第5話 ぶたいそうち

「ねえ、博士、助手。 この事についてはだいぶ前から知っていたんだよね?

 どうして今まで黙っていて、僕に教えてくれなかったのかな?」


かばんの口調と表情からは責めるような感じは少なく困惑が多く見て取れる。

博士と助手は慎重に答えを選び、話し始める。


「かばんが、これを見てしまったらショックを受けると思っていたのです」

「特に今のかばんにはこれ以上心理的負担を増やすのは危険と判断していたのです」


「これ以上って、僕は別に心理的負担なんて…… ああ、サーバルを野生に放った事?

 それは……仕方ないことだし、そんなには気にしてないよ。 うん大丈夫。

 "サーバルちゃん"のために必要な事だから。 ちょっと寂しいけれど……大丈夫だから……」


「うう、かばんのサーバル絡みの感情は大きすぎて、寂しさが我々にも漏れ伝わってくるのですよ」

「かばんが我々に向ける意図はなくとも我々の中のセルリウムに想いがびりびり伝わってくるのです」


「しかし今、こうして知ってしまったからには話すしかないですね。 この現象について」

「まだまだ未解明の部分もありますが、その目で確かめるが良いのです」



かばん、博士、助手が居るのはたくさんのモニター画面がずらりと並んだ部屋。

画面には研究所の近くから遠くまでエリア内のあらゆる場所が映し出されている。

かばんはこの部屋の存在は知っていたが、サーバルを野生に放つ前は研究所に居る時間を

ほとんどサーバルと過ごしていたため、博士と助手がここでしている事に興味が向かなかったのだ。


博士と助手は"この現象"をかばんに説明するために準備を進める。

モニターのうちのいくつかに地面に倒れたまま微動だにしないフレンズ達が映し出された。


「この子達は寝ている……にしては様子が変だよね。 まさか、死んでいるんじゃ!?」


「止まっている、もしくは動いてないと表現するべきでしょうか」


「このフレンズさん達、どの子も僕が造ってから何度か会っているけどおかしな所なんてなかったよ?

