第8話 君が一番憎むべき男2
「消されるって……なんでまたそんなことを、それに現神って一体……」
ウィズはベッドに座り直すと、こう語りだした。
「現神様は、文字通りこの世界に君臨する神様……そして、私たちは現神様に生を貰って生きているに過ぎません……つまり、何か粗相がある場合は、即刻……消去されます」
その話を聞きながら、街の人たちの顔を思い出す。
名乗り出ることができなかったんじゃない。
少しでも反感を買ったら消されるかもしれない。
そう思っていたから、彼らは一歩前に出ることができなかったんだ。
なんだよ、それ。
人が生きていく上での反抗権利を剥奪されているようなものだ。
それはおかしい。反論から生まれることだってある、はずだ。
「つまり、こうだよな……」
俺はウィズの俯いた顔を見ながら、声大きく言った。
「現神様をデュエルで倒せばこんな理不尽な世界、終わるんだな……」
「っ!」
「あんた、なんて恐ろしいことを言うんじゃ……」
二人そろって驚くどころか、恐怖を感じている。
そんな変な事言ったか、俺。
「わかっておるのか? 現神様はこの世界を作った存在じゃ、故にデュエルに関しても全てを知っておる……そんな無敵の存在を相手にするんじゃぞ?」
確かに、今度という今度は一撃貰ったら死ぬかもしれない。
だけど俺は、それでもやらなくちゃって思ってしまうんだ。
今までの自分がそこまで努力してこなかったから、ではなく、今の環境下に置かれている街の人達がかわいそうになったから、でもない。
「そういう勝てる勝てないじゃねぇよ、婆さん……ただムカつくんだ」
平気で人の人生を縛る奴は、これほどにもなく腹が立つ。
それに、だ。
俺は「でも」とか、「じゃがなぁ」とか言う後ろ向きな二人に向かってこう言った。
「――無敵のデッキなんて、ない」
どんなデッキにも、どれだけ早すぎる動きにもカードの使用が始動となって動く。
それを事前に予防できれば、勝ちはいくらでも拾える。
勝利の可能性が簡単に無くなったりはしない。
だが、それには今持ってるたった10枚のウィズのデッキじゃまず勝てないだろう。
どうにかして、札のレパートリーを増やす手筈が必要だ。
ネル婆さんの手を借りたいとこではあるが、タダでなんでも札を貰っていては申し訳ない。
何か別の方法が必要、と俺は深く考えていると、
「淳介……」
ウィズは言った。
「ちょっと病棟の屋上へ行きませんか?」
その顔はこわばっていて、俯いてばかりいるウィズとは思えない表情だった。
俺は「あ、あぁ……」とだけ声に出して、ウィズに両手で抱きかかえられた。
歩いてネル婆さんに姿を後にする頃には、もういつものウィズに戻っていた。
俯いて、何か物思いにふけって落ち込んでいるような表情。
特別その顔に俺は、何を考えているんだろうとは思わなかった。
いずれわかるだろうと思ったからだ。
「傷は……大丈夫なのか?」
「え、あ、はい……すみません、私は回復が早い方なので」
ふとしたことを、俺はなんとなく言ってみる。
少し空気を読まなかっただろうか、反応が遅れたことに対してわざわざ謝辞の意志を露わにするウィズ。
それくらいウィズは他人に対しての反応を気にするタイプ。察しの悪い俺だが、これくらいはなんとなくでわかる。
そして何よりも、ウィズはかなりの心配性だ。
「淳介は、大丈夫なんですか? まだ病み上がりなのに、あっちへこっちへ申し訳ないです」
俺はその言葉に「別に気にするな」とだけ返す。
だから、どうせと考えたんだ。
そんな誰もやったことがない、下手をすれば自分の身を滅ぼすかもしれないことはやめてくださいってな。
言われた時、俺の気持ちは、多分揺れに揺れるだろうと思う。
さっきこそああは言ったが、規格外っていうのはどこの世界も付き物だ。
それがもしその現神様にある付き物だったとしたら、恐らくどんな戦略を練ろうが勝てないだろう。
きっと返す言葉もなくなる。だが、対策は立てられないことはない。
しかし、もしもを考えれば考えるほど積み込む札は多くなるが、積み込んだだけその札をトップで引く確率はどんどん低くなる。
デッキの枚数に指定がないっていうのは、構築の幅を大きくもするが、逆にそれが仇となる場合がこのルール上あるんだ。
だが、俺にとってそれがこの世界にあるデュエルの駆け引きだと思っている。
俺は言ってやろうと決意した。
やってみなくちゃわからないって。
それが俺のウィズに教えたいデュエルにつながるのなら、いくらでもこの身滅ぼされてやる。
さてと、そう思っている間に屋上に到着した。
少し風が強い。が、季節もあって過ごしやすい気温といっていいだろう。
春風か秋風。季節がどっちかはわからないが、その風は哀愁を想像してしまう。
不安なんだろう。
自分の言った言葉に対して、俺の気持ちが変わらないとしたらって考えたら、そりゃ言い出せない。
俺は先に話を切り出した。
まるで、知っているかのように。
「なぁ、ウィズ……悪いが、俺の気持ちは変わらない。お前が何を言おうと、俺は現神様を倒したい……例えお前やネル婆さんが反対しようともだ、だから力を貸してくれないか?」
返答はない。
珍しく、俺の予測は当たっていたのだろうか。
ウィズがしばらく口を動かすことはなかった。
また風が吹いて、俺はもう一言伝えようとした。
「ウィズ……お前が嫌なら、別に」
「なーに言ってるんですか!」
突然、ウィズは俺を頭の帽子の上に乗せると、駆け足で屋上の壁に両手で上り、上半身を乗り上げた。
今にも落ちそうな帽子に俺は、必死にしがみつく。
「な、なにすんだよ!」
「淳介、言いましたよね、さよならなんて言うなって……」
「あ、あぁ……」
「だから、私はもう淳介とさよならはしません……だから、色々教えてください、そして……現神様を倒すために頑張りましょう!」
空がまっさらなブルー。見上げれば一面快晴だ。
いつの間にか哀愁のある風は、花びらが混じって春風となっていた。
始まりの季節、それは一度敗北した俺たちの新たな一歩。
そんな中で俺は小さく思ったんだ。
また、予測が外れたなって。
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