第11話 名前負け

 あれからさらに三日後。俺たちは非常にまずい状況に陥っていた。

 俺たちは札屋のカウンターで今日も熱い日が差す外を見る。


「ウィズ……ちょっといいか?」


「はい、なんでしょう?」


 いつものように大衆が歩いていく細道を店の中から眺めているが、一向にこっちを向いて人がくる気配がない。まぁなんというか、こうなることは目に見えていたんだが、俺はさすがに怒りたくなってきた。


「やっぱお前……これがなんで需要あると思ったんだ?」


「え、えぇっと……」


「これじゃいつまで経っても自分の強化ができないぞ?」


「あぁ……はぁ……」


「目を反らして聞かなかったフリをすんな」


 顔をしかめて俺は、ウィズを見る。

 少しだけ期待してはいたが、ここまで音沙汰ないとなると、環境を握ってコロシアムにでも行ってるんだろうな。そうしたほうが絶対強いからな。

 まぁ、ここに居られるだけご飯には困らないのだが、目標が遠のいていくばかりだ。

 それと、ここにいるだけで妙に恥ずかしくなるこの気持ちは一体なんなんだ。

 そうだ。あのポスターだ。

 あれには、『来たれ、環境に挑みし者よ』とかなんとか書いてある。

 部員募集か何かかってレベルの宣伝だ。

 その内容がカードゲームなんだから、もうたまらないものがある。

 ウィズは今にも泣きだしそうだ。

 もう泣いてこんな恥ずかしいことは諦めてくれないか、とは言い難い。

 頼むから、この空気を突き破ってくれる奴が来てほしいものだ。


「ん?」


 一人こっちを向いた。

 まっすぐ街の人が歩く方向を横切ってくる。

 ここに興味があるのか。

 と、思ったら、歩くのを一旦やめてその方向に行ってしまいそうになる。

 よく見ると、その肌は紫だ。逆光で黒くもなるが、それだけはハッキリ見える。

 今度は反対方向に行こうとしている。尻尾のようなものもあるな。

 流れていくこともなく、店の遠くからあっちへこっちへうろうろと歩いている。

 そして、気づいていないようだが、近づいていたウィズに抱えられるように捕まった。

 「ひゃぁ!」と変な高い声を上げるその人は、どうやら女の人のようだ。


「な、なにをするこの人間風情が、我を放せ!」


「淳介、御相談者ですよ!」


 とりあえずウィズの強引さにこのカイセーラは救われたようだ。

 やっと一人。目が黒く瞳が黄色のそいつは、恐らく頭に生えた角からして悪魔のようだった。

 兵士のような姿で、腰に銃や剣を差している。


「2階にどうぞ」


「はーい」


「ま、まて、放さんか」


 そして、2階のみずぼらしい応接間に通されたその悪魔っぽい女は、観念したのか椅子に座って不服な表情で俺達二人を見る。

 本当は興味なぞなかったのかと思ったが、何も言ってこないとなると、本当にここへ用事があったようだ。


「まず、名前を聞いていいか?」


「う、うるさい! なぜ貴様らに名前を名乗らねばならん!」


「あっそぅ、じゃあ帰っていいぞ? もう2度とあんな冷やかしすんなよ?」


「ま、まま待て! 名乗る、名乗らせて貰おうじゃないか! ふっふっふ……聞いて驚くなよ?」


「期待してるぞ」


 薄っすら笑い浮かべる俺の前で、そいつは立ち上がり、腰の銃と剣を抜いてポーズをとった。


「我は高貴な悪魔族にして、砦を守る門番、『地獄の番人マスティマ』だ! 我にかかれば例え蛮族なる龍でさえ、屠ってみせよう!」


 痛い。そうとう痛々しい絵面だ。

 片手に持った剣を上段に、俺に向かって銃を突き付けて歯を出して勝ち誇ったように笑っている。

 悪魔のスマイルってのは不気味に少し感じたが、ここまで変なポーズとられると、その雰囲気も台無しだ。


「なんか、変な人ですね」


「はぉ!?」


「変な奴だな」


「ぐぅ!?」


 何かがマスティマの胸に深く突き刺さったようだ。

 だが、不思議と罪悪感は一切感じない。

 むしろ当然の反応だと俺は思った。


「はい、そんじゃ相談内容でも聞いてやるか……」


 唐突に始めようとする。


「ちょっと待て、なんだ二人ともしてその反応は!」


