終末を見届ける愚者(フール)①

「して、ミネルウェル王はどの様にお考えか?」


 百年以上いがみ合ってきた大国の王たちが集まった会談の席。主催である最大経済国家マクスウェルの王が、ミネルウェル国王に意見を求める。


「……我が国は……」

「我が軍はご存知の通り、水軍を中心とした強固な兵を抱えており、実を申せばさほど奴隷兵の必要性を感じませぬが……他の四大国の皆様は、異世界人奴隷を欲していらっしゃる、という理解でよろしいでしょうか」

 王の発言に割って入ったスーツ姿の男が、ニタリと微笑む。その表情を見たレナルヴェートの老女帝が立ち上がった。


「貴様、一国の大臣の身分で我々を愚弄するか!」

 老女帝は皺だらけの顔にさらに皺を寄せて、ミネルウェルの大臣を指差す。


「レナルヴェート殿……我々は戦いに来たのではない。落ち着いてくれ。これは謂わば和平会談なのだ」

 パネロース王がレナルヴェート王に苦笑いを向ける。


「その通り。しかも……センダギ大臣は異世界人の代表でもあるのですぞ。センダギ大臣こそ、怒っても良いはずなのだ。で、センダギ大臣。君は同郷の者たちを奴隷とするのには、当然反対だろうが……対案はあるのかね?」

 魔法大国ガリリュースの若き王が、千田木を見据えて問いかける。


「代表とは恐れ多い。皆様、身分も弁えぬ発言、大変失礼いたしました。ただ……この千田木、神に誓って、公平な意見を発する事をお約束いたします」

 ミネルウェル王の後ろに立った千田木はわざとらしくお辞儀をしてみせる。


「……分かった。では、対案は?」

 マクスウェル王が千田木の顔を見て薄く微笑む。


「……ございません」


「無い? 何のためにこの場に来たのだ。百年も生き、ミネルウェルで三十年も大臣を務める貴様がそれでは、王もご苦労されている事だろう!」

 レナルヴェートの老女帝が笑いながらミネルウェル王に言った。ミネルウェル王は口を結んだまま、各国の王をそれぞれ見遣る。


「……百年」

 千田木が手のひらを見せながら再び口を開く。


「なに?」


「私はこの百年、世界の政治を見て参りました。この世界の政治は、我が故郷に比べ……百年どころか千年遅れている。このまま何もせずにおれば、すぐにでも、皆様のうちの誰かが倒れるでしょう」


「千年だと!?」

「言い過ぎではないか」

「言葉が過ぎるぞセンダギ」

 王たちは口々に千田木に怒りをぶつける。


「いや、申し訳ございません。ただ、これは事実です。しかし、異世界人奴隷制度を採用した場合……およそ百年の猶予ができると、私は考えます」


「どういう事だ?」

「何を根拠に……」


「異世界人〝だけ〟を戦わせるのです」


「なに?」

 マクスウェル王が眉間に皺を寄せた。


「異世界人は皆、戦争など経験もない、いわば兵士としてレベルは1……とでも申しましょうか……ンッフッフッフ……」

 不気味に堪え笑いをする千田木の顔を見て、王たちは怪訝な顔をする。千田木は構わず話を続けた。


「経験のまるでない兵士を、訓練せずそのまま戦わせるのです。民は戦争の事実を受け止め、不満を敵国に転嫁します。戦いの最中、奴隷達は逃げ出すでしょう。しかし、異世界人などいくらでも降ってくる。家族もなく、ルーツもなく、しがらみもない者たちが」

 千田木は腕を広げて王たちに語りかける。


「そうして幼稚な戦争をわざと繰り広げているうちに、皆様は法を整備し、異世界人の受け入れ方を、世界の在り方を考え直せばよろしいのです。その猶予が、百年です」


「そんなことがまかり通るのか」

「そもそも、突然奴隷にされては、彼らが納得するはずもない」


「……はい。奴隷たちはいずれ団結するかもしれない。しかし、それには数十年、長くて百年はかかるでしょう。その時はその時で良いのです。なぜなら、皆様には異世界人の一団という、共通の敵ができるのですから。その時が正式な、五大国和平のタイミングです」


