闇祓う筋力(ストレングス)②
「ユイ様……ユイ様! ユイ様ァ!」
奴隷兵士の1人が、ユイ・ブラックの名をしきりに呼んでいる。ユイは目をこすりながら身体を起こした。
「煩いわね……まだ夕方でしょ? 私、夜型なんだから」
半身を起こしたユイは半裸の状態。兵士は彼女のあられもない姿を見て、顔を逸らす。
「申し訳ありませんユイ様! しかし、先刻……トンブライ国のプインダム軍が、こちらへ向かっているという情報が入ったので」
真っ赤な顔の兵士を見てユイは微笑む。
「そう。わかったわ。ところであなた、最近……〝ごぶさた〟なんじゃない?」
ユイは妖しく微笑み、手のひらを上に向けて、兵士を指招きする。
「は、はい……」
兵士は兜を脱ぎ、ユイに近づく。
「いい子ね……」
兵士はユイのベッドに腰掛け、後ろ髪を持ち上げて首を晒した。
そしてその首元へ、ユイの牙が突き立てられる。
ぷつん。
「あっ……あはぁ……あぁはぁぁ……」
兵士は情けない声を出して、吸血される快楽に浸る。
「ぷはっ……」
ユイは口元を手の甲で拭う。兵士は快楽に浸ったまま、姿勢良くベッドに座っている。
「さてと。寝起きの一杯も飲んだし、お国を護りますかね」
ユイはコキコキと首の骨を鳴らし……
ゴキン!と大きな音を鳴らす。
「あたた……やり過ぎた」
人外の女将校は90度に曲がった首を直すと〝軍服〟を身に纏った。
「ユイ様! 今日もお美しゅうございます!」
兵士がユイの胸元を凝視しながら敬礼する。
「アンタは今日もいやらしいわね」
ユイは兵士の頰にキスをし、そのまま通り過ぎた。キスをされた兵士は卒倒した。
「状況は?」
ユイは地図を広げて会議をする兵士の背中に胸を押し当てながら、地図を見る。
「あ、ありがとうございます! プインダム軍は現在、トンブライ東の拠点から出立し、国境の隔壁付近まで辿り着いたと報告を受けています!」
胸を押し当てられた兵士は、にやけ顔で報告をする。
「ふぅん……」
ユイは地図をつまらなそうに見下ろし、国境ではなく、川を指差した。
「ここから渡ってきたら、もう、すぐそこに来てそうよね?」
ユイがそう言った途端、物見櫓から鐘が鳴り響いた。
「て、敵襲! プインダムです!」
テントに入ってきた兵士が汗だくで報告する。
「……プインダム? プインダム軍じゃなくて?」
「はい! 将軍が単独で突進してきております! わけがわかりません!」
兵士は大真面目目な顔で意味不明の報告をする。
「……へえ。面白くなってきたわね」
ユイはその目を半月型に歪ませながら、テントの外に出た。
「うおおおおおおお!」
勝どきを上げながら、プインダムは馬よりも速く走り、土煙を上げながら敵陣に猛突進している。
「あれが……〝力任せの知将〟プインダム……どこが知将なんだヒョッ……」
物見櫓の兵士の目が、何かに撃ち抜かれた。それは兵士の後頭部を貫き、どこかへ飛んでいく。兵士はそのままバランスを崩して櫓から落ちた。
「まずは〝目〟からじゃ」
プインダムは不敵に微笑んだ。
「プインダムが来たぞ!」
「ユイ様を守れ!」
「ユイ様のために!」
「ゆ、ユイたん!」
ガリリュースの奴隷兵士たちは思い思いにユイへの忠誠心を口にしながら定位置についた。
ガリリュース西砦は石造りの頑強な砦で、トンブライとの国境から最も近い位置にあるため、その防衛力はガリリュースでも随一だ。
兵士達は投石機を準備し、城の上から弓矢を構え、扉を閂で塞いだ。
「プインダムが来ます!ユイ様は奥へ!」
