第5話 環境の隅っこ

 少し昇った朝焼けが、やたらと眩しく見える。

 たった一日しかあのゴミ捨て場にいなかったのに、これほどまで爽やかな気分に感じるのは、たぶん今日が素敵な一日になる、そんな気がするからだろう。

 完璧だ。これ以上はない。


「申し出はあたしがしておいた。もうすぐ馬車来るはずだよ……本当に、いくんだね」


 婆さんが俺たちを心配そうにそう言った。


「うん、ネルばあちゃん、ウチ、絶対勝ってけるよ!」


 ウィズのやつ、だいぶ張り切ってるな。

 そりゃそうか、だってお前は、勝っても負けても楽しめるんだからな。


「そっちの猫ちゃんも、気を付けてな」


「気を付けるも何も、これから身体を傷つけにいくんだ、気を付けるも付けないもないさ」


「ははは、それもそうかいねぇ……おやぁ、噂をすれば」


 日をバックに馬車の姿が映る。だいぶ豪華な作りをしていた。

 場所はコロシアムが用意されていると聞いたが、ちゃんと送ってくれるんだな。

 馬車は、手綱の引きと共にその場に停止した。

 見たことのない馬だ。頭に角が生えていて、鬣(たてがみ)が青い。

 御者の男がこっちを睨みつけて一言。


「乗れ、無謀者ども」


「な、なにぃ!?」


「じゅ、淳介……」


 唸る俺に対して、優しくなだめるウィズ。

 こいつ、まるで見下してるような顔だ。

 そりゃそうか、この街から一回も勝者が出なかったんだもんな。

 だけど、今日はそう上手くは行かない。

 いや、行くわけがない。これは断定して言えるだろう。


「どうした、乗れ」


「あ、は、はい!」


 ウィズは、慌てて馬車乗り込む。

 乗るなり御者の男は手綱を引いた。


「うわ、あわわわ……」


「な、バカ……」


 座る暇もなく、ウィズは倒れて床に倒れてしまった。

 俺は肩にいたこともあって、下敷きだ。


「ぐ、え…降りろ、ウィズ」


「はっ……すみません」


 ウィズはすぐに立ち上がり、俺を両手でつかんで肩に置く。

 さっきの勢いあまったようなスピードとは一変、ガタガタと少し揺れるだけで、全然立っていてもバランスを崩さない。

 あの男、わざとやったな。

 上の住人が全部ああだと考えると、無性に腹が立った。

 これだったら、まだウィズの街にいた住人の方が、ウィズ以外の他人を卑下しない分まだマシだろう。


「ふぅ……」


 なんで俺がこんな緊張しているんだろうか。

 ダメージを受けるのはこいつの方なのに、ウィズときたらだいぶ余裕があるようだ。

 こんな時でも、楽しいんだろう。

 変な奴だ。こいつとデュエルしてボロ勝ちしたとしても、笑って「もう一回やりましょう」とか言ってきそうだ。普通なら少しは悔しがれよ。


「淳介……」


「なんだよ」


「勝てますよね……今日は」


 前言撤回。外から見たら余裕そうに見えるが、内面は相当震えているんだろう。

 俺も正直言って、怖い。

 確かに、一度だけで終わりじゃないが、この動きは恐らく今回のみ通用する。

 つまり実質一回。これで勝たなくちゃならない。

 だが、俺の考えているほど現実は甘くない。

 時に理不尽もカードゲーム。そういうことだ。

 最初だ。最初の手札で全て決まる。


「それはわかんねぇよ……」


「で、でも、これで勝てなくちゃ……」


「……」


 結果は、神のみ知る。その神様と俺は対話してきたんだよな。

 先に知って安心させてやりたい。

 俺が直接行うわけじゃないから、その複雑な気持ちはよけいに緊張感を煽った。


【        ☆        】


 二日ほど前の事だ。

 だめだ。

 俺は婆さんの店の二階で札を見ながら頭がうなだれる。

 どうあがいても、アグロに勝てる気がしない。

 相手が仮に置き札40枚だったとして、こっちは10枚。

 勝算は絶望的だ。


「はぁ……」


 ウィズは、たぶん何回負けようとも、次こそはと考えるだろう。

 だけど、それだけじゃ街の人の印象がどんどん悪くなるだけだ。

 なるべくなら今回で勝って、別の見方でデュエルを楽しいんでほしい。


