第7話 君が一番憎むべき男

 その後の処理が大変だったよ。

 何人かの部下にそう言った。

 まさか、コロシアムがゲームではなくなる自体になるとは、想定外だった。

 だが、あえて言えば、生命の立場に立って考えると、それも想像できなくはない。負けたらウィニーに次はなかった。

 彼も、そしてウィズという少女も、それは知っていたはずだから、ああなることを予想外とは思っていないだろう。

 一番ショックだったのは彼女が淳介と呼んでいた猫の方だ。

 この猫には、恐らくゲーム的思考の上でウィニーが降参するものと考えていた。

 だけど、現実は違ってしまった。

 確か、この猫はループと呼んでいたあの戦略にある欠点は、こちら側がずっと札を回し続けるわけではない、つまりは、相手のターンが必ず回ってきてしまうということ。

 ただ、あの状況からして、置き札を0枚にすることはまず不可能。

 代わりにマスターカードの契約をされた者が、物理的ダメージを負い続け、ターンの続行もたちまち不可能になっていく。

 これは問題だ。せっかくダメージの無力化を実行できたとしても相手の攻撃でマスターカードが殺されかねない。

 正当なデュエルがただの殺し合い、決闘になってしまう。

 それだけは避けなければならない。

 だが、『食い繋ぎ』という伏札。これも軽視してはならない。

 今まで伏札がダメージにカウンターができないと考えられてきた状況とは、アブノーマルな案件。

 しかし、大きく環境を変えてしまうわけにもいかない。

 この解決策を『彼』なら、知っているだろうか。

 では、会ってみるとしよう。

 一体彼は、どんな反応をするだろうか。











 彼は今、療養中だ。

 もう一人の方は、既に目を覚ましたと聞いている。

 さすがはマスターカード、と言ったところだが、これを言ってしまっては、自画自賛になってしまう。

 ロックフォードの小さな病院。彼らはそこにいる。

 人間の施設に来訪することになるとは、思っていなかった。


「こんにちは、今日は……あっ」


「すまない、病気ではなく見舞いにきたのだ」


「は、はい……どちらの部屋でしょうか」


 一言、その者たちの部屋を聞く。

 15室か。一番奥の部屋のようだ。


「わかった、ありがとう」


 受付の女は、去り行く姿をずっと見ていた。

 それはまるで、不思議なように、この世で起こっていることのようには思えていない様子で。

 そんなにも驚くことだろうか。

 全く、思考のある生命は面白い。


 そう思っている間に、彼らの部屋にたどり着いた。

 部屋を開け、中に入る。


「あっ……」


「失礼するよ」


 老婆と例のマスターカードがそこにはいた。

 小さいベッドに一匹が横になっている。


「あ、あなた様は、一体なぜここに……」


「どうしても目が覚めないということでね……治療をしにきたのさ」


 老婆の方は慌てふためいているようだが、マスターカードの方は静かにこちらを見ている。

 その目は、明らかな敵意と不安の目。まだ完全に傷は癒えていないのだろう、脇腹の辺りを押さえている。

 こう言った。


「安心して、僕はその生命に危害をくわえにきたわけじゃないさ……だから、見せてくれるかい?」


 まだ敵意のある目でこちらを見ていたが、座っていた椅子を立ち上がり、席を譲る。

 その空いた椅子に座って黒猫を見た。

 そして、手をかざす。

 よく見ると、マスターカードの契約をしたかのような首飾りがその猫にあった。

 しかし、猫が契約をしにきた覚えはない。

 偽装だ。送り込んできたというわけか。


「さぁ、契約の元に目覚めを……」


 これはあくまで私ができる応急的なもの。

 この手の施しには、力の領域に限度がある。

 できるのはここまでだ。

 君はどんな顔をするんだろう。

 そして、君はどんなことを言うのだろう。


【        ☆        】


 ふわっとした記憶がある。

 何時かの教室でそいつに出会った。

 そいつは、なんというか亜紀よりも変な奴で、そして何よりしつこかった。

 デュエルに関してネチネチ色々言うわけでもなければ、大そう偉そうにしてたわけでもなかった、ような気がするが、よく耳に入ってきたのは、『面白い』とか、『すごい』とかだった。

