闇祓う筋力(ストレングス)③
プインダムは自分の上に積み重なった奴隷兵士達を立ち上がる力だけで吹き飛ばし、そのままズンズンズンと音を立てながらユイに歩み寄る。
「俺が奴らを解放しようとしたのを見て、奴らの身体で動きを止めようとするその策略は見事……」
吹き飛ばされた奴隷達は、大半が気絶、着地に失敗した者は何人か、そのまま死んでいた。
プインダムとユイの距離が縮んでいく。
「だが、望まぬ者を無理矢理配下にするやり方は気に入らん。そしてお前、首を落としても死なないのは……なんでじゃ?」
プインダムは疑問を口にする。ヴァンパイアといえど、本来首と胴体が離れれば、死ぬはずなのだ。
「……あら。バケモノで一括りにしないなんて。見かけによらず、博識なのね」
ユイはプインダムに笑みを見せる。
「答える気は?」
「私を倒せたら」
「なら……」
プインダムは一瞬でユイの目の前まで駆け寄る。ユイは飛びのこうとするが一瞬遅い。プインダムはユイの右腕をがっちり掴むと、そのまま力強く引き寄せた。ユイがその勢いを利用して左腕の抜き手。しかしプインダムの方がやはり速い。一瞬で左手を払い、そして、自分の身体にユイをグッと引き寄せた。
「きゃっ!」
厚い胸板に、顔がぶつかる。
「バラバラにすれば、倒せるかのぉ!」
プインダムは食パンでも扱うかの様に、易々とユイの右腕を引きちった。
「いったぁい!」
ユイは顔をわざと歪ませる。
「ふん。白々しい。まぁ、少し気がひけるやり方やが……って、なんじゃ!?」
プインダムがユイのもう一本の腕を掴んだその時……腕が千切れた断面から、黒い霧が噴き出した。
「……ウフフ……腕を千切ったのは、失敗だったわね」
「お、おお!? こりゃ、なんじゃ?」
黒い霧はプインダムを包み込む様にまとわりつき、少しずつ質量を持って大男の肉体を圧迫していく。
「こんな魔法、見たことないでしょ?」
千切れた腕そのものも黒い塊になり、プインダムの身体に絡みついていく。
「うぐ……」
「……私ね、半分人間なのは間違いないけど……そもそも、私の親がヴァンパイアとデュラハンのハーフなのよ。首は最初ッから、取り外せるの」
「うぐぐ……」
もがけばもがくほど絡みつく闇に、さすがのプインダムも、為す術は無かった。
「締め上げて、おとなしくなったら……私の配下にしてあげる。ウフフ……」
黒い不定形の塊となったユイが、プインダムの視界を、周囲を……闇で塗りつぶしていく。
「ぐぐ……だ、ダッシー! サボっとらんと早よぉ来ォい!!!!」
「来てますよ。なんですかコレ。まぁ……雑魚が片付いてるから鬼殺しの陣で正解……か」
闇の塊の前に、いつの間にかダーシュが立っていた。ダーシュは人差し指と中指を立てて、闇の塊の下に向ける。
すると、塊の下で魔方陣が光り始めた。
「え? いつの間に!?」
ユイが闇から半身を出して魔方陣を確認する。
その魔方陣は……並の魔導師では描き上げるのに30分は必要な、中規模の大火力魔法陣だった。
「待ちなさいよ! これって業炎螺旋柱の陣じゃない! いつの間にこんな複雑な……いやそれよりこんなの使ったら……この男ごと死ぬわよ!」
ユイは闇の塊から、プインダムの顔を出した。
「ぶはあっ! く、苦しかったァ! 早よぉやれダッシー!」
プインダムはダーシュに笑顔を見せた。
「へいへい……」
ダーシュは呆れた顔を上司に向ける。
「アンタら話聞いてんの!?」
「聞いてるよ、っと」
ダーシュは魔方陣に向けた腕を振り上げた。その瞬間、竜巻の様な螺旋を描いて炎が巻き起こり、魔方陣の範囲通りに燃え盛る炎の柱が、一瞬にして形成された。
「ぎゃああああああ!」
ユイが闇ごと燃やされていく。その闇は炎の柱に巻き上げられ、不定形の黒い塊は次第に人の形に戻る。
そして、はるか上空から……丸焦げのユイが落下して地面に叩きつけられ、粉々に砕け散った。
