第9話 エンヴァイアカイセーラ
七日後の朝。俺たち二人は、無事退院をしてネル婆さんの店である準備をしていた。
2階の部屋の大改装。と大きく出たが、ただ椅子とか机とかを準備しただけだ。
ほとんどウィズ一人でやらせてしまったことに罪悪感を覚えながら、とりあえずこれで簡易な応接間の完成というわけだ。
「二人とも、終わったなら少しお茶でもどうじゃ?」
「っと……行きましょうか」
「あぁ」
俺はウィズの肩に飛び乗ると、1階へドタドタとウィズが駆け下りていく。
あれからネル婆さんは、何も言ってこない。
真夜中にウィズが何か言ってたようだったが、説得してくれたんだろうか。
なら、よかった。少なくともここにいる全員は俺に賛同してくれている。
「さぁ、おあがり」
ネル婆さんは俺たちにお茶と手製のクッキーを振る舞う。
まぁ、俺は食べられないんだけどな。
猫ってのはこういう時に不便だ。
美味そうだ。現にウィズがクッキーにばかり手を伸ばして、お茶になかなか手を付けない。
「んっ……ゴホッゴホッ」
慌ててお茶をすするウィズだが、今度はそっちでむせてしまう。
「ハンデス二枚喰らったような顔だ」
俺は食べられないことの憂さ晴らしにそう悪人面で言ってやった。
ウィズのやつはそんなの関係ないって顔してる。
調子狂うな。だけど、しかたないのかと、そう思う。
あの暮らしだったから、美味しいものを食べるのも久しぶりなんだ。
と、考えているうちに、クッキーは残り一枚になった。
奪いたいとこだが、俺の食事はさっき済んだ。
あれが俗に言っても言わなくても猫まんまってやつか。
色んなものが混じっていた、長細くてぱさぱさしたご飯、それに何かの肝、魚のアラ。
俺は手を使えないから、舌でなめとるように食べた。
これがなかなか上手いこと食べられる。
だけど、人間と違ってこれだけゲテモノの癖して、味はすっぱいようなしょっぱいようなくらいしか思わなかった。
猫に同情する。
俺が食べてきた甘いものとかの味をこの世界じゃ一生味わえないんだな。
「淳介、これで準備完了ですね」
「ん? あぁ、そうだな」
俺は疑問に思いながら、尻尾をゆらりと揺らす。
応接間の真似事をしているのは、ウィズの提案が発端だった。
あの後、俺は現神様に勝つには札が足りないことをウィズに告げた。
なんでも、その俺達の圧倒的な札レパートリー不足を解決する方法があるらしい。
どんな内容かはまだ聞いてない。
あれだけ傷ついていたのに、元気なものだと呆れるばかりだ。
昨日の新聞で大きく見出しに出ていたのも足かせとなっているのかもな。
『第三区分街ロックフォード、貿易権回復へ』
今まで第二区分から第一区分まで、全ての街から外交を封鎖されてきたこの街は、俺たちが負けたにも関わらず、第二第一区分の街自ら貿易回復を申し込んできたんだとかなんとか。
ビックニュースだった。
だから、と俺は店の外に出る。
家と家をつなぐようにして並ぶ白い洗濯物。
その下を沢山の街の人たちが立ち込めている。
ここはまだ細い道だが、あのゴミ溜めの近くにある大通りはもっと賑わっている。
ガヤガヤと騒ぐ中央でカランカランとベルの音が聞こえてきた。
「市場の朝市が始まったみたいですね」
「朝市?」
「はい、あそこのは新鮮で美味しいんですよ!」
ウィズのその声、その顔は元気そうだった。
傷があるとは思えないくらいに。
そして、ウィズは俺に向かって自慢げにこう言った。
「すごかんべ? この街は!!」
本当に嬉しそうな顔をする人っていうのは、身体でも嬉しさを表現するんだな。
腰に両手を当てて、すごい偉そうだが、こんなにも笑顔になってくれるなんて嬉しいものだ。
これがロックフォード、最端の街の本当の姿。
住人も、新たに来た人たちも、みんないい笑顔してる。
デュエルでは負けたが、この街の笑顔は勝ち取れたというわけだ。
「さぁ、淳介! 戻ってもう少し小休止しましょう」
「あぁ、そうだな」
ふと、話は元に戻る。
応接間っぽいものを作ったことの話だ。
「そういや、なんで2階に机と椅子なんて持って行ったんだ?」
「ふっふっふっ……」
普段だったら見ることのないウィズの怪しげな笑み。
ポシェットから1枚のポスターを取り出し、広げた。
そのポスターといったら、もうなんというか落書きに見える。
自身では上手く描いているつもりなのだろう。
ここは亜紀の絵の下手さから学んでいたこともあってか、察し良く突っ込まないでおいた。
字は、しっかりしている。
「エンヴァイア……カイセーラ?」
「そうです! エンヴァイアカイセーラです!」
俺は白々しい目でウィズを見る。
名前の意味がわからないが、札に関連する施設って推察すると、答えは一つしかない。
札に関して、デュエルに関してのアドバイスなんかをする業務ということだろう。
一言、言ってみる。
「需要あると思ってるのか?」
「はぅ!? だ、大丈夫ですよ!」
自分で考えておいて、需要があるかわからないのか。
「ほ、ほら、あの記事にだって書いてあったじゃないですか! アグロの環境以外にも目が置かれるようになったって!」
確かにそうは書いてあった。
だが、慌てるウィズには申し訳ない。
この世界での環境はそう簡単には変わらないだろうと、俺は考えている。
ここでいうデュエルのライフは、置き札だ。
これがダメージの数値によってその枚数分置き札を引かないといけない。
この時点で、ダメージで出来ることが多すぎる。
攻撃するだけで、山札の一番上を強制的にめくられる上に、めくった札も合わせて手札が7枚以上になる場合は、引かされた札の中から7枚になるように捨てなければならない。
つまり簡単に言えば、ダメージを与えるだけでライブラリアウトという置き札破壊ができるんだ。
「ルール上、アグロでやってることは置き札の中に眠る手段も運が良ければ潰せる場合がある……だからそう簡単には変わらないだろうさ……」
本来こういうのを止めるのが伏札の役目なんだが、効果が薄すぎて機能してないんじゃしかたない。
俺たちは何も考えず、アグロの動きを研究すればいい。
そのための努力をすべきだ。
本来ならな。
「だから……」
「だめですよ……」
ウィズは首を横に振る。
笑みを浮かべてこう言った。
「それじゃ、楽しくないじゃないですか!」
俺は我ながらウィズを感心した。
なるほど、教える間もなくわかってきたじゃないか。
「そっか、楽しくないならしかたねぇな」
「はい、楽しくないですから!」
自信ありげに言っているが、これからが大変だ。
さすがに勝ち抜くためには強い動きを保持したほうが効率がいい。
それを敢えてしないとなると、この『環境相談所』、本当にお客が入るのか。
入ったとして、勝てるデッキを本当に組めるのか。
後から気づいたことだが、アグロに関してのことで『近衛兵ウィニー』の名前はあの記事のどこを探してもなかった。環境デッキを有していたわりには、扱いが皆無ってとこに疑問が残ったが、俺たちはそれ以上考えることをやめた。
会って2ターンからいい思い出が一つもない。
もし、願うことならもう戦いたくはないだろう。
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