第4話 「何度でも救えるよ」
「くそ!くそっ!なんで使えないんだ!!」
力が使えないことに困惑する男の前に、シンリは書き換えたホワイトボードを置く。
『ダウトの力がまだ効いているようだ。無意識の部分ではあの男の言葉を信じているということだな』
「は?」
『それがあいつの本当の力だ。あれでも一応能力者だからな』
シンリは後ろにいるダウトに目を配る。いくら性格が捻じ曲がっていても、腐っても能力者。それはシンリも認めている。
そのホワイトボードを見た男は顔を横向け、睨みつけるようにシンリを見る。そして、男は苛立ちを露わにしながら怒りをぶつけるように叫ぶ。
「信じるわけないだろ!!お前らのことなんて!!この化け物が!俺のことを洗脳しようとしてるのか!?放せよ!」
『それが本音か。化け物と言っても別にいいが、その言葉はお前に帰ってきているぞ』
シンリは揺らぐことなく冷静に言葉を返す。
「うっ……くそっ!何なんだよっ……そんなホワイトボードなんか使わずに口で言えよ!」
男は返す言葉がなくなったのか、苦し紛れにそう叫ぶ。そんな言葉など重みなどなく、シンリはいつもように淡々と返す。
はずだった。
「……」
シンリは手を止める。数秒男を見つめ、唇を硬く結ぶ。ペンを握り、ホワイトボードに何かを書こうとするが、その手はわずかに震えるだけで言葉を紡ぐことができない。
「……っ……」
シンリは諦めたようにホワイトボードを置き、ゆっくりと口を開こうとする。
「それは無理だよ」
ダウトはシンリの会話に割って入り、男に言葉を投げる。
「はぁ?……無理って何が……」
「無理だよ」
『やめろ、ダウト』
「やめないよ。だってさ、君が困っていたからね。それは許せない」
ダウトはそう男に告げる。その声は軽々しく明るいが、その目は笑ってはいない。
「君が話さない理由を、この男に説明する必要なんてない。この男は理解できないだろう?なら、この男がもう二度と無駄口を叩かないように徹底的に……」
『余計なことをするな。今はそんなことはどうでもいい。大したことじゃない』
「そんなことないだろう。この男は自分が何を口にしたのかわかっていないんだ。それを思い知らさないと……」
『ダウト、やめてくれ』
シンリはガンとホワイトボードを強く地面に叩きつけ、言葉を切る。
「……はいはい、ごめんって、黙っておくよ」
ダウトは手をひらひらと振りながら後ろに下がっていく。
『話が逸れたが、戻そうか。お前、今の自分では誰も救うことができない。そう言ったな』
「あぁ……だってそうだろ?こんな体じゃ……」
『それは嘘だ。お前が楽になるための』
「嘘だと……?できるわけないだろ!?この炎じゃ、触れただけで燃やしちまう!あの時だってそうだ……!この手で助けることができたと思った瞬間に、助けるどころかっ……傷つけてしまった……そんな奴が人を救えるわけ……!」
『救える』
シンリは男の言葉を遮るようにホワイトボードを置く。
「は……?」
『その力を正しく使うことができれば、誰かを救うことができる』
「ほん、とうか……?」
シンリはこの男の過去までは知らない。抱いた思いも、信念も、志も知らない。だが、その言葉は男にとって一筋の光となり得ることは分かっていた。
「そうだね。シンリ。それは本当さ」
『ダウト、お前は黙っていろと……』
シンリはダウトを睨みつけるが、ダウトはさらりとかわし、ヘラヘラと笑顔を貼り付けてシンリの肩を軽く叩く。
「シンリ、ここからの説明は俺に任せてよ、長文は書くの疲れるでしょ?それに、そろそろその人からどいてあげてよ。もう、暴れたりしないだろうし」
『わかった』
シンリは渋々そうホワイトボードに書き、男の腕を離して退く。男は立ち上がり、シンリは男へ話しかける。
「ありがとう。それで、どこまで話したかな?あぁ、そうそう。その力のことだよね。確かに、救うことはできるよ、その力を使えば、人では入ることのできない激しい火災現場でも怪我を負うことなく立ち入ることができる。例えば腕だけ発火しないように訓練すれば、火の中で逃げ遅れた誰かを抱えて助けることもできる」
「そ……んな……」
「現に、君は既に少しずつコントロールできていたよ」
ダウトは男の体を指差して続ける。
「服と、地面だけ燃えていない。天井や壁には焼け焦げた跡が少なからずついているのに。無意識のうちにコントロールしている証拠だよ。それを意識的にコントロールできるようになれば、元の生活も送れるさ」
男は天井と地面を交互に見る。確かにそこに焦げ目は付いていなかった。
「……もう一度、助けることができるのか……?」
男はそう呟く。疑う心を持ち続ける自分に問いかけるように、ゆっくりと。
「もう一度なんて言わず、何度でも救えるよ」
『正しい使い方をすれば、コントロールできるようになる。そのための訓練も組織が全力でバックアップしよう』
ダウトとシンリは男にそう声をかける。能力者が日常生活に戻ることはできる。絶望するにはまだ早い。だから、諦めるな。と。
そして、ダウトがもう一度、男へと手を差し伸べる。
「……ありがとう」
男は今度こそ、その手を握った。
『私達は能力者の味方。そのために力を貸す』
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