第14話 赤鬼を照らすは真心の絆

「待って、待って下さい。私共は鵜の具合を診るように頼まれたおつかわし屋の者どもでございます。決して傷つけるような真似は致しませんっ」


 お市が朗と大男に声を掛けた。大男はそれに応え動きを止める。


「お前たちが嘘を言っていないって言う証拠は何処だぁっ。言ってみろ、そうじゃ無きゃあ俺は許さねえぇぞ」


 動きは止めたが殺気は総身に回って、中々の迫力である。

 しかし、お市も負けていない。真っ直ぐに大男を見据えながら、怖さを噛み殺して踏ん張っている。


「前に一度、此方へお邪魔した時に、文を忘れて追い返されたことが御座います。それが私です」


 お市の声を聴きつけて、黒丸が飛ぶようにやって来ると割って入り、


「ぐるるるる」


 大男相手に激しく唸りを上げ牙を剥く。

 黒丸はお市に仇為す人も獣も容赦しない。普段からのほほんとした犬なのだが、その欠片も見いだせない程怒気を放っている。

 あと一歩でも踏み出そうものなら、噛み殺さんばかりの勢いの黒丸に、大男は驚いて目を瞠った。

 そうして、大男はお市とお市を守るように立ち塞がる黒丸を交互に見比べ、


「ああ、分かった。済まなかったな。許してくれ」


 素直に詫びを入れると、鉄の棍棒を脇へと置いた。


「おつかわし屋の話は聞いている。それに、その犬が必死になって守るあんたは、わりぃ奴じゃあ無いんだろう。人の言う事は嘘ばかりだが、獣は嘘をつかねえ。あんたとその犬を信じるよ」


 大男は近くの丸太にどっかりと腰を下ろして、改めてお市、藤次郎、辰吉の顔を見て頭を下げた。


「済まねえ。鵜に悪さする奴らが居てな。ここで番をしてんだ」


 話を聞いて辰吉は顔を曇らせ、すかさず大男へと近づく。


「そうかい。なら、見知らぬ奴等が近付けばそりゃあ殺気立ちもするだろうよ。事情も知らずにこんな時間にほいほい押しかけて悪かったな」


 そう優しく声を掛けると、


「どこのどいつか見当は付いているのかい? 何なら相談位乗るぞ。何せこちらも商売で此処に来ている。看板が掛かっているから、半端は出来ねえしな」


 と、真顔で声を掛けた。

 藤次郎もすかさず辰吉の意図を組んで、大男を味方にするべく、


「番をしなければならない程ならば、我々もお手伝い致しましょう。幸いにして鳥獣の扱いには皆慣れております。それに何かお伺いできれば、更なる一助も出来るでしょうし」


 そう尋ねると、赤鬼は少しばかり考え、黙したまま、ぺこりと頭を下げた。

 ただ頭を下げただけなのだが、随分と年下の若造に素直に頭を下げられる心根に、藤次郎は勿論、お市も辰吉もこの大男の人柄を垣間見たような気がした。

 辰吉が大男に歩み寄ると、お市と藤次郎を隣に並ばせた。


「お前さんみたいな迫力の大男に守られてんなら、鬼に金棒だろうさ。知っているようだが改めて名乗っておこうかね。そっちの器量良しはおつかわし屋の看板娘で、鳥獣の見立てに評判のお市お嬢さん。隣は若党の伊平、そして俺は番頭の爺の辰吉という。暫くの間よろしく頼む」


「鳥獣萬指南、おつかわし屋のお市と申します」


「同じく、とう……湯治が好きな伊平と申します」


 辰吉が二人を名乗らせるとお市の得意技が炸裂する。

 誰もがつられて笑顔になる輝いた瞳を伴った満面の明るい表情で、


「信用できなければ、付きっ切りで見張って貰って構わないので、鵜の面倒の少しばかりのお手伝いをさせて下さいな。それで、お名前は何と仰るのでしょうか? 呼び名が判らないと困るから」


 怖くない相手だとわかった途端、にこにことした顔でするりと懐に入り込む。

 つい先程まで赤鬼の様相だった大男が、今度は照れてしまい目線を外して口ごもりながら、


「ああ、俺の名はハラミツだ。俺の名前はこの先の瑞龍寺の和尚様が付けてくれた有難い名前だよ。坊主にはなれる程の頭はなかったんだが、此処の先代様が雇い入れてくれてな、以来ずっと鵜の世話をしている。詫びと言ったら何だが、鳥屋をちょっと覗いていくかい? 皆、大人しくていい奴ばかりだからよ」


 髭をかきかき、優しく告げているのを、藤次郎は狐に化かされたような顔つきで、辰吉はうんうんと楽し気に頷きながら眺めていた。

 当のお市はそんなことはつゆ知らず、明るい表情で大男のハラミツを照らしていた。

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