「あー……いいよいいよ、生きてりゃいいことあるさ」


「なんだその名乗った割には調子ぶってしまった痛い奴をあしらうような言い方は!」


「まぁ落ち着けよ」


 いや、その通りなんだけどもな。

 俺は何を聞くべきか悩む。

 そもそもあの名前からして、こいつはマスターカードなんだろうが、どんな効果を有しているのか。

 隣のウィズに聞いてみることにした。


「なぁウィズ、こいつの効果に関して調べることはできないか?」


「えーっと、確か……個人表のようなものがあったはずです」


 ウィズは自分のポシェットから1枚の紙をぺらっと出す。

 これに自分が保有していいだけの効果が書き記されている。

 じゃあこいつにもそれがあるってことになるな。


「っ!」


 突然、悪魔がぞわっと全身の毛先を立てる。

 俺は思わずびっくりして、身体が少し飛び上がった。


「す、すまないが……個人情報の漏洩はあまりしたくないので、控えさせてはくれないか……?」


 目つきが変わった。さっきまでの威勢とは真逆に汗をダラダラ掻いている。

 本当にこいつはなにをしにきたんだ。

 俺は当然の正論を言ってやる。


「見せないっていうなら、相談には乗らない……当たり前だろ?」


「……」


 それを聞いてか、渋々左のホルダーから1枚紙を取り出す。

 マスティマにどういう事情があるかはわからないが、その様子は、どこか重い。

 ウィズはそれを受け取ろうとすると、マスティマは「待て」と渡す手を引っ込めた。


「一つ約束してほしい……」


「なんだ、言ってみろよ」


 マスティマは俺達から目線を反らしながら、こう言った。


「寒い目で、見ないでくれないか……」


 俺はコクリと頷いた。

 すると、再び手を伸ばす。ウィズがそれを渡されると、俺の手元に持っていく。

 マスティマがまた座ったところで、その表を俺は覗き込んだ。


「なになに? 『地獄の番人マスティマ』……コスト5、パワー4の耐久力5で、効果は……相手の攻撃が終了した時、その攻撃した者と同等の攻撃力分のダメージをマスターカードに与え、破壊する、か……」


 なるほど、こういう系か。


「どうだ……笑えるだろう? 悪魔の癖に効果がゴミだとな」


「んー……」


 確かに、コスト5で数値は平均。

 ただ効果がかなり変わったタイプをしている。

 攻撃時ではなく、攻撃が終了したと同時に発動できる効果。

 ダメージを受けることがデメリットでしかないこの環境に置いて、この効果を運用するのは極めて自殺行為に等しい。

 それに、何もマスターカードやその他モンスターがだけがダメージソースじゃない。

 戦略札という直接ダメージを与えるだけの札もある。

 その場合は、マスティマの効果は発動できない。

 地獄の番人という肩書きを持っていながら、効果が敵を通してから反撃をするという、番人の意味を成していない。

 名前負けしてるのもいいとこだ。


「全く、無様なものだ……悪魔として生まれていようともこの扱いよ……お前は今のコロシアムでは絶対に勝てない、肩書きからの逆効果とも言われてきた……そんな時に、ここを見つけたのだが」


「なるほどねぇ……」


「どうだ、そっちの猫よ……と言っても、もう言葉は決まっているだろう……さぁ、言え、諦めろとな」


 そうだな。

 普通だったら諦めていたかもな。

 だけど、今の俺に諦めるって言葉は微塵も出すつもりはない。

 俺はウィズと顔を合わせる。

 強気と自信に満ちたウィズの表情を見ると、考えは一緒ということがわかった。


「引き受けよう、お前をコロシアムでも戦えるようにする」


「なっ!?」


 ウィズがクスッと微笑んだ。

 それに対してマスティマの方は、あまりにも期待していなかった返事に、思わず立ち上がった。


「貴様、わかっているのか? 我の効果は……」


「効果とかそんなんじゃねぇよ……」


 俺は後ろ向きな考えのマスティマに向かってこう言った。


「俺が、面白いと思ったからだ――」








 

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