第2話 けんきゅうじょ

きょうしゅうエリアから飛び立ったサンドスター・ロウは

風に乗って海を越え、大陸を越え、光に包まれ不思議な空間を越え、

さらには2000年の時の流れまでをも一瞬で飛び超えて遥か遠くへ運ばれて行った。


やがてサンドスター・ロウに取り付いた意志は冷めて徐々に高度を下げていく。

このまま地面に落ちて時が過ぎればやがて"意志"は冷え固まって"石"となり、

時間をかけて"記憶"に応じた姿に形作られたセルリアンへと変化する。


はずだった。


しかしこの時は奇跡が起こった。

とびきりの特別な場所。 黒い水で出来た池。 サンドスター・ロウはそこにべちゃっと落下した。


サンドスター・ロウに取り付いた冷えかけの意志が、その想いを遂げるために記憶を探ろうとすると

黒い池の水はその意志に応えるようにどろどろと形を変えてサンドスター・ロウを包み込み

それを中心にヒトの頭の形をした黒い塊が造られた。


黒い塊の中の黒い水から造られた脳は思考する。

探さなくちゃ……何を探すんだっけ? 分からないけど探さなくちゃ

探すためには動かなくちゃ 動くためには体が、手足が欲しい。 黒い水はその願いに応えた。

頭の形をした黒い塊にどろどろと黒い水が集まると、やがて黒い体が、黒い手足が造られた

全身を得たヒトの形の黒い塊は立ち上がり、思い出せない何かを探すために歩き始めた。


大自然の風景が広がる中を長い時間をかけてどこまでもどこまでも黒い塊は歩き続けた。

どれほどの時間が過ぎたか分からない頃、黒い塊は高い壁に囲まれた場所を見つけた。


黒い塊は記憶の中の知識と照らし合わせて思考した。

高い壁? ヒトが造ったもの? 中に入れば誰かが居るかもしれない。

誰かに聞けば探しているものが分かるかもしれない。


居るかもしれない誰かとコミュニケーションする為に

ヒトの形をした黒い塊は記憶から自分の形を思い起こし、徐々に色付いて、

羽の付いた帽子を被った完全なヒトの子の姿になっていた。

高い塀に囲まれた中には何かの研究の為に建てられたような建物、研究所が見つかった。


「ご、ごめんくださーい。 どなたか、いませんかー?」


ヒトの子は研究所の中を探索する。 しかしいくら探しても誰の姿も見当たらない。

入れる全ての部屋を探し終えようとする頃に見つけた部屋で

テーブルの上のビンに入れられた黒い液体がヒトの子の目についた。


ヒトの子が黒い液体の独特の光沢を見つめていると、

何故か探しているものがこの中に有りそうな確信が閃いて、思わずビンに手を伸ばした。

慌てたせいで手がビンをつかみ損ねて弾き、倒れたビンから粘性のある黒い水がどろどろと

テーブルに広がっていった。


「あ、しまった! 零しちゃった。 集めて元に戻さないと……」


ヒトの子がそう思ったとたん、テーブルの上の液体が広がるのを止めて、

テーブルの中央に集まって纏まり、黒い塊を造り出した。


「え? 今この黒い水、僕が思った通りに動いた……?」


ヒトの子は黒い塊が動く様子を想像する。右に動くと思えば右に、左に動くと思えば左へ

空中に浮かぶと思うと本当に黒い塊は宙に浮かび、丸い塊となって静止した。


「すごいや、この黒い水。 本当に僕が思った通りに動く……自由に操れるんだ!

 ああ、でも こんな事してる場合じゃなかった。 探さないと……何を探すんだっけ?」


ヒトの子は目の前に黒い塊を浮かべたまま、探しているものを思い出そうと記憶を探る。

すると目の前の黒い塊がヒトの子の思い描いている像をなぞるように形を変え、膨らんでいく。

黒い塊はヒトの子と同じくらいの大きさまで膨らむと、ヒトの形に、いや頭には長い耳が、

おしりには尻尾が、黄色くて、模様の付いた毛皮で……


ヒトの子は探していた者の姿を完全に思い出した。 それと同時に

黒い塊だった物は色付いてネコ科のフレンズの完全な姿になっていた。


「サーバルちゃん!」


ヒトの子は探し続けていた者の名前を思い出した。


「僕だよ! かばんだよ! 分かる? かばんちゃんって呼んでみてよ!」


ヒトの子は自分の名前を思い出した。


「かばんちゃん!」


サーバルはかばんが想像した通りの声で答えた。 かばんは思わずサーバルに抱きついた


「良かった! サーバルちゃん! 無事だったんだね!」

「かばんちゃん! かばんちゃん!」

「ねえサーバルちゃん、もっとお話しようよ!

 サーバルちゃんはいつも『すっごーい』とか言ってくれてたよね?」

「かばんちゃん! すっごーい!」

「うんうん、もっと別のお話も……」

「かばんちゃん! すっごーい!」 「かばんちゃん! すっごーい!」


サーバルは同じ言葉を同じ調子で連呼し続ける

かばんはその不自然な様子にだんだんと不安を覚え始め、抱擁を解く。

その不安に応えるようにさらにサーバルは不安になるような様子を見せる。


「すっごーい!すっごーい!すっごーい!すっごーい!すっごーい!」


まるで壊れた機械のようにサーバルは同じ言葉を連呼する。

かばんの不安はやがて恐怖へと変わっていく。

その恐怖に応えるようにサーバルは同じ言葉を連呼したまま

今にも襲い掛かりそうににじり寄ってくる。


「サーバルちゃん……こ、怖いよ? いや、違う? こんなのサーバルちゃんじゃない?

 僕の思った通りになるのなら、まずは一旦、元の黒い水に戻って!」


かばんが強く念じるとサーバルの形をした物は彩りを失い、

大きな黒い塊に変化すると崩れ落ちた。


びちゃっ ぼとぼとぼとっ


床に散らばった黒い液体はしゅうしゅう音を立てて体積を減らし

次第に元のビンに収まるほどの量へと縮んでいく。


「はあ はあ はあ こ、怖かった…… せっかくサーバルちゃんに会えたと思ったのに……」


しばらくして落ち着きを取り戻したかばんは 床の黒い水を操り元のビンの中に戻す


「失敗しちゃったけれど、この液体をもっとうまく操れるようになれば

 きっと僕の探し続けていたサーバルちゃんを……造り出せる。

 でも……またさっきみたいになるのは嫌だよ……

 まずは誰か……他のフレンズさんで造るのを練習してみよう。

 できれば相談したり頼ったりできそうな人を……そうだ! あの二人なら」


かばんは戸棚の中に黒い液体のビンが幾つも並べてあるのを見つけると

その内の二本を取り出して床に並べ、頼れそうな二人のフレンズの姿を思い描いた。


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※冒頭の描写で飛行中のサンドスター・ロウは不思議パワーによって異世界にワープしました

 ここから先の物語は、けものフレンズ一期とは無関係の異世界での出来事になります。

 記憶に留めておいて下さい。

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