 俺はそれが妙にうざくって、つい言っちまったんだ。


「さっきからなんだよ、別に誰でもできることだろ、やり方知ってりゃ……」


 そいつ、俺の言い分を聞くなり血相を変えた。

 怒ってたんだと思う。

 亜紀が優しく諭していたことだけ、なんとなく薄っすら覚えている。

 その後……どうなったっけ。

 なんだろうか。声がする。


「じゅ……けっ……」











「淳介っ!」


 俺はその高い声で飛び起きる。

 そういや、俺は確かウィニーとかいうやつの剣で突き刺されて、死んだんじゃ……。

 目の前にボロボロ涙を零すウィズの顔が写る。


「じゅ……じゅんずげぇぇ!!」


「おわっ!」


「よがっだ……よがっだべぇ!」


「ば、ばか! お前口調が……」


 嬉しいのはわかるが、こうも強く抱きしめられると、猫である俺には苦しい。

 なんだか知らないけど、生きてるのか、俺。

 ウィズにネル婆さんもそこにいた。

 そして、もう一人知らない男。


「誰だ、あんたは」


「あ、淳介、この人は……」


「ウィズ君、僕から自己紹介するよ……」


 男は一礼するとこう言った。


「はじめまして、淳介君……私は君を助けた者だ」


 少し、間があく。

 その男の変な言い方に、違和感を感じ取った。


「それ、自己紹介じゃねぇだろ……」


 俺を助けた者。名前ですらないな。

 そいつは、冗談を言ったような素振りもなく、真顔で続けた。


「すまないね、名前を言うことはできないんだ……君に用事がある。ウィズ君もついてきてくれるかな」


「……は、はい」


 ウィズがさっきから嫌そうな目で見てるってことは、ただならぬ奴だってことだろうか。

 俺はウィズに抱きかかえられると、男の後を目で追う。

 その際に、ネル婆さんも変に緊張感のある汗をかいていた。

 そして、病室を出て廊下に至る。

 誰もいないようで、とても静かだ。


「ここでいいだろう……」


 こっちを振り向く。

 ずっと真顔で、何を考えているのかわからない。

 男は言った。


「単刀直入に聞こう……淳介君、君は何者だ」


「えっ……」


 その言葉の意味を全く理解できなかった。

 何者って言われて、答えられるのただ一つ。


「猫だよ……見りゃ、わかるだろ?」


「違うんだ、もっと具体的なことでどこで生きていたかとか……」


「すみません」


 話題の線を切ったのは、ウィズだった。


「淳介はまだ病み上がりなので、また今度にしてくれますか?」


「ウィズ君……」


「また、今度に」


 そう言ってウィズは、俺を抱きかかえたまま病室に戻る。

 呼び出されて急にウィズが機嫌悪くなって。結局話はなんだったのかわからずだ。

 俺にはもう何が起こっているやらだ。


「……なぁ、あいつはいったぃ……むぐっ」


 突然俺の口を押えるウィズ。


「ごめん、淳介……静かにしてて」


 足音が聞こえる。その音はゆっくりとしていたが、だんだん早くなり、遠ざかっていく。

 聞こえなくなったところで、やっとウィズの手が俺の口から離れた。


「な……なんなんだよ」


「すみません……ですけど、ああでもしないと……」


 俯いた表情を見ると、蒼白になって瞳が揺れるウィズの顔。

 なんでまたここまで怯えているんだろうか。

 ネル婆さんがこっちに近づいてくる。


「……ロスト」


「ロスト?」


 聞きなれない言葉だ。

 だけど、名称からして良い意味ではなさそうだ。


「この世界にデュエルを広めた、現神様の側近にしてデュエルが行われる前にはどこにでも現れる者達じゃ……奴らの手にかかれば、マスターカードも一般人も変わらん……消されるんじゃよ」


 

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