絶望と踊る恋人(ラヴァーズ)③
私には、恋人がいた。
そう、「いた」のだ。今は、いない。
でも、それしか覚えいていない。
この世界に降り立った時、私のそばに、彼はいなかった。
でも、彼がどんな人で、何をしていたのか。全く思い出せない。
それどころか、私が何をしていたのかも……思い出せないのだ。
覚えているのは、私が趣味で絵を描いていたこと、大切な人に少し後ろめたい感情を持っていた事。そして、大切な人を、心から愛していた事。
それだけだった。
目が覚めた時、私は草むらの中で座り込んでいた。
見慣れぬ景色。明らかに日本ではない雰囲気。
「おい、お嬢さん……いや……あなたはレイ姫様!?」
鎧を着こんだ、中世ファンタジーの世界にいるような男が私に声を掛けてきた。
「レイ……ひ、め?」
この男、何を言っている?
「姫! 早く城にお戻りください! お体に障ります!」
「え? え?」
私はなかば無理やり兵士に連れられ、草原を抜け、レンガ造りの家々を抜け、大きなお城に連れてこられた。
「カムラ王! レイ姫様を城下町の外の草原で保護いたしました!」
兵士は王と呼ばれた、背の高い男に敬礼する。
「……レイ……? なぜ……いや……なるほど」
王は唖然とした表情で私を数秒見つめ、そのあと、眉をひそめた。そして、うっすらと微笑みをたたえて私を見つめた。
「とにかく病が悪化してはいけない。私が治癒魔法を使って回復させる。とりあえずレイを私の寝室へ」
「かしこまりました!」
私は玉座の後ろにある、王の寝室に入れられる。そのままベッドの上に寝かされ、王はその横に腰かける。王は振り返って衛兵の方を向いた。
「ああ、君。悪いがプラスをここに呼んでほしい。ゲストルームにいるはずだ」
「はっ!」
衛兵は部屋を飛び出していった。
「さて」
王は私を見下ろし、鋭い眼光を向ける。
「君は、ニホンジンだな?」
「えっ……」
私は体を起こして彼を見た。王は静かな笑みをたたえて私を見据えている。
「それも、ここに降り立ったばかりと見える」
「えっと……」
何がなんだか、分からない。
「私はカムラ・ガリリュース。この国の王だ。お嬢さん、お名前は?」
「……」
私は王と自称した男を睨んだ。相手が王とて、答えて何になる。
「……なるほど。己の名前は分かっている様だが、言う気がない。良い警戒心と知性だ」
「ここは、どこなんですか」
「ここは、君たちの言う〝異世界〟だ」
「異世界……?」
「そう。異世界だ。君たちは元いた世界から何らかのきっかけで我々の世界に飛ばされてきた、ニホンジンと言われる人種。なぜか、我々と肌の色や言葉を同じくしている」
「お呼びでしょうかカムラさ、ま……レイ様!?」
入ってきた仮面をつけた人物が、機械音声の様な声で驚いたリアクションをする。
「おお、プラス。どうだね。この娘は。レイによく似ているだろう」
「ええ、驚きました」
ロボットの様な仮面の人間が答える。
「あの……何が何だかわからないんですけど」
「そうだな、説明しよう」
そして、私はこの国を、世界を知った。
この世界は異世界であること、なぜか決まって、日本人がこの世界にやってくること。魔法がある世界ということ。100年前の取り決めによって、私たち日本人は、この国やほかの大国では、奴隷にされてしまうこと。
そして、私がカムラ王の娘、レイ姫に瓜二つであるということ。
「信じられない……」
「だが、事実だ」
王は不敵な笑みを私に向ける。鋭い眼光が、私を捉えて離さない。
「そこでご提案」
プラスが私に、仰々しく手を差し出しながら言った。
「ニホンジンは、ほとんどの者がその者固有の、不思議な魔法を使えるのです。その力を調べさせていただき、王のお役に立つ力であれば……」
そう言うと仮面は王の方を向く。
「この王宮で、私の力になって欲しい」
王は真剣な表情で私にそう言った。
「……もし、役に立たない魔法だったら?」
