第9話 すけっちぶっく

「うううああぁぁぁぁ! うがああああぁぁぁぁ!!」


ガッシーン ギリギリギリ ジャラジャラジャラ……


研究所の中に獣の咆哮と鎖の軋む音が響き渡る。


「かばん! これはどういう事なのですか! このアムールトラのフレンズは

 なぜ苦しそうに咆えているのですか? なぜ手枷と鎖に繋いだりしているのですか!?」

「分からない……! かばんの最近の行動は訳が分からない事だらけなのです!

 かばんが次々に造り出しいるあのセルリアンのような化け物共は一体何なのですか!」


狼狽える博士と助手とは対照的にかばんは平然と構えて答える。


「禍々しいオーラを纏っていて強そうでしょう? この子は"ビースト"だよ。

 セルリアンもフレンズも見境なしに襲って暴れる、フレンズになり損ねた哀しい存在……」


「かばん……まさかこのような者を意図して造り出したと言うのですか!?」


「……という舞台設定の"ビーストモード"の挙動を今テストしている所だよ。

 はいモード解除」


かばんがパンと手を打つとビーストから禍々しいオーラがすっと消えて大人しくなる。

しばらくしてアムールトラのフレンズはのびと欠伸をして起き上がる。


「ふわあああぁぁ おや? もう終わりなのかい?」


「アムールトラちゃん、具合はどう? 手枷は痛くないよね?」


「寝ていただけだからな。 痛みも全然。 なんともないさ」


「それなら良かった。 もっと長時間のテストもしてみたいから引き続きお願いね」


「ああ、分かった。 いつでも大丈夫だ。 と言っても寝るだけだから楽な仕事だよ」


再びかばんがパンと手を打つと再度ビーストからオーラと咆哮が発せられる。


「があうううあああぁぁ! うううああぁぁああ!!」



「……と、まあこんな感じでビーストモードはいつでも切り替え出来るし、

 ビーストモード中はアムールトラの魂とか人格の部分には眠ってもらっている。

 セルリアン達も出番が来て戦闘モードに切り替えるまでは不必要にフレンズ達を

 襲ったりは しないし、戦闘モード中でも誰かが台詞を喋っている時とかは

 空気を読んで待つし、軽い衝撃を与えるだけで倒せる。

 でもそんな雑魚敵のようなセルリアンだけじゃ緊張感が足りなそうだから、

 強敵になりそうなビーストも造ってみたんだよ」


「見境なしに襲うとか戦闘モードとか、そんな物騒な者達を造ったりして

 フレンズ達やかばん自身が怪我を負ったらどうするのですか!?」


「対象がヒトの場合は襲う振りだけで本気で攻撃しないように設定しているし、

 私が造ったセルリウム製フレンズはみんな特別頑強な体という認識で接しているから

 怪我なんか負わないよ。 ああ、でも戦闘シーンに参加する予定のフレンズには、

 外見だけ負傷したかのように見せる設定を施しましょうか。 その方が緊張感が出るよね」


「ええ…… ああ、それならまあ良い……という話ではないのですよ!

 いったい何の為にそのような者たちを造っているのかと聞いているのです!」


「用途は色々考えられるよ。 主な役割は『降りかかる苦難』とか『乗り越えるべき障害』とかかな?

 他に『進行上の都合』とかでも登場してもらう事にもなるかもしれないね」


「……? かばんは何の話をしているのですか?」


返答の意図が掴めず困惑する博士と助手にかばんは話題を変えて話を続ける。


「ねぇ、博士、助手、もうあまり時間が残されてないんだ。

 私のセルリウムを操る力はだんだん衰え始めてきている。

 一度に扱えるセルリウムの量も減ってきたし前はセルリウムを見つめて念じるだけであっという間に造れていたフレンズ達も今は小一時間ほどもかけてセルリウムをこねまわしてやっと一体造れる程度までになってる。

 そうして造ったフレンズを人格構築して自立させても、以前のような優しい感じにならない。

 カラカルをはじめとする最近造ったフレンズ達はギスギスした雰囲気で口を開けば、 嫌み、揚げ足取り、余計な一言ばかり。

 まともにフレンズが造れなくなる日は近いのかも知れない。

 だから、これ以上私のセルリウムを操る力が衰える前に早く準備を始めないと!」


「先ほどからかばんが何について話しているのかさっぱりなのですが……」


「精魂込めて造り出したサーバルも何か違う感が拭えない。

 私との過去の記憶を極力入れないように造ったせいもあるんだろうけれど、

 なんだか黄色過ぎじゃない?とか、もっと寄り目だったような?とか、

 耳の付け根の丸い所そんなの有った?とか、相変わらず『すっごーい』ばかリ言い過ぎとか、

 気になる所はいっぱいあるけど、でも私にはあのサーバルしか居ないの!

