第4話 らっきーびーすと

研究所の一室でソファに深く腰掛け、静かに読書をしていた博士と助手の耳がピクリと動く。

遠くからサイレンのような音が聴こえ、それはだんだんとこちらへ近づいてくる。

博士と助手は慌てて本を閉じる。


「ああもう、この音は! またなのですか!? 助手! いつもの準備をしなくては!」

「了解なのです。博士! まったく、我々は騒々しいのは苦手だというのに!」


けたたましいサイレンに機械的な音声が混じった音と共にかばんが研究所に駆け込んでくる

それを見て博士と助手はソファから立ち上がり、慣れた様子で配置につく


「博士! またいつもの『これ』! お願い!」


かばんが後ろをふり向いて指差す相手は目と耳を赤く点滅させ続けるラッキービースト。

この一連のやり取りの間ずっとサイレンと共に機械的な音声をループ再生し続けている。


「警告! ケイコク! 当エリアはセルリアン発生の危険性大の為立入禁止デス

 権限ヲ持たないヒト及び全てのフレンズは誘導に従って直ちに退避してクダサイ

 警告に従わない場合ハ別動隊にヨリ強制的ニ排除サレマス 繰り返しマス

 警告! ケイコク! 当エリアは」


かばんの後を追いかけて走るラッキービーストを博士は拾い上げ、

助手が用意した作業台へ運ぶ。


「かばん! あとは我々に任せて奥の部屋へ! 助手! 作業台にセットを!」


作業台の上に固定され、足を空回りさせているラッキービースト。

博士が工具を駆使してそのボディから本体であるレンズ状の部品を取り外すと

ボディ部分が停止しサイレンが鳴り止む。 検出能力が損なわれた為か音声の内容も変化する。


「検出対象ロスト 対象:権限ヲ持たないヒト エリア内に残留の可能性アリ

 検索中 ケンサクチュウ ……」


「少しは大人しくなりましたね。 あとは、これをこうして……と」


なお音声を発し続けるレンズ状部品の枠に博士は工具を差し込み、

内部の小さなスイッチを操作する。


「検索中 ケンサクチュウ 検索中 ケンサクピュー……  」


「ふぅ…… 強制シャットダウン成功なのです。 やっと静かになったのです」

「四回目ともなるとだいぶ慣れてきましたね。 かばん! もう済んだのですよ!」


奥の部屋に避難していたかばんが顔を出す。


「ありがとう、助かったよ。 博士、助手。 『これ』の後処置もお願いするね」


「了解なのです。 次の起動の前に権限者リストデータにかばんの情報を追加しておくのです」


騒動が収まり、かばんは一息ついて改めて博士たちと話し出す。


「うう、何度追いかけられても慣れないなあ、この警告は一体なんなんだろう?

 ここではセルリアンなんて一度も見たことないのに、どうして追い出そうとするのかな?」


「データの履歴を解析した所、警告モードが設定されたのは少なくとも

 数十年以上も昔なのです」

「別動隊とやらも来る様子は全く無いですし、環境に大きな変化があったに違いないのです」


「フレンズも退避の対象みたいだからこのエリアでフレンズさんを

 全然見ない理由は分かったけれど、博士たちにはどうして反応しないのかな?」


「おそらくラッキービーストは、ヒトはヒト特有の脳波、

 フレンズはサンドスターの反応で検出しているのです。

 セルリウムで造られ、脳波がヒトと異なる我々は検出対象にはならないと思われるのです」


「それなら野生に放ったばかりのサーバルが『あれ』に追われる心配は無いんだね。

 安心したよ」


「そういえば、よくサーバルを野生に放す事に同意しましたね。

 かばんはいつもサーバルにべったりでしたから、拒まれるかと思ったのですが」


「それは、博士に指摘してもらった通りだと納得したからだよ。

 サーバルちゃんは僕と出会う前はさばんなちほーの野生の中で暮らしていた。

 その時の野生の記憶は僕に無いから、僕からサーバルの中の

 セルリウムに与えることはできない。

 サーバル自身が野生に暮らして体験を記憶に蓄積して貰うしかない……ってね。

 サーバルが"サーバルちゃん"になるためには必要な事だから

 しばらく会えないのは寂しいけれど我慢するよ」


「よく我慢できたのですよ、かばん。 えらいえらいなのです」

「いずれきっとかばんが望む"サーバルちゃん"となって再開出来る日が来るのです」



「ところでかばん、気になっていたのですが『ラッキーさん』とは呼ばないのですか?」

 ラッキービーストを『これ』『あれ』呼ばわりするとは、

 かばんらしくない気がするのですが」


「うーん、僕もそう思うんだけど…… 僕だってここで初めて『あれ』に会ったときには

 懐かしい声が聞けるかと期待して『ラッキーさん! おーい!』って声をかけたよ。

 でも僕を見つけたとたんずっとあの警告モードで追い回してくるし、

 まともにお話できないから……」


かばんは本体が抜かれて抜け殻になったラッキービーストのボディを

横目で見ながら表情を曇らせる。


「それに『これ』が目と耳を赤く光らせているのを見ると、

 なんだか胸が締め付けられるような、

 ものすごく怖いことを思い出しそうになるような……なんだろう……この気持ちは……」

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