第12話 マスターカードという運命
夜。深い闇に包まれる街。点々と明かりがついて、不気味ではあるが、人間を引き付ける美がそこにある。
我はだいぶこの2階から眺める景色をすっかり忘れていた。
ずっと下を見続けてきたからだ。
我にとって地面とは見るに値しないものだ。
だが、ここにくるまでは、地面でも見ていないと、落ち着いていられなかった。
――我が、人の目を恐れていたとでも言うのか。
もしそうだとしたら、我ながら自身を片腹抱えて笑ってしまう。
少なくとも、奴らはとてもちっぽけに見えた。
であるから我は、その感情がなかったのだと、勝手に思った。
「よっ、どうしたんだ?」
「お前は……」
確か、ウィズが呼んでいた黒猫か。
人間よりも下等だというのに、礼儀知らずな奴だ。
「気安く話しかけるでない! ……相方はどうした?」
「そんなツンツンすんなよ、ウィズなら寝てる」
黒猫は我の隣に座る。
ふと、こいつは聞いてきた。
「お前は寝なくていいのか?」
「我は基本的夜行性だ……夜に寝ることはあまりない」
驚いているのか。別にこの世界ではそういう生物がいてもおかしくはないと思っているが。
まぁそれも一瞬のことで、こいつは外の景色の美に一目浸っているようだ。
「悪いが、今ここにあるカードであんたをコロシアムに勝たせることはできないんだ」
「ふん……そうであろうな」
「だいぶ知ってたような言い方だな」
知っておるわ。我がどれだけ自分の効果を呪ったことか。
我は深いため息をつく。
「まぁ……確かにクソ野郎がデザインしたんだ、なんの用途に使うのかわからない札とか、比較して下位互換の札を作って何が楽しいのかってなるよな、普通」
「……」
悪魔であろうが、現神様がデザインする。
元々神を信仰しない我らであっても、神が作り出すわけだ。
一体我は、どんな思いがこもってここにいるのだ。
あいつらが我をデザインしなければ、このように苦しむことはなかったというのに。
「いやーそれにしても……」
「ん?」
「あんたって、変な奴だよな」
ドッと、我の中で何かがこもった。
平然とした態度をとっているが、我の怒りも有頂天だ。
そうやって、また我を姿だけで決めつけるのだな。
もうよい。こんな奴らに頼もうと思った我が間違っていた。
この部屋を暴れ回って、悪魔らしくこいつとウィズとかいう少女も殺してくれる。
「おい、お前……そんなに我が変か?」
「あぁ変だ……だが」
我が今にも剣を抜こうと、そう思ったときだ。
こいつは言い放ったのだ。
「面白くて、優秀なやつだ」
「……っ!」
我は剣を抜く手を止めた。
その一瞬で、こいつのことを我は、やりにくいやつと決めつけた。
褒められることにはそんなに慣れていない。
むしろここまで過大評価されたのは、生まれて初めてだ。
「なんだよ、そんな顔を赤くして……」
「う、うるさい! 変な奴め……」
「ははは、それはお互い様さ……」
全く、我に向かって本当に無礼な奴だ。
だが不思議と、悪い気分ではない。
下等生物の癖に、言いくるめるのは達者なものだ。
まぁこんな気持ちも、こいつらのノルマが達成したら終わりなのだな。
この黒猫は、ヘラヘラと笑っているように見える。
どうせこいつも、我に上手い事合わせているだけだ。
「お前たちは……」
「ん?」
「どのみちお前たちは、我に合わせているだけなのだろう?」
「……どうして、そう思うんだ?」
「そうだな……昔、我はマスターカードなんてことも忘れて、護衛兵や門番の仕事をしていた……」
【 ☆ 】
我の武器の腕は悪魔というのもあって、相当周りより一回りも二回りも強かった。
男性に引けを取らないほどに。
だが、我は悪魔の姿を隠して人間の姿で護衛や門番の仕事に参加していた。
悪魔の姿では、人間に受け入れてもらえないからな。
その時の我は、ただ純粋に力を奮いたかっただけだった。
それはもう、マスターカードのことなんてすっかり忘れていたよ。
ある日のことだった。我は護衛で貴族を一人第二区分街まで送るという仕事を受けていた。
請け負ったのは私ともう一人、男の傭兵。
その男は、我と比べれば、見ていて面白いほどトロいものだった。
あまりに遅いもので、目の前で襲ってくる野良狼を狩りとってやった。
止まって顔を合わせると、その男は口元を包帯で巻いており、ほとんど表情はわからなかった。
だがしかし、なんとなく悔しがっているのだろうな、ということはわかった。
そして、時はきてしまったんだ。
そのよそ見が我にとって致命傷になった。
不意を見ると、もう既に野良狼がとびかかっていた。
そして、我に迫るそいつに、男は持っている投げナイフを投げつけた。
「大丈夫か?」と近寄る男に、我は初めて話しかけた。
「あ、あぁ……」とだけな。
だが、男はそれだけに止まらなかった。
先ほど投げたナイフがかすった頬に奴は、持っている塗り薬を塗ってきた。
恐らく、我が無意識に人間に肌を触るのを許した瞬間だった。
我はそのキザったらしい様子に、複雑な気持ちとなった。
動物の一匹狩る暇がない奴に、我は隙を見せたのだ。
それから我は、仕事を探す時に、奴を探すことにした。
仕事を見つける奴を見たら、その依頼を一緒に受けて、奴から誘ってくることがあったら、断ることなく引き受けた。
その時は、あの時できた仮を返そうなどと、最初はそう思っていた。
ただ、だんだんと一緒に戦闘を繰り返すたびに、我と奴との連携は強くなっていった。
そしていつしか、彼にいくつか獲物を任せるようになった。
するとどうだ。彼は必死に我の期待に応えようと、全力で剣やナイフを振り回して、ついてきた。