「それでも、君を奴隷にすることは無い。なぜなら……」
「レイは、もうこの世にはいないからだ」
そうして、私は亡くなったレイ姫の影武者(正確には代役)として生きることを決めた。
元の世界に戻りたい気持ちはあったが、誰一人としてこの世界から元の世界に帰った例は無いと聞くし、何より、大切な人もこっちにきている。そんな気がしたのだ。
錬金術師モーニ・プラスの調査によって私の固有魔法が発覚すると、カムラ王は何とも言えない表情をした。なぜなら、役に立つとも立たぬともいえぬ、よくわからない魔法だったからだ。
〝描いた絵から、それを取り出すことができる魔法〟
私は様々な絵を描いた。無機物は当然、そのものの質感で生み出すことができたし、食べ物は実際に食べることができた。
ただ、それらの絵は、私が「上手く描けた」と認識していないと具現化できない。私は生き物を描くのが苦手で、生き物は何度描いても具現化しなかった。
プラスの研究所から帰った私は、カムラ王に2つの名を与えられた。
一つは レイ・ガリリュース。影武者として生きるための名前。
もう一つは イレーネ・ナッツィオ。この世界での、私の名前。
私の本名……「いるま なつみ」はどうやらこの国では発音しにくいらしく、何度言わせても王もプラスも「いるま」を「ウィルム」と言うので、王が私の本名をもじってつけてくれた。
王は知性あふれる男性で、私にこの世界の事や魔法の事をいろいろと教えてくれた。奴隷制度はできればやめてしまいたいという事も聞いた。カムラ王は賢く、優しい。私は彼をいつの間にか尊敬する様になった。
錬金術師のプラスも変わり者だったけど、そんなに悪い人ではなかった。
日本人は必ず奴隷にされる……そんな国とは思えぬほど、二人は私に優しく接してくれた。
月日は経ち……私は、社交界に出席するほどのマナーを身に着けるまでに至っていた。
そして、私は国民の前に出てあいさつをした。ボロが出ないように、まだ病が完治していない体で、微笑んで手を振るだけ。ただそれだけなのに。
「レイ姫様!」
「レイ様!」
「我らが姫!」
国民のだれもが私を……いや、レイ姫を歓迎した。
ガリリュースの姫の復帰。それは国の慶事。
カムラ王はレイ姫の死を公表せず、病に倒れていると国民に説明していた。カムラ王には子がレイ一人しかおらず、王妃もレイ姫を生んだ後すぐ、事故で死亡。カムラ王は後妻も娶らずにいたため、後継ぎがいないのが懸念事項だったのだという。
レイ姫復帰の後は、周辺小国から縁談が山のように届いた。
魔法大国ガリリュースの姫を自国に迎えたい、あるいは、わが子をガリリュースの跡継ぎにしたい。そんな目論見が見え見えの書簡たち。
カムラ王はそれらを無視しても良いと言ってくれた。
君にはどうやら、想い人が居るようだからと……そこまで見透かして。
奴隷になるはずだった私を救ってくれた、王には感謝しかない。
でき得ることならば、愛しい人を思い出し、彼とともにここで生きていきたい。
そんな事を思う様になった。
「王はなぜ、側室も後妻も娶らずにおられるのですか」
ある日、私は素朴な疑問をカムラ王に投げかけた。
「……私の魔法は強すぎる。妻は、私の魔法で死んだんだ」
カムラ王は悲しげな顔でそう答えた。
「えっ……あの……すいません、私……」
「いいんだ。妻もレイも死んだ後で、君が現れた。運命だと思ったよ。血のつながりなど関係ない。君には本物のレイとして過ごしてもらって、想い人と再会して……そして、次の世代をはぐくんでほしい」
王は優しい微笑みを私に向けていた。
「それって……」
「……すこし、喋りすぎたね。明日も公務がある。はやくお休み」
「……はい、カムラ様」
いつしか私は、この人の役に立ちたい。そう思うようになっていった。
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