焼き尽くす戦車(チャリオット)①

 そこは戦場。


 とある小国の中心街。


 建物は崩れ、そこらじゅうで火の手が上がり、罪なき人々の死体が積み上がる、まさに地獄絵図。


 そこで戦うのは、粗末な鎧を身に纏った奴隷兵士たち。


 刃こぼれの目立つ剣を振るい、同郷の人間を斬りつける。


 奴隷達の中には異能を持つ者も多く、街の中には溺れ死んだ者や毒死した者、炭化した死体が転がっていた。


 奴隷同士の戦いは、大概がこの様な惨状となる。


 ある者はその戦いを好んで受け入れ、ある者は奴隷の身分を言い訳に戦い、またある者は同郷の敵を見て、何もできずに逃げ出した。


 五大国はそんな戦争をもう、100年も続けている。


 異世界からやってきた人間を捕らえて奴隷とし、戦争の道具にする。


 国民の理解を得やすい、分かりやすいやり方。


 この世界には、大国にすらまともな法律などなく、君主の胸三寸で全てが決まる。そのため国民を納得させるには「国民以外の虐げられる存在」を作るのが一番だった。

 大国同士が互いに発展するため、最大国マクスウェルが他国を集めて提案した「世界の正義」。それが奴隷戦争制度。


 他の大国もその考えに賛同し、それぞれが自国の発展を願った。


 そして、その本来の思想は次第にずれていった。

 まず、奴隷とするための異世界人の絶対数が減り始めた。当然のことだ。100年前に取り決めがそれぞれの国で通達されると、異世界人達はその通達の無い国へ亡命した。

 新たにこの世界へ降り立つ異世界人も、先に別の異世界人に見つけられると、奴隷として確保する事が出来ず逃げ出してしまう。


 結局、この100年で奴隷の数は減り続け、五大国は異世界人を確保するため、異世界人の溢れる小国に攻め入る事となり、戦争はかえって激化した。


 特に奴隷を集めたのは北の最大国マクスウェルと、南の大国レナルヴェート。その二大国を結ぶ中心にある、魔法大国ガリリュースは逆に奴隷を解放して国民を増やし、東のトンブライは100年前の取り決めの時には五大国ではなかった事もあり、自国で新たな奴隷は作らず国民として受け入れ、捕らえた他国の奴隷兵士をそのまま自国の兵士として使っていた。


 そして、西の大国、パネロースでは……


「うおおおおおおお!」

 雄叫びをあげながら、自分の身長よりも長い剣を易々と振り回して突進する少年。彼は敵国の奴隷兵士たちを文字通り薙ぎ倒していく。


 マクスウェルとパネロースの間にある小国で始まった、小競り合いから発展した戦争は5年も続き、収束させるべきと判断した2国は、それぞれ多くの戦力をそこに注ぎ込んでいた。


 パネロース国の最大戦力……それは、王本人。大剣を振るうこの少年こそが、国王ケイ・パネロースその人であった。


 ケイ王はその豪快すぎる剣技でマクスウェルの奴隷達を皆殺しにしていく。


「うおあああああ!」

 5人。


「ああああああ!」

 10人。


「死ねええええ!」

 ケイの背後から、槍を構えた兵士が走ってくる。


「邪魔だ」

 ケイは大剣を一瞬で持ち替えて器用に手を返し、振り返りもせずに剣を後ろ手で振り上げ、槍の柄を易々と切り落とす。


「くっ……俺の異能で殺して……うわぁあああ!」

 兵士が手をケイにかざそうとした時既に、彼の両腕は斬り落とされていた。


「俺を勢いだけのバカだと思うな」

 ケイが大剣を地面に突き立てると同時に、相手の兵士は倒れた。


「ふぅ……そろそろ、撤退してくれると有り難いんだが」

 ケイは突き立てた大剣に背中を預けて座り、戦場のど真ん中で休憩し始めた。


「もし、そこな貴方」

 妖しげな笑みをたたえる少女が、いつのまにかケイの前に立っていた。


「なっ!? 何者だ!」

 ケイは慌てて立ち上がり、大剣を地面から抜いて構えた。


「何者? わたくしはマクスウェルで図書館の司書をしております、ヴァイオレットと申しますの」


「司書……? なんで……」


「そう、司書ですの。本に囲まれて……とっても幸せなお仕事ですのよ」


「そうじゃない! なんでそんな奴がこんな場所にいるのか聞いてるんだっ!」

 ケイは剣を前に出し、剣先をヴァイオレットに向けた。


「あなや! 野蛮なお方! まともにお話出来ないのでしたら、わたくしにも……」

 少女がそう言った瞬間、ヴァイオレットの足元から火柱が立ち上がる。ヴァイオレットは素早く飛び退いた。少年と少女の間に、炎の壁が出来上がる。


「ケイ様、お下がり下さい!」


「ルカ!」

 ケイの臣下、ルカが彼の元に駆け寄る。


「その者はマクスウェルの将軍……ヴァイオレット・マイミーです」

 ルカは火柱の向こうで薄ら笑いを浮かべる少女を睨みつける。


「将軍!? 可愛い女の子だったぞ!?」


「あらお上手。そちらのお姉様も、とてもお美しいですわ」

 そう言うと、ヴァイオレットはルカが立てた火柱を、まるで暖簾でも扱うかの様に手で掻き分けて、2人の前に現れる。


「なっ!? 私の炎が……ケイ様……この者は危険です! お下がり下さい……私がやります」


「2人でやれば良かろう!」

 ケイは再び剣を構える。


「〝竜火焔〟を使うから、お下がり下さいと言っているのです」

 ルカはケイを睨む様に見据えた。


「お前……いいのか」


「やむを得ません……」

 ルカは苦笑いを君主に見せた。


「竜火焔!? それでは貴女、ルカ・ケンノス・ドラゴですね?」

 少女はぱっと明るい表情になり、興味津々といった顔つきでルカを見つめる。


「……それがどうした。死にたくなければ撤退しろ」

 ルカはケイの前に立ち、両腕を前に出す。


「わかりました」


「なに?」


「撤退いたしますわ」

 そう言うとヴァイオレットは踵を返し、2人に背を向けて歩き出す。


「貴様……バカにしているのか!」


「竜火焔は、もっと大時な場面でお使い下さいまし」

 突然、ルカの耳元でヴァイオレットが囁く。彼女はいつのまにかルカの背後に立っていた。

 ルカは慌てて振り返るが、そこには驚いた表情のケイしかおらず、ヴァイオレットの姿は既に、消え去っていた。


「……闇衣の術だな……センダギと同じ、闇魔法の使い手か……」

 ケイは忌々しげに呟いた。


「……ケイ様、あれを」

 ルカが指差した先に、白旗が立てられていた。


「あれは……」


「敵国の将軍を討ち取れなかったのは残念ですが……一旦帰りましょう」


「ああ……」


 廃墟と化した小国の城下町の中で、若き王は虚しい勝利を掴んだ。


 少年王の吐き出すため息の白さは薄らいで、長い冬の終わりを告げようとしていた。

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