兵士がユイを砦の奥に案内しようとしたその時──
「ぐあっ!」
「ぎゃっ!」
「へぁっ……」
弓兵達が悲鳴を上げ、城壁から落ちてきた。彼らは正確に目を撃ち抜かれ、即死している。
「ねぇこれ……異世界人が言ってた……ケンジュウとかいう魔道具じゃない?」
ユイは死体に近づいて、側近の兵士ともに撃ち抜かれた目を確認する。
「……私の国では拳銃を持つこと自体違法なので詳しくはありませんが……テレビで見た、銃殺死体と似てますね」
兵士はボソッとつぶやき、仲間の瞼を手で閉じて手を合わせた。
「へぇ、あの男……なかなか面白いわね」
「そんなことよりはやく奥へ……」
兵士がそう言った途端、砦の扉……ではなくその横の石積みが吹き飛び、巨躯の男が砦の中に突入してきた。
「我こそはトンブライ国将軍、ヴィトン・プインダムじゃ! 俺を殺せば我が軍は降伏してやる! 大将を出せ!」
プインダムは砦の中を見回しながら大声を上げる。
「……あら、いい男」
ユイはプインダムの顔を見て舌なめずりしながら近づいていく。
「ゆ、ユイ様!」
兵士の制止も聞かず、ユイはプインダムの前に立った。
「私がここのリーダーよ。あなた、ステキな身体してるわね……」
ユイはプインダムの胸板に触れる。
「……なんちゅうハレンチなおなごじゃ……じゃが……!」
プインダムは腕を振り上げ、ユイにビンタをした。プインダムの平手はまるまる、ユイの頭と同じサイズ。
彼女の頭はプインダムの強力すぎる平手で飛ばされ、胴体と離れて地面に転げ落ちた。ユイの胴体が膝をついて崩れ落ちる。
「ふん。色香で俺が惑わされると思ったか。お前ら、皆奴隷じゃろ! 降伏して俺の軍に……って……何事じゃ?」
プインダムは兵士達が皆虚ろな目をしている事に気付き、身構えた。
「レディに対する扱いが悪いわね……あなた、モテないでしょ」
地面に転がるユイの生首が、口を開いた。
「お前……バケモノの類か」
プインダムは拳闘の構えでユイの首に向き直る。
「失礼ね。これでも半分は人間よ?」
プインダムが首の方を向いた隙に、ユイの胴体が首に駆け寄り、首を持ち上げる。そして、ユイは胴と首をつなぎ直した。
「半分人間? なるほど、お前、ハーフヴァンパイアのブラックじゃな? ならば奴隷達も……お前の〝配下〟か」
プインダムは奴隷達に悲しい目を向ける。
「やーね。この子達は可愛い可愛い私の部下よ。王サマが奴隷兵士を解放しても、みーんな、残ってくれたの」
ユイはそう言いながら少しずつ後退る。
「さあ、その男の動きを封じなさい!」
兵士達は一斉にプインダムに飛びかかった。
プインダムから遅れて砦に向かうダーシュと奴隷兵士達は、遠くからプインダムが砦の石壁をぶち破る様子を見ていた。
「鬼殺しの陣はさぁ……あんまりやりたくねえんだよ」
ダーシュが横についた兵士につぶやく。
「何故でしょう?」
兵士は引きつった笑顔で、破天荒すぎる自分たちの将が、猛然と突撃していった砦を見守りながら答える。
「そりゃそうだよ。あの人が──」
「うがああああああああああ!!」
プインダムは咆哮とともに、自分の上に積み重なった奴隷達を、立ち上がる力だけで全員吹き飛ばした。
「わお……馬鹿力……」
ユイは頰を引きつらせた。
ダーシュはニヤリと笑う。
「──たった一人で、一個大隊に相当する戦力なのが、敵国にバレちまうからさ」
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