 まあ、挨拶とか簡単な受け答えが出来る程度の状態だったって事だけど」


「おそらくその状態でいられるのはかばんが、と言うよりおそらくヒトが近くに居る状況の時だけなのです」

「この録画映像が分かりやすいので見てほしいのです」


博士が指差した画面には倒れて動かないフレンズが一人。

その横には呆然と立ち尽くしている様子のフレンズが一人。

再生から少しして倒れていたフレンズが突然むくりと起き上がる。

それからしばらくすると画面にかばんが現れ、そのフレンズ達と会話を始める。


「あ、僕が映ってる…… この時の事少し覚えているかも、天気の話とかしたような……」


映像の中のかばんが会話を終え、立ち去ってしばらくすると元は倒れていたフレンズが再びぱたりと倒れる。

立っているフレンズの方も倒れたフレンズを気にかける様子も無く、呆然と立ち尽くしている。


「こんな事が起こっていたなんて……これは僕自身じゃ気づけないわけだよ」


「この映像で確認できた現象は、かばんが近づいたときにヒトが意識せずに発している感情に

 セルリウムが反応して、自立していないフレンズが一時的に動いたという事なのです。

 倒れてしまったフレンズ達は皆、過去にかばんが出会った思い出のあるフレンズではなく

 動物図鑑を見て新しく創作したフレンズですよね? 造る時に込められたイメージが足りてないのです」


「倒れなかった方のフレンズも記憶の蓄積が足りず、自立出来てないのですが、

 かばんが過去に出会った時の記憶から、ヒトと共にいない普段の様子がイメージ出来た為に、

 おそらくそれが設定となって、ヒトの脳波の範囲外でも倒れずに済んだのです」

「倒れてしまった方は自立どころか、設定すら出来ていない状態といった所でしょうか。

 もしも我々だけでこのフレンズ達に会ったとしても、起き上がることも話すことも無いでしょう」


「それじゃサーバルが一人で会ったときもこのフレンズさん達はお話できないんだ。 困るなあ……」



「他の問題があるフレンズ達もいます。 次はこの録画映像を見てほしいのです」


博士が示した画面に一瞬何者かが横切っていくのが見えたが、速すぎるのか残像だけしか確認できない。

助手が録画映像を操作し、スロー再生を駆使して残像の姿を捉えていく。


「チーターさん、プロングホーンさん、G・ロードランナーさん達だね。

 元気にかけっこしているよ。 この子たちは問題無いみたいだね」


「この映像だけ見ればそう思えるかもしれませんが、実はこの子達は昼も夜も24時間ずっと

 かけっこを続けているのです。 同じコースを延々ぐるぐると。 食事も睡眠もとらずに」

「このどこにも繋がってない円状の道はこの子達が走り続けた跡なのです」


「ええぇ!? そんな事を続けていてこの子達、大丈夫なの?」


「我々も驚きましたが、全く疲労は見られず損傷している様子も無いのです。

 セルリウム製フレンズ恐るべしなのです」


「そういえばこの子たちは『いつもかけっこ勝負をしている三人』という設定を決めたとたんに

 走り出して行っちゃってそのままだったんだ。 こんな事になっていたなんて……」


「我々が普段食事や睡眠を必要としているのは、常識的に必要だろうというかばんの認識に

 影響され続けた結果そうなったのであって、本来セルリウム製フレンズには不要であると思われるのです」


「調整し直したラッキービーストに配らせているジャパリまんがほとんど減らなかったのには

 そういう理由があったんだ……」



「うーん、フレンズさん達は記憶を蓄積させて人格構築までしないと設定通りにしか動けないんだね」


「基本はその通りなのです。 ですが実は例外が有るのですよ。 もう一度この画面をよく見るのです」


助手が再度かけっこ三人組のスロー再生画像を映し出す。


「あれ、よく見るとロードランナーさんだけ表情が生き生きして他の二人に話し掛けてる? いや、煽ってる?

