幕間〜太陽を仰ぐ愚者〜
緑生い茂る森の中。その場にはあまりにも不釣り合いな、スーツ姿の男が立っている。白髪混じりの髪をオールバックにし、片眼鏡をかけたその格好が、不自然さをさらに際立たせていた。
男は空を見上げる。木々の隙間から陽の光が射し込み、彼の顔を照らす。男の左目が太陽光を反射して、紫色に光った。
「さて、どうするか……」
男が独り言を呟いたその瞬間、見上げた太陽の中に人の影。その影は徐々に大きくなり、太陽を隠したかと思うと、そのまま木々の隙間を縫って男の前に着地した。
「おや。これはこれは。庵野殿ではないですか。30年ぶりですかな?」
スーツ姿の男は突然空から降ってきた人影に驚く様子もなく、目の前に降り立った人影を庵野と呼び、微笑みかけた。
「おいおい……てめえかよ」
庵野はスーツ姿の男より若干若い様に見え、服装は作業着。髪型も特に整える気のない状態で、腰には剣を携えている。スーツ姿の男とは対照的な格好だ。
「てめえかよとはご挨拶だな、庵野……いや、流司。しかし……レジスタンスのトップが一人でこんなところに来るとは、ご苦労な事だ」
「ウチは小さな所帯なんだ。お前みたいに、偉そうにふんぞり返ってる暇は無くてな。で、大国マクスウェルの摂政千田木サマが、鼻にもかけねえ様な国の、それもこんな森の中に、なんの用だ」
「ンッフッフッフッフ……なぁに、ただの散歩だよ」
千田木は薄ら笑いを浮かべたまま答えた。
「散歩だぁ? お前、冗談は笑い方だけにしとけよ」
庵野は頭を搔きながら眉をひそめる。
「どうした流司。今日はずいぶんと機嫌が悪いじゃないか。年甲斐もない」
「100歳からはもう、数えてもいねえよ。それより……」
庵野は腰に提げた剣を掴む。
「やめておけ。戦う気はない」
「そう言いながら、その手はなんだよ」
庵野の視線の先、千田木の左手には、紫色の光が集まっていた。
「ンッフッフッフッフ……相変わらず、目ざとい男だ」
千田木の左手から光が消える。
「俺が目ざといんじゃねえ。お前がわざとらしすぎるんだ……よっ!」
目にもとまらぬ速さで庵野は剣を抜き、そのまま千田木の右手に向かって振り抜く。千田木は身体を捻って身をかわし、右手を庵野の顔に向け、左手から右手に移動させていた魔力を解放した。紫色の光が庵野に向かって飛ぶ……が、庵野も素早く飛び退き魔法をかわした。
「その汚えやり方も、バレバレなんだよ!」
庵野は振り替えって剣を振り、背後から迫ってきた闇魔法のオーラを切り伏せ、霧散させた。
「……やるじゃないか」
「お前が素直に真っ直ぐ飛ぶ攻撃を仕掛けるわけがねえ。それだけだ」
「さっきは戦う気は無いと言ったが……興が乗ってきた。やるか!」
そう言うと千田木は両手に紫色の光を構え、庵野の足元目掛けて魔法を放った。庵野は一瞬の判断で剣を振るでも後ろに飛び退くでもなく、高く──
──森の木々よりも高く跳び跳ねた。
直後、彼の跳んだ高さのすぐ真下まで届くほどの魔力の爆発が起き、木々は吹き飛び、土は抉れ、庵野が立っていた場所は、まるで隕石が落下したかの様な有様になっていた。
「クソ野郎が……!」
庵野は剣を下向きに構える。その剣先には千田木の頭。庵野は重力にしたがって加速し、千田木目掛けて落下する。
剣が千田木に到達する寸前、闇のオーラを纏った千田木が首を上に向け、見開いた目で庵野を睨み付ける。
庵野の剣は千田木には命中せず、地面に突き刺さる。千田木は、着地した庵野の後ろに立っていた。
「三十年経っても、カエルの様に飛び跳ねるだけか?」
千田木の右手が紫色に光り、庵野の頭を掴もうとする……が、庵野は斜めに飛びのく力で剣を抜いて千田木の手から逃れ、間合いを取った。しかし悠々と構える千田木ではない。そのまま庵野が飛びのいた方に腕を向け、魔法を放つ。背後は半径数百メートルに渡って抉れた地面。庵野は再び高く飛び上がり、そして今度は千田木の立つ場所ではなく、少し外れた森の中に着地する。
「……逃げたか流司。案外つまらん……ぐはっ!」
千田木が呟いた直後、彼の喉から、小剣の剣先が飛び出した。背後から飛んできた小剣が、千田木の喉を貫いたのだ。
小剣の飛んできた方向から庵野が現れる。
「三十年経っても、俺を下に見るからそうなるんだよ」
「あがっ……ゴフッ……ぐっ?」
千田木は苦しみながら刺さった剣を抜こうとするが、全く抜けない。
「そいつは特別な呪いと、物理的な返しのついたダガーだ。不死身で口の減らねえお前にぴったりの場所に、ぶっ刺してやったぜ?」
「ぐっ……ガハッ……」
千田木は咳き込み、血を吐きながら振り返る。庵野が歩み寄ってくる。
「それを外したきゃ──」
庵野は神妙な面持ちになって千田木に顔を近付ける。
「──俺の、呪いを解け」
庵野は自分の額を千田木の額につけ、睨み付ける。そして手を千田木の首の後ろに回し、小剣の持ち手を掴んで更に深く刺し込んだ。
「がっ……」
「ま、そんな気はねえよな」
そう言うと庵野は千田木から身体を離し、再び鞘から剣を抜くと、素早く千田木の両腕を斬り落とした。
「がぁあっ!」
千田木は膝をついてその場に座り込む。
「これだけやりゃあ、再生までしばらくかかるだろ。おとなしくしてろや。涼平」
庵野は千田木をファーストネームで呼ぶと、振り返って歩き出した。
「ぐっ……がはっ……」
苦しみもがきながら、千田木は自分の腕に視線を向ける。すると斬り落とされた右腕がもぞもぞと動いて指の力だけで彼自身の身体を這い上がり、首の後ろの小剣を掴んだ。
そして、腕が千田木の首に巻き付くと、小剣を掴んだまま、腕がぐるりと回った。小剣が一回転し、千田木は自ら首を斬り落とした。
ゴトリ、という音で庵野は振り返る。
落ちて地面に横倒しになった千田木の生首が、不敵に微笑みながら庵野を見据える。そしてその口から、無数の蝶が飛び出した。
「おいおい……なにしてやがる……?」
飛び出した蝶は群れをなして空へ向かって飛んでいく。太陽に向かって飛び立った蝶の群れは、そのまま北へ向かって飛び去って行った。
「涼平、お前一体何を……」
庵野が空に向かった蝶から視線を千田木の方に向けると、そこにいたはずの千田木はもうどこにもおらず、あとには庵野が放った小剣と、封筒が地面に落ちていた。
庵野は封筒を拾い上げる。魔水晶を練り込んだ黒紫色の封蝋を外し、中にある手紙を読む。
手紙を読んだ庵野は、ポケットからオイルライターを取り出して手紙を燃やした。そして、ライターと一緒に取り出したタバコに火をつける。
「涼平……お前はそれでいいのか」
タバコの煙と共に吐き出された想いは、かつての親友に伝わる事なく、森の木々の中に吸い込まれて消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます