第15話 事の語りの手間いらず
鳥屋は通常、丸太と藁で編まれたこもむしろで作られる質素なものであるのだが、大男のハラミツが案内した鳥屋は、板塀に土壁で丁寧に仕上げられ、土間も綺麗に整えられ、寝間の藁もふんだんに置かれている大層立派な造りであった。
藤次郎も辰吉もここまで立派な鳥屋は初めて見る。
そんな感心一頻りの二人を他所に、お市は大きな瞳をキラキラさせながら、初めての鵜飼の鵜を相手にしていた。
「へえ、皆、海鵜なのね。川で漁をするのに何か理由はあるのかしら? そして皆つがいか。気質が穏やかなのはその所為ね。どの子も綺麗で羽の色つやも素敵」
鳥屋の鵜達が、わさわさとお市の許にやってきて、ぐわぐわ鳴きながら何かを訴えかける。
お市は鵜の羽を拡げたり、口の中や目の周りを覗いたりしながら、うんうん頷き、
「そう、そうなの。美味しいご飯もしっかり貰っているのね。ハラミツさんともう一人の男の人が安心かぁ。その二人に特に大切にしてもらっているんだ。成程……」
「姉さ……お市お嬢……さん、それぐらいにしてよ……下さい。此処は余所様の大事な鳥屋でございます」
相も変わらず自分の不思議に無頓着な姉の物言いに、苦虫を嚙み潰したような顔つきの藤次郎が誤魔化しながら言葉を吐いた。
はっとするお市がしまったという顔でハラミツに振り返り、大きな瞳に驚きの様子がまざまざと浮かんだ。
赤鬼のように怖かった大男が突然にぽろぽろと涙を零して泣いていたからである。
「……先代様が亡くなられてからというもの……こんなに大切に……みんなに話をしてくれる人は……誰もいねえ、いえ、居なかったです。俺は、俺は嬉しい……お嬢さん……おつかわし屋には山姫様の加護があるって噂聞いたけど、御加護は……お嬢さんの心ん中まんまだ。ありがとう、ありがとう。先代様とここの皆に代わって礼を言わせてもらいやす。本当にありがとう……」
泣きながら消え入りそうな声でそう告げると、大男は地響きが立ちそうな勢いでその場に倒れこんだ。
辰吉と藤次郎がすぐさま体を支え、お市も何事かと傍に駆け寄ると、ハラミツは涙で濡らした瞳を閉じて、ぐおーぐおーと鼾をかき始めた。
瞬間、険しい眼をして辰吉があれやこれやと脈を取ったり、色々探っていたが、
「如何やら、安心して眠ってしまったようだ。何日か寝て無かったんだろう」
「辰じい、お願いがあります」
お市の真っ直ぐすぎる視線を受けて、辰吉は笑って頷いた。
「ああ、分かった。色々段取りはつけるから、任しといてくれ」
「ええ、まだ何も言ってないじゃない。あたし―― 」
「ああ、大丈夫だ。鳥屋の見張りはここの近くの宿場の衆に当てがあるし、誰が悪さしてんのか、此処の主人の様子も含めて探りは入れておく。このハラミツさんと鵜のみんなが笑顔になれるように、お嬢の思うお節介は焼くさ。でも、深入りはなんねえ事は二人とも忘れないでくれ。どうにもきな臭いからな。首を突っ込み過ぎると宜しくないのは肝に銘じておいてくれよ」
事の語りの手間いらず。
若い時分の昔からそう語られている辰吉の流石に、藤次郎は憧れの偉人を見るように見つめ、お市は、
「辰じい、頭の中を覗く不思議は止めてよね。人の頭の中を覗くのはあんまりよくないと思うの」
と、自分の頭を押さえてこれ以上考えが零れないように身構えていた。
足元の黒丸は、少しばかり喉が渇いたので、お市の顔を見ながら小さく吠えていた。
大鼾をかくハラミツの顔を心配そうに見ていたお市が、
「ここの家人の誰かを呼んで来る。少し待っていてね」
と小走りで出ようとしたところを、藤次郎が差し止めた。
「もしかすると、この屋敷の中にハラミツさんの味方はいるかも知れないけれど、今はまだ分かっていない。ハラミツさんが倒れたって聞けば、良からぬ奴らを喜ばせるだけだし、内緒にしておこう。藁も沢山あるし、造りもしっかりしているから、夜露の心配もいらないし、姉さんと黒丸に、アオもいる。辰吉さんにおいらも当然。そこそこの陣容を構えられるから心配いらないよ」
辰吉は藤次郎の頭の回りの速さに舌を巻くと同時に、先ほどまで襲われかけていた大男の心配を当たり前のようにするお市の心根に、ただただ笑顔で頷いていた。
黒丸は喉が渇いて水が飲みたくて、小さく吠えながら気付いてもらうのを辛抱強く待っている。
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