第3話 公平という名の矛盾
あれから雨に濡れたまま寝ること数時間。寒すぎて深い眠気はこないだろうとおもっていたが、どうやらそうでもないらしい。
俺は、魔術師の少女の声で眠い目をゆっくり開ける。
「おはようございます、マスター」
「んー……マスターはやめてくれ、そういうのは性に合わないんだ」
温かい日差しが差し込む。昨日このあたりに転生した時と同じ時間か。
けっこう寝ていたな。もう昼を少し過ぎた頃のようだ。
あれから雨は止んだのだが、床が乾く前にその説明を受けた。なに、ルールは理解した。そして、誰にでも教えることができるくらい簡単だ。
ただ、頭に入ったとはいえ、実際に事を行ってみないことには始まらない。
どんな動きが流行っているのか。対策を立てることはできるのか。
俺の頭の中で、目まぐるしく回る勝ち筋。こんな頭を抱えるのも久しぶりだ。
難しい顔をしている俺に、彼女は首を傾げる。
「どうしましたか、マスター?」
「いや……変な気分でな」
今まで、これほど勝ちにこだわる頭の使い方をしたことはない。
俺のデッキ構築こそ、環境寄りの作りをしていたが、それが最効率の動きではない。
たいていは代理のカードで構築されたものだ。
だからなのかもしれない。本来遊びなのに、相手を徹底的に倒すことだけを考える。
公平に調整するのが当たり前な遊具だけど、肝心の遊ぶプレイヤーの考え一つで、ここまで楽しくなくなるんだな。
ともかく、今はどんな動きが流行ってるのかを知りたい。
俺は真上を見上げて少女に尋ねる。
「なぁ、まずはどんなデュエルが行われているかを見たいんだが……なんか見る手立てはないか?」
少女は颯爽とゴミケースの中を漁ると、一枚の新聞のようなものが出てきた。
そこにある項目の一番大きい見出しを刺しながら、俺に見せる。
「この部分です」
そこには、まるでログのような明確に書き綴られたデュエル結果が載っていた。
こんな形で結果を見るのは初めてだが、なんとなく何が行われているかはわかる。
「これは、先日に貿易協定を賭けて行われたデュエルのログです」
「なるほどな、貿易協定すらデュエルで決めるのか」
俺はその結果をよく確認する。結果は近衛兵ウィニーが2ターンで勝利したという記録になっている。
なんだろう、この違和感。今まで2ターンで決着する内容は大会なんかで何度も見てきたが、このデュエルの場合、何かがおかしい。
「あっ、これって」
「……?」
「おい、なんで負けた側の山札がこんなに減ってるんだ?」
記事の示す事柄には、勝者のウィニーが山札50枚、敗者の山札がたったの4枚。
2ターンで46枚も消費する動きはさすがに不可能だ。
少女は、表情を見せないように俯いたまま、こう答える。
「奪われたんです」
「奪われた?」
「はい、『兵糧略奪』というコスト2の戦略札がありまして」
戦略札っていうのは、この世界のカード(以下、札と呼ぶ)の中でも大半を占める札のことだ。
して、その効果ってのは……。
「相手の置き札を5枚めくり、自分の置き札に加えることができる札です」
「えっ……」
恐ろしい効果だ。だけど、驚いたのはそこじゃない。
敗者は記録では降参したことになっている。
少女に聞いてみた。
「つまり、この負けた方の山札……いや、置き札は」
「はい……元は9枚です」
俺はそれを知ったと同時に怒りがこみ上げる。
「なんだよそれ、接待じゃねぇか……こんな置き札の枚数じゃ勝てるわけないだろ!」
「勝てるんです」
「お前だっておかしいと思うだろ! 訴えていいレベルだぞこれ!」
「……勝てるんです……勝てるんです……勝てるんです……」
少女は呪文、というか自己暗示をかけるように、俺を抱きしめてうずくまった。
こみ上げた怒りがスーッと抜けていった。ターンフェイズを間違えた亜紀に、本気で怒った後の気まずいあの感じを思い出した。
彼女が一番この結果がおかしいってことはよくわかってるんだ。
怒るべきは彼女じゃない。こんなルールで公平だと抜かしたクソ運営という名の神様のせいだ。
だけど、改めて冷静に考えれば、この事態は想像以上に悪いと言える。
この記事の結果から見ても、デュエルで勝つのはとても簡単なんだ。
ひたすら殴ればいい。効果で置き札を消し飛ばせばいい。
こういうのは、アグロの環境ということで間違いないんだろうか。
だったらそれ相応の対策を立てるべきなんだが、ましてやクソ運営。
メタの2文字すら知ってるかどうか危うい。
「まぁ……そろそろ移動しよう」
「どこに行くつもりですか?」
「デュエルでなんでも決める世界なんだ。その札屋ってのはあるんだろ?」
「えぇ……まぁ」
明らかに嫌そうな表情。俺は急かすようにこう言った。
「……ほれ、行くぞ。ここにいても何も始まらないだろ?」
