーサックは力なく微笑む。


「……まぁ、実はな。俺も今回でお前さんとの契約は終わりにしようと思ってたんだ。だが娘さんのことを聞いていたから言い出しづらくてな……」

 男は安心した様子で本音を口にした。トゥーサックは眉間にしわを寄せる。


「いいんですよ。しかし、あなたがそう言うなら、今度はよほど腕の立つ贋作絵師を見つけたと見える。お会いしたいものだ」

 トゥーサックは自分の贋作絵に自信があったが故に、他の絵師を見つけた様な素振りを見せる男に少し、苛立ちを覚えた。


「いや。贋作はもうヤメだ。約束を反故にしてガリリュースに転売したバカ野郎がいてな。あんな魔法大国に贋作を売っぱらったら、いくらトゥーサックの腕前でも……バレちまうさ」


「じゃあ……別のもうけ話でも見つけましたか」


「そうなんだよ! それこそそのガリリュースでしかお目にかかれない、あの〝魔法絵画〟を描けるやつが、この国にいたんだ!」

 男は目を輝かせながらトゥーサックにその魔法絵師のことを語りだした。


 魔法絵画。魔力の才あるものが、特別な絵筆を使って描く絵画。その絵画は見るたびに色が変わったり、視点が変わるものが多く、特に高値が付くのが、高い魔力を籠めないと描けないとされる「光る絵画」だ。


「光る絵画を描けるやつを、見つけたんだよ!」


「なるほど……それなら、私がどんなに上手く書こうが、値段では敵いませんね……」

 トゥーサックは自分の腕前が負けたわけではない事に少し安心し、納得した。


「腕前でお前を超えるやつなんざそうそういないさ。最後の贋作は、とびきり高値で売ってやる。良い所に住めよ」

 男はトゥーサックの肩をポンポンと叩いた。


「本当にお世話になりました。よければ、この絵も持っていって下さい。あなたなら、適当ないわくでもつけて売れるでしょう」

 トゥーサックは男に、久々に描いたオリジナルの絵を、麻布に包んで渡した。


「今度、光る絵画を見せてやるよ。良い絵が描けたら、出世できる様に口利きしてやるからな!」

 そう言って男はトゥーサックの家を後にした。



「娘はね……」

 男の背を見送りながら、トゥーサックは呟く。


「あの悪魔に殺されたんだ……血も涙もない、残虐な毒使いの男に……」


 この日以来、トゥーサックの手には絵筆ではなく、紙とペン、そして、ナイフが握られる事となる。


 復讐に駆られた贋作絵師によって、国家を揺るがす事件の引き金が引かれる。


 その日は、静かに近づいていた。

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