未来視る女教皇(ハイプリエステス)④
「流司さん……どうして……」
降りしきる雨。その場に残ったのは庵野と神塚だけ。
「どうして私なんかを、守って……」
神塚は地に膝をつき、その場にくずおれた。
「私が……こんな未来なんか視たからなの……?」
神塚の目から涙が溢れ、雨と混じって流れてゆく。
「由理恵さん!?」
三船が遠くから神塚を見つけて駆け寄る。三船は彼女を抱え起こそうとしたが、その先に倒れている庵野に気づき、手を止めた。
「あん……の、さ……ん?」
三船はパクパクと口を動かし、フラフラと庵野に近づく。
「三船君……流司さんは……もう……」
地面に座り込んだまま、神塚は三船に腕を伸ばした。
「庵野さん! なぁ、庵野さん! 嘘だろ!?」
三船は庵野を何度も揺さぶり、声を掛ける。
「三船君……」
「庵野さあああああん!」
三船の咆哮は雨と混じり合って、森の中に溶けて消えていった。
「庵野さんは不死のはずです。なんで、死んでしまったんですか……」
沈痛な空気の中、鎧井が口を開く。
「……カムラよ」
神塚は真顔で答えた。
「か、カムラって……ガリリュース王の!?」
三船は意外すぎる名前に驚愕し、テーブルに両手をついて立ち上がった。
「ええ。カムラがやって来て……流司さんと、千田木の呪いを解いたらしいわ」
「なんて事だ……」
三船は力なく椅子に座り、天井を見上げて呟く。
「千田木もあの場に……? 庵野さんは千田木に殺されたんですか?」
鎧井が神塚の顔を見るが、神塚は首を振る。
「流司さんを殺したのは、恐らくカムラよ」
神塚は眉間にしわを寄せる。
「千田木は……?」
「わからないわ……流司さんに心臓を貫かれたらしいのだけど……ごめんなさい。私、何も見えないから何が起きたのか……」
神塚は沈痛な面持ちのまま、2人に謝罪する。
「そう、ですよね……でも、アキバ街も消滅して、国も一つ無くなって……五大国に潜入した仲間達の安否も分からないのに……庵野さんまで……ううっ……」
鎧井は涙を流し始めた。三船も天井を見つめたまま放心している。
「2人とも……」
神塚は、いつもの様に〝大丈夫よ〟とも〝元気を出して〟とも言えず、ただ苦しげな顔をするしかなかった。
夫によく似た声をした、頼れる男は……神塚の心の拠り所はもう、どこにも居ない。
窓の外では、3人の心を写したかの様に、梅雨時期の様な雨が降り続いている。
「私たち、くじら号も失って、導いてくれる指導者すら奪われて、この先一体どうしたら……」
鎧井はすがる様な顔で、神塚を見る。
神塚は、せっかく生き残った2人が今まさに、生きる気力を失いかけている様な空気──くっきりとした絶望感──を感じ取り、目を見開く。白く濁った瞳が、虚空を見据える。
「……私が、皆の未来を守るわ」
「まさか……ダメです、由理恵さん! その力だけは!」
三船が我に返り、立ち上がった。
「いいえ。こうなったのは私の責任です。やっぱり……未来を視るだけじゃ足りなかったのよ。三船君、今までありがとう。もう、隠すのはやめましょう」
「……いいんですか、由理恵さん……」
三船は椅子に座り直し、神塚をまっすぐ見据える。
その顔は、まるで自分が死を覚悟したかの様な表情をしていた。
「ええ……この命、生き残った皆に捧げます」
そう言うと、神塚は静かに目を閉じた。
「由理恵、さん……?」
鎧井が不安げな顔で神塚を見る。彼女は一瞬、神塚に手をのばしかけて、躊躇う様にその手を引く。
神塚は己にしか使えぬ、禁じられた言霊を発する。
「千の闇、万の光。我が瞳森羅万象を宿し、一切を捨て去り、人魔草木、獣と魚。過去を予見し未来を追想せよ。神に抗い、魔を制し、世界を見渡し、天に落ち、地に昇れ。今再び目覚めよ……〝 〟!」
神塚の発した最後の言霊は、誰にも聞き取れなかった。
そして、神塚は目を開く。彼女の黒い瞳に、光が戻りはじめた。
その瞳の色は……吸い込まれる様な青、初夏の森の様な緑、鮮血の様な赤、悠久の時を思わせる琥珀、闇が溶けたような深紫と次々に変化していき、最後は美しい玉虫色に輝いた。
「ああ……」
三船はその瞳の輝きを見て、ため息を漏らす。
神塚は2人の顔を〝見て〟口を開いた。
「〝私の時間〟が終わるまでの間……私たちはこれまでにない苦難に見舞われるでしょう」
神塚の七色の瞳に力が宿る。
「でも、私がこの戦いを……必ず終わらせます。2人とも、私についてきてくれますか?」
2人は顔を見合わせる。そして、揃って神塚の顔を見た。
「〝選定者〟の二つ名を戴くこの三船甚太、必ずや我らの力になる能力者を、あなたの元へ」
「私の力がどこまで役にたつか分かりませんが……私も由理恵さんに付いていきます!」
「ありがとう……2人とも」
神塚はその七色の瞳から涙を零した。
この日から、異世界人が寄り集まった反五大国軍は、神塚を頂点とした新たな集団となった。
神塚の強い意思と母のごとき優しさに惹かれ、異世界人レジスタンスは庵野がリーダーの時以上に、彼女のために戦う者が増えていった。まるでそれは、女性教祖と、教祖のために命を捨てて戦う狂信者たちの集団の様にも見えた。
激化する大戦の最中、いつしかその呼称は〝レジスタンス〟ではなく──
──〝異世界教団〟と呼ばれる様になっていった。
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