第3話 「さぁ、本音で話し合おうか」
シンリとダウトは町はずれにある、数年前から稼働していない廃ビルへと足を踏み入れる。そのうちの一つのある階まで上がり、通路を締め切っている錆つき古びたシャッターを開けて中に入る。中は広く、電気も通っていないため薄暗い。はずなのだが、今日に限っていえばガレージの中は眩い。更にはボウボウと轟音が響き、息苦しさを感じる熱気に満たされている。
「あれかな?」
ダウトが指した先では、ガレージの中心で大きな火柱が上がっては消えてを繰り返していた。
『そうだ。対象はあの男だ。能力の暴走の知らせを受けて約半日が経っているが、今も暴走状態にある。今は仲間の力によってこのビルに追い込み一般人には認知されていないが、そろそろ限界も近いだろう』
シンリはそう言いながら轟々とうねる炎を指す。
「仲間の力、ってあの子のことかな?えっと、なんだったか。確か認識をずらす力、だったかな?」
『あぁ。今はこの周辺の一般人には暴走状態の男が視認できないようにされている』
「へぇ、それで?あの絶賛暴走中の人の能力は?」
『確認されている能力は、発火。彼は元消防士でつい先日までは消防士として活躍していた。それが突然力に目覚め、街中で暴れ始めたそうだ』
シンリは懐から出した書類をダウトに渡しながらホワイトボードを見せる。
「ふむ、これがね。なるほど、面白い経歴だね。ついこの間まで火を消す側だったはずの人間が、突然火を出す側に変わってしまったと。ははっ。こんな残酷なことを神様はよくやってくれるよ」
ダウトはパラパラと片手で資料を捲りながらそう言う。シンリは横目にダウトを見る。
「それで、暴れているのは、突然の覚醒に身体がついていけず、能力を制御できないから……みたいな感じかな?」
『あぁ、報告ではそのようだな。無闇に刺激すると一般人への被害が出てしまうため、私達に回ってきたのだろう。さて、どうする?ダウト』
「うん。それじゃあ、別に問題ないかな。いつも通り行こうか」
『わかった』
ダウトはそういうと、シンリも頷きダウトが大きく前に出て、軽い口調で男に話しかける。
「やぁやぁ。そこのお兄さん、今ちょっといいかい?」
「く、くるな!!!」
話しかけた瞬間、男は手を前に出して拒絶を表す。その手からは橙色の炎が激しく揺らめき、蜃気楼を作り上げる。ダウトは戦う意思がないことを示すために両手を上げながら男に話す。
「おっとと。俺たちは組織の人間だ。大丈夫。君の味方だよ」
「それ以上近づくな!!俺をこんなところに閉じ込めてどうするんだ!?つ、捕まえて殺すのか!?」
男はそう叫ぶ。声は震え、瞳に映る色は恐怖に染められている。ひどく怯える男のその様子にダウトは苦笑いを浮かべ、振り返ってシンリを見る。
「ねぇ、あの子は一体どうやってこのビルに追い込んだのかな?この人かなり怒ってらっしゃる様だけど……」
『それは知らない。だが、そいつは本気で殺されると、そう思ってるらしい』
シンリはホワイトボードをペンでトントンと叩きながら見せる。
「聞いたんだ!!能力者に目覚めた人間を殺す組織があると!それがお前らだろう!!そうだ!それで俺も殺す気だろ!?あぁぁ!!もう俺は終わりなんだ!!」
「あー、なるほどね。最近はそういう噂も流れてるのか。なんか、俺たちが悪役みたいでやっかいだね……別に捕まえて殺すなんてことはしないさ」
「誰が信じるか!そんな嘘を!俺は!ついこの前までこんな力なかったんだ!!それが、この手で触れるものを燃やしてしまった!!もう、誰にも触れることができないんだ!もう、誰も救うことなんてできない!!」
