第3話 きおくのちくせき

「それでね、そこで見つけた大きなアリ塚を見てたらアリツカゲラさんの名前を思い出して、

 だから次に造るのはアリツカゲラさんにしようって決めたんだよ」

「そうなんだ! かばんちゃんすっごーい!」


研究所の一室でかばんとサーバルの会話が弾む。

1枚ドアを隔てた隣の部屋で猛禽のフレンズ達が手元の書物のページを捲りながら話す。


「また始まりましたね。 助手」

「またいつものなのです。 博士」


最初はいつも楽しそうに始まるかばんとサーバルの会話。

サーバルは同じトーンで同じ言葉を何度も繰り返す。


「そうなんだ! かばんちゃんすっごーい!」


対するかばんの方は次第に声のトーンが低くなっていく。


「そしたらね、こんどはペパプのみんなを造って……」

「そうなんだ! かばんちゃんすっごーい!」

「サーバルちゃん……、まだ話の途中だよ、あはは……」

「かばんちゃん! すっごーい!」

「いや、あの、だから……ね」

「すっごーい!」 「すっごーい!」「すっごーい!すっごーい!すっごーい!」


そして最後はいつもかばんの悲痛な叫び声。


「もうやめてよ! サーバル、戻って……戻れ!」


びちゃっ ぼとぼとぼとっ


液体が飛び散り床に零れ落ちる音。 しばらくの静寂。


「今回も1時間持ちませんでしたね」

「最近は持続時間が減ってきているのですよ」


その後聞こえてくるのはため息と液体がビンに注ぎ込まれる音。

そしてかばんはドアを開け、ビンを持って博士と助手の居る部屋に現れる。

ビンの中身はつい先ほどまでサーバルの形をしていた黒い液体。

博士と助手にとっては何度も繰り返され見慣れた光景。


「どうして……サーバルはああなっちゃうのかな……?

 博士たちと同じようにお話出来ればいいのに……」


暗く疲れた顔のかばんが前に座ると、博士と助手は書物を閉じて話し始める。


「ようやく分かってきたのです。 かばんからサーバルに向けられる感情が強すぎるのが

 原因なのです」

「かばんのサーバルへの強すぎる感情に黒い液体が過剰反応して暴走しているのです」


「そんな……博士と助手で成功したから、想いが強いサーバルちゃんなら

 もっと上手く行くと思ったのに……」


「生成されたフレンズを完全に崩して元の液体にまで戻してしまうと、

 それまでに蓄えられた記憶まで消失するようなのです」

「造るたびに元の液体に戻さざるを得なくなっている現状では、

 サーバルに記憶が蓄積されていかないのです」


「かばんにとって我々は親しくはあっても一定の心の距離を保った関係でした」

「我々も造られた当初はオウム返しのような受け答えしかできなかったはずです」

「しかし適切な心の距離があったおかげで、

 我々の不自然な挙動を見てもかばんは失望も少なく受け流し

 黒い液体に過剰量の不快な感情を向けなかったおかげで暴走に至らなかったです」

「そして、液体に戻されず時間を掛けてかばんの我々への認識と記憶が

 我々の中の液体に蓄積され続け、その結果我々は今の人格を得られたのです」


「そうか、僕はサーバルちゃんへの想いが強すぎて、

 少しでもサーバルちゃんと違う不自然さを感じたら

 それに失望する気持ちが液体に強く伝わって、

 そのせいでますますおかしなサーバルになってたんだね……」


「一気に完全な"サーバルちゃん"を造ろうと焦らず、

 違和感を覚えそうになったら一旦心の距離を置くのです」

「まずはサーバルの形を保ち続けることを目指すのですよ」

「継続は力なりですよ、かばん。 記憶の蓄積が人格を作るのです」

「そうすればサーバルも日常会話の真似事くらいはすぐ出来るようになりますよ。

 他に造ったフレンズ達のように」


「"記憶の蓄積が人格を作る"……か」


かばんの表情には明るさが戻っていた。


「うん。 分かった。 やってみるよ……ありがとう! 博士! 助手!」


「我々の感情には黒い液体は反応しないので手伝えないのが残念ですが、

 成功を祈っているのですよ」


「それにしても博士と助手はすごいね。 もう僕の操作から離れて自立してるし、

 僕の記憶と認識から造り出したはずなのに知識も知性も僕より優れているように感じるよ」


「かばんが"サーバルちゃん造り"にかまけている間に、

 この研究所の書物を読み漁って知識を蓄えたのです。

 例えばこの黒い液体の名前は"セルリウム"なのです。 他にも色々教えてやるのですよ」

「知性については、かばんが我々の特長を強く認識していたおかげなのです。

 我々の中のセルリウムに色濃く反映されたのです」


「博士と助手の特長……そっか!」


「そうです」「我々は」


「「賢いので」」

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