第21話 まずは何より命の算段

 鵜飼の鵜達が音に驚き大騒ぎするところをお市は宥めつつ、


「ほらっ、皆っ、水面に走ってっ、声を掛ける迄戻ってきては駄目っ」


 自分より先に鵜の群れに逃げるように追い立て、藤次郎が小舟の棹を握るのを見て、


「門馬様っ、早くこちらにおいでなさいっ。藤次郎っ、もう少し待ってっ」


「今の、鉄砲だよ、姉さんっ。暗い中で見境なくぶっ放す奴ばらだ。グズグズ出来ないっ」


 呼ばれている兵庫之介は緊張の色はあるものの、


「ああ、到着しましたね。お市さん、藤次郎さん、今の音は味方のものです。種子島を三丁なんて持つわけが有りませんし、放つわけもありません。あれは似せた火薬の音です。敵も驚くはずですし、ついでに心強い援軍が到着したことを知らせる符牒でもあります。まあ、本物も一つありますが・・・・・・この暗さでは敵も味方も使えませんので、大丈夫ですよ」


 と、ホッとした声音で、二人に向くと、


「とは言え、先ほど伝えました中州迄お願い致します。音の三つは気を抜くなです。音につられて役人も敵も味方も直に此処に集まりましょう。お二方には万が一にも何かあると困りますので、退いて下さい」


 と真顔で伝えた。


 藤次郎は瞬時に頭の中で様々なことを考えていた。

 なぜ、門馬様が援軍としてきたのか? 誰に送られたのか?

 この危難は侍がらみのややこしいもので、命のやり取りが前提だ。

 迂闊な立ち回りをするとこの場をいかに上手に切り抜けても、後々、おつかわし屋の皆に暗い影を落とすのは間違いない。

 命の危険があるこの場所を切り抜けつつ、この後を如何にすればよいか。

 手札は誰にも教えず、何の脅威も与えぬ毒にも薬にもならない存在で居る事も肝要だ。

 瞬きの二つ三つの間に、目まぐるしく頭の中で考えを張り巡らせていた。


 わんわんわんっ。


 そこに黒丸の声が聞こえてきた。辰吉が戻ってきたのだ。

 表でバタバタと音がすると、呼子の笛の音が高らかに鳴り響き、それに合わせて戸口から見知らぬ若い侍がハラミツを従えて、血相を変え飛び込んで来た。


「兵庫之介っ、無事かっ」


 藤次郎は若い侍をじっと見つめた。

 得意の見取りである。

 松明に照らされるその顔は、やや太い眉に意志の強そうな光を灯した眼差しときりりとした口元。悪者ではなさそうだ。

 しかも四方を睨みつけながら目立つように立ち止まり大声で叫ぶという、命のやり取りが行われている修羅場ではやってはならないことを、この若い侍は意識してやっている。

 腕に自信があるのか、自分をわざと的にすることで味方の時を稼ごうとしているのだろう。

 

「十郎太っ。ここだ」

 

 兵庫之介が応え、駆け寄る。

 ハラミツは小舟の前のお市と水面に羽ばたく鵜達を見て安堵のため息を付いて、


「お嬢さんっ、怪我はないか」


 とお市の傍へ駆け寄ろうとして、


「わんわんっ」


 それは止せと間に割って入った黒丸に足止めされていた。


「おお、済まねえ。大事なお嬢さんに悪さはしねえ」


 と、本気で黒丸に詫びを入れていた。


「こっちはこっちで中々の修羅場だな。お嬢も伊平も怪我は無いようでまずは良し、ってところかい」


 声と同時に、辰吉が慌てるでもなくひょいと姿を顕すと、


「お侍様方、話しは後で。まずは一旦、命の算段取らせてもらいますよ」


 実に落ち着いたのんびりとした口調で在りながら、否とは言えない迫力を総身から溢れさせて、兵庫之介と十郎太、ハラミツを絶句させつつ動きを封じ、藤次郎と黒丸すら押し黙らせていた。


 お市は急に押し黙る皆を不思議顔で見渡しながら、小舟を指しつつ、


「これで皆揃った。門馬様もお連れの方も、ハラミツさんも一緒に」

 

 と一息に捲し立てた。

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