 今は野生に放っているあのサーバルが野生での記憶を十分に蓄積するまでが

 タイムリミットだよ。 それまでに早く準備を始めないと!」


「準備を始めるとは……? いったい何の準備なのですか?」


「博士と助手も同意してくれたじゃない! "サーバルちゃん造り"の準備だよ!

 サーバルが野生での記憶を十分蓄積したその次に必要になるのは何か分かる?

 それは『ヒトの子と出会い、一緒に冒険し、フレンズ達と出会い、問題を解決し、

 苦難を乗り越えながら共に成長し、ついにはパークの危機をも乗り越える』という物語だよ!

 その物語の記憶を蓄積して、初めてサーバルは"サーバルちゃん"に成れるんだ!

 だから、その冒険の物語をこれから創り上げる……その為の準備だよ!」


「ヒトの子との冒険の物語を創り上げる……?

 かばんはサーバルと一緒に冒険に出たいという事なのですか?」


「とんでもない! 酷くて卑怯で最低の私なんかが一緒に居たらサーバルを汚してしまうよ。

 だから、サーバルと共に冒険をするヒトの子、主人公は

 "青い服のヒトの子"にしてもらう事に決めたんだ!」


「"青い服のヒトの子"……というとサンドスター延命保存装置の施設で見つけた

 治療困難な病気に罹っていて、余命少ない状態のまま保存され続けていたあの子ですか?」

「『サンドスターの保存状態を解除したら長く生きられないから仕方なく置いて行く事にする』

と、このエリアの放棄が決まった当時の書類に記録されていたあの子ですよね?」


「そうそう、その子。 この研究所に昔居たヒト達の研究の一つに

 セルリウムを利用した医療技術で保存装置のヒトの治療方法を見つける課題も有った

 というのは博士と助手も知ってたと思うけど、

 私が新しく見つけた書類にあの子の治療薬の具体的な作成手順が書かれていたんだ。

 当時はその手順通りにセルリウムを操れる適合者が見つからなくて実現出来ていなかった

 訳だけど、私が試しに書類の通りにセルリウムから治療薬を造ってみたら

 予想以上に上手く出来たから、保存状態のあの子に投与してあげた。

 結果、病気は完治して今のあの子は健康体だよ」


「お、おお、それは良いことをしたのですね!」


「治療のついでにあの子が主人公にふさわしい活躍が出来るようにセルリウムの医療技術を応用して本人に自覚は無いけれど筋力を大幅に増強させてある。

 いざとなったら高速で走ったり、拘束されても力づくで破ったり出来る。

 さらに脳にセルリウム操作の受容体を増設してセルリウム製フレンズに設定を施すのと同じ感覚で潜在意識に記憶を植え付けることも出来るし、私が近くに居る時限定だけど行動を操ったり、

台詞を自由に喋らせたりも出来るようにしているよ」


「お、おお、それは……ええ? ええぇぇ!?」


理解が追いつかない博士と助手を置いてけぼりにしてかばんは話を進める。


「あの青い服のヒトの子、主人公が保存装置で目覚める場面から物語は始まるんだ。

 カラカルには物語の牽引役として、まずはあの子とサーバルが出会えるように動いてもらう。

 そうして三人の冒険が始まるわけだけど、それは必然的な展開なんだ。

 その証拠がこれだよ」


かばんはスケッチブックを取り出すと、絵の描かれたページを一枚破り取り、

博士と助手に見せつける。 それには「パークのおにいさんおねえさん」の文字と、

パークのような背景に青い服のヒトの子がサーバル・カラカル・イエイヌ・パークの職員達と共に居るのが描かれていた。


「ほら見て、保存される前のあの子が描いたこの絵を!