「淳介!」


「ん……なんだ、って」


 ウィズがドタバタと大きな箱を持ってきた。

 ドンッと置かれた中には、札がこれでもかというばかりに詰まっていた。


「どうしたんだよ、これ」


「ネルばあちゃんが、今回だけ特別にって」


 なるほど、だいぶダブっている札も多いが、これだけあれば対策の一つや二つ立てられそうだ。


「さて……」


 アグロってのは、基本的相手にダメージを与えることだけに特化したデッキをそう言う。

 つまり、自分のターンが回ってきたら、ひたすらすぐに攻撃ができるカード且つ、軽コストで攻撃力の高いカード。それらの多くが採用できる。

 こういうデッキは、どんなカードゲームでも大抵は存在する一つの戦略だ。一部を除けば、環境の中心にいても、最優先でメタを張られて、こういうデッキが戦う場合は、なんでも1枚一工夫が必要になってくる。

 だから、単調すぎるアグロが大会で猛威を振るうことは、よほど初手の手札が良い場合に限るということだ。

 ただ、この世界でいうアグロは違う。

 問題は全てルールにあるんだ。でなければ、ここまでアグロ系統のデッキを作っておけばとりあえず勝てるなんて問題にはならない。

 何か、何かないのか。

 理想は一回でも発動してしまえば、その試合でアグロの動きを一切の容赦もなく否定できる札。

 置換効果が望ましい。もしくはそれに準ずる効果だ。


「くそ……」


 どうしてこう、この世界の札は発動したらそれで終わりってカードが多いんだ。

 なんの面白味もない。戦略性も駆け引きもない。

 そりゃダメージを出せるカードが流行るに決まってるだろ。

 やっぱあいつらは、クソ運営だな。

 それとも、新しい札でメタを作りますってやつか。


「ん?」


 1枚の札に目が止まった。


「ウィズ、そこの札をとってくれ」


「これですか?」


 ウィズは赤い枠の付いたその札を俺の目の前に差し出す。

 戦略札だ。俺の知識でいう、呪文とかマジックと呼ぶカード。

 そしてその効果は。


「なるほどな……」


 俺は、ますますこのルールや札のシステムを作ったやつをクソ運営と呼びたくなった。

 だけど、感謝する。

 緩んだ頬が自然と八重歯を露わにさせる。

 その顔は、たぶん自分で鏡を見ても、ただの悪人だろうな。

 知能がある奴が自分にとって都合が良い展開になった時ってのは、本当に何も考えられなくなるんだな。


「ウィズ……」


「はい?」


 俺は、猫の目特有の鋭気に満ちた眼でウィズに言った。


「悪いことは、好きか?」


【        ☆        】


 と、言ったもののだ。

 あの時の俺は、あまりに衝撃的だったもので、こいつを決めることだけを考えてしまった。

 ネル婆さんから特別に今回だけタダでそれを譲り受けることができたが、果たして、これで本当に勝てるのか。


「着いたぞ」


 馬車が止まる。考えているうちに長いこと揺れていたが、どうやら到着したようだ。

 俺たちは馬車を降りる。

 御者がこっちも見ずにこう吐き捨てた。


「せいぜい、死力を尽くしてみるんだな……下民ども」


 何が下民だ。お前よりはキッチリ人間……いや、猫が出来てる。

 ウィズは敢えて何も言わなかったが、どう思ってるんだろうか。


「なぁウィズ、あんまり気にするなよ……」


「大丈夫です、いつものことですから、それに……」


「それに?」


「あの御者の人は……内心を打ち明けるのが苦手なだけですから」


 後から聞いた話だが、デュエルを行う際にいつも迎えに来るのは、あの御者だったそうだ。

 そして、毎回乗るたびにこちらが座るより先に手綱を引き、バランスを崩させてくるらしい。

 ウィズはそれを、彼なりの心配だと、そう言った。

 たぶん、今のは俺以外でもわからない。

 一つ分かったことは、俺が思っている以上に、行われることが凄惨だってことだ。




 

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