第9話 照の慧眼 

 

 門馬兵庫之介が戻って二日ほどたった昼過ぎの刻限である。

 おつかわし屋に壮年と若者の三人の侍が訪ねてきた。


「御免。こちらはお市殿という女性のお宅で間違いないであろうか?」


 三人共に顔つきも声音も普通よりは少しばかり優しく、物腰の柔らかい侍達であった。

 身形もきちんとしており、牢人者や物取りの類ではない。


「はい。お市は間違いなくこちらの娘でございますが、何かございましたでしょうか?」


 お福がたおやかな笑顔を向けながら返答をした。

 お福の笑顔はお市の母親だけあって、見るものを和ませる。

 侍達も皆口角を上げて、易々とした雰囲気で返答をした。


「これは御内儀、御心配はご無用にて。我が藩の者が大層世話になり申して、こうして直接挨拶に参った次第。いまお市殿はご在宅であろうか?」


「これはこれはご丁寧に。門馬様の御家の方々でございますね。食あたりのお侍様が、偶々お加減が悪くなったところに居合わせた田舎娘ですのに、こうしてお越しくださいまして、此方こそ恐縮でございます。お市は只今所用で出かけておりまして、二日程は戻りません。馬借稼業のせわしない処でございまして、申し訳も御座いません。立ち話も何ですので宜しければ、お上がり下さいませ」


 丁寧にお辞儀するお福に目を細めながらも、三人の侍たちは目配せをして、


「ああ、いや、ついでにお礼をと思った次第で、此方をお市殿と皆様に」


 と若い侍が品の良い風呂敷包みを差し出した。


「そんな大層なことでは……」


 お福が断ろうとしたところを、大女将の照が奥から出て来るなり、深々と筋目の入った御辞儀をすると、


「このようにむさくるしい処にまで、足をお運びくださり、お心遣い痛み入ります。有難く頂戴致しまする。こちらこそ返ってお気遣いを向けさせてしまう不調法お許しくださりませ。また、この宿場で馬借にご用向きの際は、お気軽に何なりとお申し付けください。必ずやお役に立って見せましょう」


 朗した声で挨拶をして包みを受けとった。

 そして、少しの合間いくばくか笑い声が漏れ聞こえるような話をすると、侍達を送り出し後姿が見えなくなるところまできっちりと見送った。

 お福は何かを感じ取ったかのような表情で、厳しい目付きの笑顔の照に、


「お義母様。御心煩い、何がございました?」


 そう真顔で尋ねる。


「さて、それが判らぬから困っているのです。二代目と辰吉殿に問い質してみましょう。何か隠し事が有るはずですよ。あのお侍方の物腰といい人数といい、ただ事では有りません」


 照の笑顔のままではあるがきりりとしたその表情は、思慮深く大いに迫力のあるもので、おつかわし屋の大女将は鬼より怖いと評判になるのは当然至極という雰囲気で在った。

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