 あの子はこのジャパリパークに遊びに来ていたお客さんで、

 その時からサーバル達とはお友達だったの!

 記憶を失ってしまったせいでサーバル達との出会いは初対面のような場面になるけれど、

 実はそれは運命的な再開だったと後から判明するんだ! ドラマチックでしょう?」


「何を言い出すのですか? その絵は先ほどかばんが自分で描いていた物ではないですか!」

「そもそもあの子が保存された頃、ここにはパークもフレンズ達も存在していなかったのですよ!?」


「この絵をあの子が描いたという事にするんだ。 これは舞台設定なんだよ!

 こういう過去がある事にした方があの子がサーバル・カラカルと一緒に冒険する理由付けになるし、物語に厚みが出るでしょう?」


「いや、しかし……あの子に主人公役をさせるにしても、

 このエリアのジャパリパークのような風景は見かけばかリで、フレンズ達のほとんどは生活しているのではなくただ配置されているだけ。

 施設も実際に稼働していた物ではない張りぼてばかりで不自然さは隠しきれないのです。

 そんな所を歩き回っても、とても冒険と言えるものにはならないと思うのですよ」


「そこでこのスケッチブックが重要になるんだ。

 これには物語の要所に使えそうな場所を描いてあの子に持たせておく。

 あの子には『おうちに帰りたい』『これは自分が描いた絵』

 『絵の場所を探せばおうちが分かるかも』という意識を植え付けてあるから、

 目覚めればスケッチブックに描かれた絵の場所を探して行動する事になる。

 そうして行動を制限しておいて、絵の場所に誘導するように案内役や乗り物を用意する。

 絵の場所では物語を展開できるようにあらかじめ舞台を整備しておいて

 そこにフレンズ達を配置するんだ」


「フレンズ達に会わせるとしても、まともに意味のある会話が出来る子は数えるほどしか居ないのです。

 自立出来ていなくて呆然と立っているだけの子が多く、設定不足で倒れて動かない子も居る。

 このエリアに居るのはフレンズとは名ばかりの魂も入ってない舞台装置だらけなのですよ?」


「あの子もヒトの子だから、感情にセルリウムが反応して自立出来ていないフレンズ達も動くはずだよ。

 フレンズ達が舞台装置だらけですって? 大いに結構じゃない!

 舞台装置にはその名の通りの役目を果たしてもらう。 物語に合わせた台詞と行動を設定して動かすんだ。

 自立している子で協力的な子には演技指導して、そうでない子は強力な設定で上書きして動いてもらう。

 調整し直したラッキービーストも案内役として使う。 地域ごとにバリエーションをつけると面白そうだね。

 場面によってはセルリアン達やビーストを投入して緊張感や危機感を煽って盛り上げる。

 そうやって冒険を演出して物語を進行させていくんだ!」


「そんな強引に物語を演出しても茶番にしかならないのではないですか?」


「そうならないようにこれから準備を進めるんだよ。 例えば物語にはテーマが重要になるよね?

 魂が入ることを期待してヒトに関連するフレンズを多く作ってきた事だし、

 "ヒトの業"をテーマにしようかと思うんだ。

 テーマに合わせて『ヒトに調教されていた頃の習性が抜けないフレンズ』とか

 『ヒトが動物を支配していた手段を知りたがるフレンズ』を登場させる

 あの子にはフレンズ達の問題を解決するために、あるいは出会いの記念として

 フレンズ達の絵を描いて与えながら物語を進行させるようにする。

 物語の後半になってからあの子が描いた絵がフレンズ型のセルリアンを生みだすと判明。

 ヒトの行為のせいで新たな問題が発生する結果になってしまった!

 これぞまさに"ヒトの業"だ! と演出する。 どう? 面白い展開でしょう?」


同意しかねている博士と助手を放置して、かばんの熱い語りは止まらない。


「そうして数々のフレンズ達との出会いと別れを経た後に最終決戦の地へ誘導するんだ。

 場所はセルリウム製の水で水没したあの海岸だよ。

 あそこなら半分水没した巨大ホテルという見栄えのする施設もあるし、

 貯蔵庫から流出したセルリウムを船型に纏めておいた物も利用出来る。

 ああ、その船自体を強敵として登場させるのも盛り上がりそうだね!