 特にロードランナーさんだけ贔屓して感情を込めた設定したつもりは無いのに、何が違ったんだろう?」


「かばん、よく気が付きましたね。 他にもかばんの接触時間の短さの割に感情豊かに見えたり

 自立性が高いフレンズが稀に居ることに我々も気づいて調査を進めていたのです」

「この現象はイエイヌが特に顕著でした。 造られてからあまり経たないうちから自立性が非常に高く、

 かばんが居ない時でも感情豊かな様子を見せながら行動し続けているのです」


「確かにイエイヌさんは外見を造った後、人格構築がまだなのに生き生きと動き出したのを

 不思議に思っていたんだ。 イエイヌさん、僕に懐いてくれて可愛かったけど

 離れてくれそうになかったから 懐きすぎないように調整して一旦お別れしたんだよね。

 だってほら、僕にはサーバル」 「かばん、ストップ! 話が反れているのですよ!」


「まったく、かばんのサーバルの事を話し出すと止まらなくなる癖は困るのです」


「話を戻すのですよ。 イエイヌが旧石器時代から続く人類のパートナーである事にヒントを得て

 我々は次のような仮説を立てると、自立性の高いフレンズ達の顔ぶれに納得できたのです」

「多くのヒトに共通認識を持たれた動物に対しては感情の残留思念のようなものが存在していて、

 それがフレンズのセルリウムに影響して個性や人格が発現したのではないか……と」

「この現象を我々は仮に"魂が宿る"と表現しています」

「ロードランナーについてはカートゥーンアニメというヒトの映像文化の中で登場して

 走って煽るキャラクターとして広く認識されていた為、その魂が宿ったと思われるのです」


「言われてみれば心当たりが有るよ。 ヒトから見て知名度も人気も高いジャイアントパンダさんや

 ゴリラさんなんかは造って間もないころから人格みたいなものが感じられた気がするんだ」


「他にもヒトの生活圏に出没していた、ヒトに飼育されていた、調教されていた、

 ヒトによって絶滅に追いやられた……」

「そういったヒトに関連するフレンズを造った場合に魂が宿る確率は高くなるでしょう」

「とはいえ、イエイヌのように即自立出来るほどの魂が入るのは例外中の例外でしょう

 やはり自立行動出来るフレンズを多数造るには膨大な時間がかかりそうなのです」

「魂が入らなくとも、我々のように接する機会が多ければ記憶の蓄積によりいずれ自立は出来るでしょう。

 例えばかばんが初期に造ったアリツカゲラなどは自立の兆候を見せているのです」


「サーバルちゃんと普通にお話が出来るようなお友達を造るのはたいへんなんだね……」



「異様なフレンズ達を見ても予想よりもショックを受けていない様子ですね。

 ではこの録画映像も見てほしいのです」


博士の示したモニターの上部にはペンギンのフレンズ五人がダンスを踊り歌っている様子、

下部の端には三人のフレンズが倒れ転がって動かない様子が映し出しされている。


「ああ、やっぱり観客のフレンズさん達は、倒れてしまっている……

 "ペパプを応援してるみんな"程度の認識だけで造ったから想いが足りてなかったんだ。

 セルリウムの残量に余裕が有れば観客は大勢造りたかったけれど、そうしてたら死屍累々の惨状になってたよ。

 ペパプのみんなはさすがにしっかり自立出来ているみたいだね」


「ところがペパプの五人もかけっこの三人と同じような状態なのです。

 不眠不休のエンドレスで延々と歌い踊り続けているのですよ」


「ええ? それはおかしいような、だってペパプのみんなは……」


かばんの話の途中で、画面の端で倒れていた三人のフレンズがむくむくと起き上がりだし

ペパプ達の方を向いて応援するしぐさを見せる。

しばらくすると画面の中にかばんが現れて、ペパプ達の前に行くと、

ペパプ達がダンスをきりの良い所で中断した後に、かばんと表情豊かに談笑する様子が映し出される。


「ほ、ほら、 ペパプのみんなはかなり意味のある会話も出来ているし、

 個性も人格も感じられる気がするから、設定だけの動きに縛られないはずだと思うんだけれど」


「確かにペパプの子たちは造ってからの接触時間も長く、ペンギンはヒトからの人気も高いですから

 魂も入って自立が出来ているのでしょう」

「しかしこれほどの歌と踊りが出来るようになるまで、かばんはかなりの想いを込めて歌と振り付けを設定したはずです。

 それが強力に影響を及ぼし、人格をも上書きして普段の動きを支配していたのだと思われるのです

 かばんが近くに行って会話をしたいと欲した時にやっとそれが解除されたのでしょう」


「"強力な設定が人格をも上書きする"……そんな事もあるんだ。

 強制的に操ってるみたいで、サーバルのお友達に向けてすることじゃないなぁ。

 うーん……考えなくちゃいけないことがいっぱいだね」


「とりあえず倒れてしまったフレンズ達には応急処置として、普段は座っているか眠っているイメージでも

 追加設定してやれば不気味さは和らぎそうなのです」



「そうだ! サーバルは大丈夫なのかな? 野生の中で止まって倒れてたりしたら大変だよ!」


「心配無用なのです。 サーバルの様子もここから監視していましたが、木登りしたり、お昼寝したり、

 木の実を食べたり、他のどのフレンズよりも生き生きと自立行動し続けているのです」


「そうか、良かった……あ、でも 倒れたまま動かない他のフレンズさんを見て

 優しいサーバルが心配したらかわいそうだよ! 倒れてるフレンズさん達の追加設定をしに行ってくる!」

「ああ、待つのです、かばん! まだ話が……」


かばんが部屋を走り去り足音が遠のいていく。 足音が聞こえなくなって暫くすると


ずずずずっ とさっ

ずずずずっ とさっ


博士と助手は椅子からゆっくりとずり落ちて床に転がる。


「…………動けますか? 助手」

「手と足だけならなんとか。 体幹が安定せず立ち上がるのは無理ですが。 博士」

「こちらは上半身と羽が動かせるように。 だいぶマシになってきたのです」


冷たい床に転がったまま博士と助手は話し続ける。


「この調子だと、かばんが範囲外でも完全に動けるようになれるのは半年後くらいでしょうか」

「かばんが時間をかけて人格を構築し、毎日のように接している我々でさえこの有様なのです」

「我々の場合は、かばんに自主的な働きを期待されている為に、

 普段の様子が設定されていないせいも有るのでしょうが」

「たまに接する程度のフレンズではよほど大きな感情を注がなければ自立行動に至るのは難しいでしょうね」

「大きな感情と言えばかばんのサーバルに対するそれは桁外れなのです。

 今のサーバルは造られてから野生に放つまでの時間が我々よりはるかに少ないのにあの動きようなのです」

「無理もないのです。 かばんが造ったフレンズ達は全て"サーバルちゃん"の為に有るのです。

 ……我々も含めて」


「それにしても、あの不気味な状態のフレンズ達を見てもかばんが平然としていたのは予想外でした」

「最初はかばんのフレンズ達への態度が冷徹に思えたのですが、よく考えればそれで良いのかもしれません。

 『怪我したらかわいそう』などと感情持って接すれば本当に怪我を負うフレンズになりかねないのです」

「確かに。 外見と設定だけで造られたフレンズは補給も要らず疲労もせず驚異的な強度を持ちますからね。

 ……かばんがそれを意識してフレンズ達を造っているのかは分かりませんが」


「しかし……ヒトの居ないところでは設定された動きしかできない、魂も無いフレンズ達。

 フレンズと呼ぶのはためらわれる気がするのです。 なんというか……」


「フレンズの形をした何か?」「ヒトの為にだけに動く駒?」「ヒトが側に無ければ動かない操り人形?」


「いえいえ、もっと単純に、ふさわしい呼び方は……」 「これですね」


「「舞台装置」」

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