その息も絶え絶えな姿が面白おかしくてな。
しばらく、放置していた。
楽しかったよ。ずっと一緒にいることがな。
このまま永遠についてくればいいのにと、本気で思った。
だが、我は悪魔だ。
人々に不幸や絶望をもたらす悪意の存在だ。
もしバレでもしたら、彼はどう思うかなど当然わかっているはずだった。
だが、完全に我は気を許していた。
ある日、仕事も終えて、いざロックフォードに帰ろうという時に、我は彼にこう言った。
――もし、我がお前の思っているようなものとは別だったら、どうする。とな。
彼は言った。「お前が何者だろうと、俺と君は強き仲だ」と。
だから我は、小悪魔のようないたずら心を思いついた。
この場で悪魔の姿に成れば、彼はどんな反応をするのか。
我は静かに元の姿に戻っていった。
頭から角が生え、尻尾を揺らし、翼だって生やした。
我はすでに陶酔していた。
だから、「こっちを向いてくれないか」と我が言って振り向いた時、存在を受け入れてくれると思ったのだ。
だが、現実は非常だった。
「うっ……わああああああああああああああああ!!!」
我はそこで初めて、自分の過ちに気がついた。そして、知ったのだ。
人間と悪魔がお互いを分かり合って暮らすなど、できないのだと。
我が今までこいつを付け回していたのは、明らかな好意だったということ。
我はそれでもその時、何かの間違いだと、一歩近づいた。
そいつが、その場に倒れ伏して尻を引きずりながら後ろに下がっていく。
一気に興が醒めた。我はその場から飛び立ち、できるだけスピードをあげてそいつから早く離れようとした。
追ってこない。
胸がはちきれそうだった。
一言だけ、やっと口にできた。
「フラれ……たのだな」
溜まっていた情が蛇口をひねるように一気に涙として溢れる。
我にとって悲惨な出来事だったが、絶望はここからだった。
【 ☆ 】
「絶望はここからって、その後にも何かあったのか?」
ここまでの話をされて、この黒猫からしたら当然の質問だが、我は夜風に流すように答えた。
「我が……マスティマが悪魔であることを、彼はロックフォードの住人に言いふらしたのだよ」
「っ!」
まぁ、少し考えればそうなることはいくらでも推測できたはずなのだがな。
あの時の我はどうかしていた。マスターカードの記載を変えることができるなら変えたいとも思った。
そして、もう一度会って彼に気持ちを伝えたかった。
「ふん……悪魔でありながら、人を呪うことも絶望を与えることも我は思えばできなかった……それは、マスターカードの効果にもある通り、相手からの攻撃の後に発動する効果だからなのかもしれないな……」
相手の攻撃が終了した時、攻撃された対象のマスターカード、もしくはモンスターの攻撃力分のダメージを与え、破壊するか。
我の性格に似ているな。奥手で相手側から話しかけなければ、何も話すことはできない。
攻撃された後でなければ、鈍感で気づきもしない。自分でゴミ効果だと言ったにも関わらず、共通点が色々あって困るものだ。
「んじゃあさ……こうは考えられないか?」
「ん……?」
「お前は、中身は悪魔なんかじゃない……ってさ」
我は、その言葉に響くものは一つもなかった。
そうありたいと、涙が枯れるまで思っていた。
「我はすぐにカッとなると、なんにでも八つ当たりしてしまう……さっきも変な奴という言葉に反応して、我はお前も、ウィズとやらも一緒に殺してしまおうと思った……その考えは悪魔そのものだ、我が今更人間らしく振る舞うことなどできやしない……」
「それは違いますよ」
女性の声。
我は後ろに振り返る。
ウィズという少女だった。
「私や淳介を殺そうと思ったのは、確かに悪魔的思考かもしれません……でも、カッとなってやってしまう度合いは、人それぞれですから……でも、あなたはそれをしなかった……自分で抑え込んだんですよ、だから、人間らしくだってできるはずです」
「ウィズ、お前……いつから起きてたんだ?」
「えへへ……ほぼ全部聞いてました」
カッとなってやってしまう度合いは、人それぞれ、だと。
片腹痛い。それだけで我が悪魔ではないという証明にはならないではないか。
「戯言ばかり並べるな、我は悪魔だ! その程度の推察で我の存在が悪魔であることは変わらないではないか……」
「そうですね……ですけど、明らかに悪魔じゃないって証拠なら、ありますよ?」
ウィズとやらは、1枚の紙を出す。
我が提出した個人票だ。
彼女が見えるように票の表面を見せると、下に指をなぞっていく。
そして、ある箇所でその指が止まった。
「“堕ちた堕天使……悪魔になっても人間を望む”……」
「……!」
我は思わず開いていた目をゆっくり閉じてもう一度見た。
「ね?」
少女はニッコリと笑っている。
現神が我をデザインできた理由をやっと理解した。
なんだ、我は元より、悪魔ではなかったのか。
それに、まんまではないか。
この感情も、このついカッとなってしまうのも、悪魔のような単純悪ではないのだな。
我は二人の間を通り過ぎ、ウィズから自分の個人票を奪うようにとって、本来入れておくべき筒に綺麗にしまい込む。
一言言った。
「寝る」
「おい、夜行性だから寝ないんじゃないのか?」
全く、こいつは何も察することができない奴だな。
涙をこらえるので必死なだけだ。
少しは気づけ。
「言ったろう? あまり寝ないとな」
寝たら、思い出していたからな。
あの時の事を。
だが、今日は深く眠ることができそうだ。
それに――。
――我は少しだけ、自分の効果を好きになった。
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