 そこであの子が描いた絵にセルリウムを触れさせてフレンズ型セルリアンが大量発生!

 まさにパークの危機! という場面を演出するんだ!」


「そんな敵だらけの状況にしてしまって、あの子とサーバル・カラカルだけで対処できるのですか?」


「当然ピンチに陥るでしょうね。 そこでそれまでの冒険が活きてくる!

 冒険の中で出会ったフレンズ達が主人公達のピンチに駆けつけてくれて全員集合するんだ!

 みんなで協力して絆の力でパークの危機を乗り越える! 熱い展開だよね!」


「フレンズ達が全員集合? かばん、忘れたのですか? 

 ほとんどのフレンズはヒトが近くに居ない時はろくに動かないのですよ?」

「あの子から遠く離れた場所からフレンズ達が駆けつけるなんて事は不可能なのです」


「そんなのトラクターの荷台にでも積んで私が運転して運べば済むことじゃない!!」


「……もう無茶苦茶なのですよ……」


「無茶苦茶だろうがなんだろうが構わない!

 何としても今度はパークの危機を乗り越えてもらって冒険を成功に導く。

 その記憶を蓄積させて"サーバルちゃん"を造り上げるんだ!」


「……かばんは何故そこまでして"サーバルちゃん"を造りたがるのですか?」

「理想の"サーバルちゃん"が完成するとしても、 いっしょに居る資格は無かったと

 かばんは嘆いていたではないですか」


「私も以前は勘違いしていた。 私の望みは"サーバルちゃん"といっしょに居る事だって。

 でもそれは違うって気づいたんだ。

 私が本当に望む事は"サーバルちゃん"に幸せに生きて欲しい、ただそれだけだって分かったんだ。

 私はパークの危機から逃げ出す過ちを犯したせいで"サーバルちゃん"の未来を閉ざしてしまった。

 あの時の"サーバルちゃん"と今のサーバルは違うって事も、自己満足に過ぎないって事も分かってる。

 それでも……私の過去の過ちのせめてもの償いとして、

 今のサーバルにはパークの危機を乗り越えた先の未来を生きてもらいたいんだ!」


かばんは手元のサーバル達が描かれた絵うっとりと見つめる。


「だから私はこの物語が結末を迎える時に、サーバルを新しい主人公に託して送り出す。

 パークの危機を救った主人公・カラカル・サーバルの三人は良いチームとなって新しい冒険へと旅立つ。

 その時から"サーバルちゃん"の未来に無限の可能性が広がっていくんだ!」


そして視線を博士と助手の方に向け、笑顔で問いかける。


「だからね、サーバルちゃんの未来の為に……物語の準備、手伝ってくれるよね?」


博士と助手の中のセルリウムにかばんの覚悟が伝わってくる。

例え断った所でかばんに物語創りを諦めるつもりは微塵もない事を悟り、

二人はやれやれとしぐさをした後に改めてかばんに向き合って答える。


「まったく、ポンコツ舞台装置達を駆使して冒険物語を創り上げる?

 とんでもない無茶振りなのですよ。

 相当な準備をしなければ不自然極まりない茶番劇になるのは目に見えているのです」

「まったく、どれほど膨大な手間と労力が掛かる事やら。 いくら我々が手伝おうとも

 セルリウムを扱えるのはかばんだけなのです。

 時間がいくらあっても足りるはずもないのです」

「しかし、もともと我らセルリウム製フレンズは"サーバルちゃん"の為に造られた存在。

 こうなったら覚悟を決めて全力で役目を果たすのですよ!」

「病気の治療の対価としては大きすぎる気もしますが、物語の準備が完了したその後には

 あの青い服のヒトの子にも主人公役として最後までとことん付き合ってもらうのですよ!」


「ありがとう! 博士、助手! さあ、やらなくちゃいけない事は山積みだよ!

 サーバルちゃんの未来の為に、物語の準備を始めましょう!!」


「うがああああぁぁぁぁ! がうああぁぁああ!!」


ガッシーン ギリギリギリ ジャラジャラジャラ……


研究所の中にひと際大きく獣の咆哮と鎖の軋む音が響き渡った。

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