「はぁ……」
渋々立ち上がった彼女は、ポシェットから昨日のおむすびを少しかじり、札屋と呼ばれる場所に向かうことにした。
そういや、まだ名前聞いてなかったな。
「お前、名前は?」
「小さき炎の魔術師です」
なんだよ、しかめっ面で言いやがって。
「おいおい違うだろ、それはお前の名称だ」
「じゃあ、ありません」
「え?」
俺に向かって手の甲を向けて差し出し、肩に乗れと言わんばかりの少女。
猫である俺は、こいつと見上げるようにして目が合った。
さっきのしかめっ面が幻だったみたいに、機械みたいな死んだ目をしていた。
意味がわからなく、俺はその目に腹が立った。
少女はおむすびを食べながら歩く。
なんだよ。なんだよ、なんだよ。
もう決めた。この薄汚いほっぺのガキは『こいつ』とか『お前』って名前にしてやる。
さっきからずーっと道を歩いてるが、こいつは石で整備された道のど真ん中を堂々と歩いてる。
全くこいつは、王様気分なのか。
何人かこっちを見てる。ひそひそと話しながら、卑しい目だ。
こいつ、相当嫌われてるんだろうな。あのおむすびだってどうせどっかにあった他人の物なんだろう。
こいつはまた、歩きながら食ってる。
「どうしました? ほしいんですか、おむすび」
「いらねぇよ」
腹減ってる俺に向かって、おむすびを見せて勝ち誇ったつもりか。
腹が立つ。ものすごい鬱憤だらけだ。
だいたいこいつは、偉そうだ。負けそうになって逆転したら表情ひん曲げたような笑顔浮かべる煽り上手な奴みたいだ。
本当はそう思ってるんだろう。無表情でずーっと前だけ見てこっち見てくる街の人に目もくれないでいるけど、きっとそうだ。
「ここです」
「んぁ?」
見上げると、住居に隠れるようにしてそれはあった。
ボロくさいというか、看板が少し斜めになっていたり、窓が割れたまま放置されている具合から見るに、俺が見てきた潰れかけの店以上の建物がそこにはあった。
これじゃ、日の光なんて滅多に当たらないだろうな。
こいつがドアを開ける。
「いらっしゃ……おや?」
店の店主は婆さんのようだ。だいぶ年老いているのか、目が開いてるのか閉じているのかわからない。
「久しぶりに来てくれたのかい、嬢ちゃん」
「あ、えと……その」
なんだよこいつ。目をあっちへこっちへ泳がせて、何か隠してるようじゃないか。
そうだ、さっきのお返しだ。食べ物の恨みは恐ろしいことを教えてやる。
まずは、俺から話を始めた。
「待ってくれ、ばあさん。お客はこっちの人間じゃなくて、猫であるこの俺だ」
「んー? おやまぁ……かわいらしい猫じゃないか、どうしたんだいウィズ、こんな可愛らしいお客さんなんか連れて……」
「……」
こいつ、ウィズっていうのか。
魔法使いは女がウィッチ、男がウィザードっていうから、その間と語呂合わせをとってウィズってところだろうか。
まぁ、それでも俺が決めた名前はおまえ、もしくはこいつだ。
名前も自分から言い出さない奴が、マスターって言っておきながら俺のこと認めてるわけがない。
その場だけの呼称。本当は主人なんて思っちゃいないんだ。
「ばあさん、札屋なんだろ?」
「あぁ、そうさ……すっかり寂れっちまったがねぇ……」
期待できない、なんて考えちゃいけないな。
俺は要件を軽く伝えると、婆さんは垂れた目を少し開いてこっちを見た。
「そうかい……ウィズ、また貿易権を賭けて勝負しに行くんだねぇ……」
「……」
さっきから黙っているが、微かに体が震えていた。
その変化は肩に乗っているからよく伝わる。
なんで震える必要があるんだろうか。
俺は疑問に思ったが、そういえばと思考が遮られた。
「そういやお前、持ってる札を見せてなかったな」
「あ……」
やっと声を上げたか。よし、見てやる。
どうせのことだ。あの記録から察するに真似でもしてるんだろう。
俺は、床に飛び降りると、ポシェットにジャンプして爪を食い込ませる。
黒猫である身体にもいくらか慣れてきたな。
ポシェットの紐がちぎれ、中の物が辺りに散乱した。
包んであったおむすびが転がる。その中にあった札はたったの10枚だ。
「……ん?」
俺は不思議に思って、辺りに散らばった10枚の札を集めてみる。
だが、慌ててこいつがそれをポシェットの中に詰めて、後ろに隠した。
「なんで、そんな顔してるんだよ」
こいつは怒っているというよりは、恥ずかしいって顔をしている。
「どうせこんな都合よくいかないですよ!!」
俺は少しの間、ポカンと口を開けたまま静止していた。
その次には、もうこいつ、いやウィズは婆さんのいるカウンターを飛び越えて二階と思われる階段をのぼっていってしまった。
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