男は周囲に炎を散らしながら怒鳴り散らす。ダウトは肩をすくめながら振り返り、シンリに視線を送る。
「うーん。まぁ、当然のように聞く耳を持ってはくれないね。かなり錯乱しているみたいだ。この場合は仕方ないか。うん、仕方ないよね。だって言葉を聞いてくれないのだから。だからね、力を使うよ、シンリ。いいよね?」
『……いいだろう』
「よしっ……」
その言葉を確認すると、ダウトは軽い足取りで拒絶する男に歩み寄る。
「それ以上来るなっ……!!」
「ははっ。そんな風に邪険にしないでくれよ。悲しくなるだろ?だって、《俺たちは昔からの仲間じゃないか》」
ダウトが両手を広げてそう告げる。その言葉は男の意識へとするりと入り込み、男は動きを止める。
「……な、かま……?」
惑うように、確かめるようにそう口にする。そこへダウトは言葉を重ねる。
「そう。覚えてないかい?《俺と君は親友だっただろ?昔馴染みの頼みだ。少しは俺の話を聞いてくれよ》」
その言葉には真実などは紛れてはいない。全てはダウトの戯言に過ぎない。だが、男はダウトの言葉をそうは受け取らない。
「そ……うだったな。あぁ……親友なら、話を聞くくらい……」
少しずつ、少しずつ受け入れる。その戯言がまるで本物であるかのように。気づかれることなく男の意識に刷り込まれていく。
そして、男は落ち着きを取り戻したのか体から出していた炎をしまい込む。そこへダウトは更に言葉を重ねていく。
「そうそう。殺したりなんかしないさ。《だって、君の力は俺の能力によってもう使えなくなったんだから》」
「は……?つか、えない?」
「《そう。実は俺の力は相手の能力を発動させない力だ。だから、もう大丈夫だ。何も心配ない。もうその力で誰も傷つけることはない》」
困惑する男に、ダウトはそう話す。その言葉は真実ではない。そんな力あるはずもない。
「そう……なのか?」
「あぁ。《俺を信じてくれ》」
ダウトは男に手を差し出す。その表情には一片の曇りもない。それはまるで、長年慣れ親しんだ友のように。
「……っ!」
男はその手を見つめ、取ろうとしたその瞬間。
その掌に熱気が急速に収縮し。
「あ……やば……」
火花を散らす炎がダウトを包み込もうと襲いかかる。
「ァアウドォ!!」
叫びを上げながら、シンリはダウトの襟首を掴み思いっきり引く。
「シンリ!?」
ターゲットを見失った炎はシンリの真横を通り過ぎ、ダウトは尻餅をついて後ろへと倒れこむ。
シンリは狼狽えず足を止めずに進む。右手で男の腕を掴み、捻りあげる。そのまま男の背後に回り、腕の関節を後ろでキメる。そして、足を引っ掛け背中に足を当てながら地面へと押し倒す。
「がぁっ!!」
男は声を上げながら力に押されるまま倒され、シンリは器用に左手でホワイトボードに文字を書き、ダウトに見せる。
『この馬鹿が、気を抜くな。こいつはまだ、疑っている。私達が信頼できるかどうか』
「くそっ!!放せ!このクソ女!!がぁぁ!!放せよ!!」
男は拘束から逃げようと叫びながら暴れるが、シンリはその程度ではビクともしない。
「誰も救えない俺はもう!生きている意味なんてない!!」
そう叫ぶ男の後ろでダウトは尻餅をついたお尻をさすりながら立ち上がり、シンリの前に回って話す。
「おぉ、流石シンリ。助かったよ。それじゃあ、俺も本気出してその男を説得してみるかなぁ」
『ダウトはもう黙っていろ。ここからは嘘は通じない』
「あ、はい……」
シンリはダウトを睨みつけ、その軽口を黙らせる。そして、男へと目を落としホワイトボードを男の目の前に突き立てる。
『さぁ、本音で話し合おうか』
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