魔方陣の中の炎が消えると、陣の中心には、仁王立ちのプインダム。その肉体には傷一つなく、火傷すら負っていない。
「……プインダムさん、いつも思うんだけど……なんで俺の魔法で、全然ダメージ受けないの?」
「当然じゃ! そりゃ、鍛えてるからのぉ!」
プインダムは力こぶを作って満面の笑みを浮かべた。
「……今度、窒息させるタイプの魔法、覚えときます」
ダーシュは溜息をついた。
「……」
プインダムはダーシュの冗談に笑み一つ溢さず、彼の足元を見つめて、難しい顔をしていた。
「なんですか?」
ダーシュは怪訝な顔をする。
「フンッ!」
プインダムがダーシュの目の前の地面にに掌底を叩き込む。
「おわっ!? な、何するんですか!?」
ダーシュが思わず飛びのく。ダーシュが立っていた足元……ちょうど、彼の影が伸びていた場所がクレーターの様にへこみ、そこに、ユイが倒れ込んでいた。
「がっ……」
「影の中に潜む闇魔法があると、聞いたことがあってな」
プインダムは不敵に微笑み、地面に叩きつけられたユイを見下ろす。
「うっ……くそッ……」
「……うちの部下は肉体の鍛錬が足りん。お前にやられたら死んでしまうけぇ、お触りは無しじゃ」
「うぅ……ぐぐぐ……」
ユイは歯ぎしりをしながらプインダムを見上げる。
「さっきの闇魔法は……魔力か体力に余裕が無いと使えんのか?」
プインダムが地面にへばりついたユイの頭を掴んで持ち上げ、顔を見る。ユイは悔しげな顔でプインダムを睨みつけている。
「……図星か。じゃあ、もうダッシーは何もせんでええ。そしてお前は……この戦争から離脱せぇ。達者でな」
そう言うとプインダムは腕を振り上げてユイを宙に浮かせ、その両足を両手で掴むと、ハンマー投げの選手の様にユイを掴んだまま回転し始める。
風が巻き起こり、砦内に土煙が捲き上る。
「え? えっ? なに? ええええ?」
「そぉぉぉおおおおい!」
プインダムが手を離すと、ユイは斜め上方に飛ばされていった。
「うっそぉおおおおおお!?」
はるか上空に飛ばされていくユイ。
「おー、良く飛びましたねェ。でもいいんですか? 捕らえたり殺したりしなくて」
ダーシュが飛ばされていくユイを見上げながら、プインダムに問いかける。
「……奴隷戦争最盛のこの世の中で……あの手の輩が、一国の将校になってる理由はなんじゃ?」
プインダムは手についた土を払いながら、ダーシュを見下ろす。
「え? そりゃ……この国じゃ奴隷使わないし……それに、人を殺したいとか」
「違う。ここが〝魔王〟カムラ王の国だからじゃ」
プインダムは少し寂しげな顔をした。
「……なるほど。で、あっちの方角はパネロースですか……全部、狙ってやったんですか?」
「さあな。よォし、ここの奴隷共は魅了を解く術師と合流するまで拘束! ここを拠点として、ガリリュースを攻め落とすぞ!」
遅れてやってきた部下たちに指示すると、知将は次の戦いに備えてスクワットを始めた。
「はぁ……はぁ……な、何なのよ……あの馬鹿力……」
ユイはガリリュース西からはるか遠く離れた、パネロース国の森の中に落下していた。
胴体と首は落下の衝撃で再度バラバラになり、胴体が首を探し求めてウロウロしている。
「あんな力強い人、初めて見た……あんなの見たら私、殺し──」
「──たいほど、好きになっちゃうじゃない……」
デュラハンは、1年後に死ぬ者の前に姿を現し、死を宣告するという。
デュラハンとヴァンパイアの魂が4分の1ずつ入った女は、恋した相手を殺す決意を胸に、首を胴体に納め、妖しい笑みをたたえながら、立ち上がった。
◆◆◆◆◆
【力】ヴィトン・プインダム。彼に与えられた暗示は──
──強固な意志、智慧。そして……人任せと優柔不断。
〜闇祓う筋力 完〜
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