第17話 めぐる想いとはかる頭
お市は考えていた。
鵜飼の御家で盛り立てて士分の身分になっている筈なのに、鵜を大事にしている様子がない。
それどころか、ハラミツの言を鵜吞みにすればだが、害を加えようとしている気配さえある。
おつかわし屋で言えば、牛や馬を害するというようなことだ。
何故そうなるのか? そうしようと思うのか?
考えても考えても答えは出で来ないし、出そうにもない。
眉が八の字になり、健康的な唇がへの字に曲がっている。
さっぱり、分からない。
悪いことをする人たちの考えを推して測るのはとても難しい。
どうしても理解が出来ないのだ。
まあ、いいや。
生命を助けて笑顔を増やす。
其の為に出来る事、自分が出来る事をやり切るだけだ。
そういう難しい事は、辰吉さんと藤次郎に任せるとして、あたしはあたしが出来る事をしようっと。
そうと決まれば、教えてもらわなきゃ、ね。
「ねえ、藤次……湯治が好きな伊平さん」
鼾をかいて横になっているとは言え、何時ハラミツが目を覚ますとも分からない。
辰吉の段取りを崩すわけには行かないと、慌ててお市は言い換えた。
「何だい、姉さ…・・・お市お嬢」
藤次郎は言い回し迄伊平の真似をして答えた。
うなじのあたりがむず痒くなり、益々八の字眉に磨きがかかるお市であったが、其処はぐっと堪えると、素直に疑問を口にする。
「鵜飼の御家で鵜に害をなそうって、半端な覚悟じゃ出来ないよね?」
「ああ、勿論、そうだと思う……いますよ。お市お嬢。今回は特に幕閣のお偉方が御顔を並べて拝謁される栄誉の漁。何かあれば人の首の一つや二つは飛ぶかもしれないって……という事は……」
「そう、其処なのよ。御上を怒らせて無事に済むわけは無いのにさ。わざわざ怒らせようとしている訳でしょ? この家の御主人でもなければこんな事出来る訳ないけど、此処の御家に恨みのある人がこの家の御主人って、もう訳が分からない。何とかして?」
藤次郎は相も変わらずの姉の勘の良さにハッとさせられていた。
考えを張り巡らせているわけでもないのに、ツボを押さえているどころか、何かが見えているとしか思えない。
これもお市の持つ不思議のせいかもしれないと思いながら、危うい思いをしなくても済む手を見つけるべく、思考の網を意識に投げ込んだ。
「うーん。この家が損をしても問題が無く、何かしらの益を得られる。それは間違いない。益は何ぞ? 鬱憤を晴らすだけならやり過ぎだし、銭金ならばそんなに大金がもらえるようなことだとも思えない……何を貰えれば、何を懸ければ・・・・・・いや、狙いは別で・・・・・・鵜飼を舞台に・・・・・・」
藤次郎が顎に手をやってぶつぶつ言い始めたのを、お市は固唾をのんでじっと見ていた。
こういう時の藤次郎に今まで何度も助けてもらっている。
何でも頭の中で、自分と合議しているらしいのだが、最近は大の大人が、それも凄くしっかりした雰囲気の大人が教えを請いに来るくらい凄まじいものになっている。
今孔明。そう呼ばれるほどに。
お市はそれが嬉しくてたまらないのだ。
近くにいる身内の自分ですら舌を巻くことが最近はめっきり増えた自慢の弟は、姉にそう思われているなどと露ほどにも思わず、何が危ないのか、どう危ないのか、厄災の芽を見つけるべく縦横無尽に思索の海を渡っている。
勿論、その思索は自分の為では全くない。
しばらく黙って考え込んでいた藤次郎の顔が見る見る青ざめ、固くなった表情のままの物言いでお市を見つめながら言った。
「お市お嬢さん。此処は伊平が何とかしますので、日が昇る前にここを発って一度店に戻ってください。日が昇り始めるくらいがちょうどいいと思いますので、お願いします」
藤次郎の物言いに表情に決意が溢れている。
「何言ってんのよ。あたし仕事を何もまだ済ませていないし、――冗談は・・・・・・」
真っ直ぐに自分を見つめる藤次郎の眼の色に、お市も言葉を折って心持を変えた。
「何が起きようとしているの?」
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