「……異世界人をひとつところに集め、我らの和平を滞りなく進めるための百年計画……というわけか」

 パネロースの王が呟いた。


「それならば彼らに国土を与えてやれば良いのではないか?」

 ガリリュースの王が言った。


「どの国も飽和状態で、何が国土じゃ。小僧が」

 レナルヴェーの老女帝が、ガリリュースの王を睨みつける。


「しかし……センダギ大臣。君は、異世界人はそれで良いのかね」

 マクスウェルの王がセンダギを静かに見据えた。


「……我々は、皆様の国に突然降ってきた異物であるにもかかわらず、皆様と交わり、それぞれの土地に根付いてしまった。このままでは人口は増え続け……いずれ世界は不毛な滅び方をするでしょう。異世界人というだけで虐殺される未来すらあり得る。私は我々の未来のために……マクスウェル王のご提案を飲まざるを得ない、そう申し上げているのです」

 千田木は苦しげな表情で饒舌に語った。


「……では、本来奴隷兵を必要としない国であっても……この制度を採用する価値があると」

 ガリリュース王が眉間に皺を寄せたまま、千田木に問いかける。


「価値も何も、我々全員がそれをやらねば、成り立たん計画だ」

 レナルヴェートの老女帝は、ニヤリと笑ってガリリュース王に告げる。


「その通りですレナルヴェート様。如何でしょう? この計画、皆様がこの世界を去った後も……皆様の子孫のため、そして我が同胞達の為に……千田木涼平が見届けて見せます」


「……百年後、我が子孫が、お前の率いる異世界人たちに蹂躙されるかもしれんだろう」

 レナルヴェートの老女帝が、千田木を睨みつける。眉間のシワは一層深くなっていた。


「逆もまた然りだ。我々が和平を交わし、異世界人を駆逐するかもしれんのだぞ」


「穴が多い計画にしか見えんが」


 王達は、皆一様に眉間にシワをよせ、千田木の計画に異を唱える。

 それを見た千田木は顔を伏せて小刻みに震えだす。


「ンッフッフッフ……ご安心ください。私は──」



 顔を上げた化け物大臣は──



「──この身が朽ちるまで異世界人の敵であり続け……百年間、世界の均衡を保ってみせます」



 ──悪魔の如き笑みを浮かべていた。




 ーーーーーーーー



「あれで、よかったのだな?」


「もちろんです。それにしても、なんと哀れなマツリゴトでしょう……ンッフッフッフ……」


「なんとでも言え……お前から政治と言うものを聞かされ、参っているところにあの話だ……しかし、あんな話が通るとは……」


「仕方ありませんよ。皆様はそういう風に出来ているのです」


「未だに信じられん……」


「皆様もそうですが……この世界は、我々異世界人にとっては謂わば〝蠱毒の壺〟なのです」


「コドクノツボ?」


「はい。ありとあらゆる毒虫を壺に入れ、生き残った虫が最も強い毒を持つ。そういう逸話です」


「以前言っていた……お前らが人によって〝見え方〟が違う、という話も、それに通じるのか? お前はどう見ても……その姿なのだが」


「ええ。そういう者もいる、それだけのことです。我々は、試されているのですよ……この世界に」


「ふむ……」


「なァに、貴方も私と共にこの世界を見届けるのです。楽しみましょう」


「……そう、だな……」


「我々は一連托生ですよ──」


 悪魔の微笑みをたたえた男が、王の肩に手を触れた。その途端、禍々しい魔力が王の身体を包み、やがてその魔力は全て、彼の中に吸い込まれていった。



「──オリグリン・マクスウェル殿」

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