第6話 毒の香りと共に

 お市は屈託なくニッコリ笑うと、


「私はお市と言います。あっちは弟の藤次郎。私たちはこの先直ぐの宿場に在る馬借とよろず鳥獣指南のおつかわし屋の者です。ご心配ございませんよう。それでお約束の件なのですけど……」


 と明るく言った。

 兵庫之助はその笑顔に見入っていたのだが急に強い眩暈を味わって、近くの立木に腕をついた。


「大丈夫ですか」

 

 とすかさずお市と藤次郎が手を貸したが、兵庫之助はそのまま辺りの景色が白くなり、意識を失ってしまった。


「アオ、こっち来て手を貸して」


 お市は、藤次郎と共に兵庫之助を支えながらアオを呼んだ。

 アオは仕方がないといった風情で、乗せやすく背を低く構える。

 お市と藤次郎は正体を無くした兵庫之助を何とか乗せこんだ。


「気当りかしら。何処にも傷は見当たらないし、蝮に噛まれたような跡も無いから、たぶん大丈夫だと思うけど」


「次々と気忙しい事があるとこうなる人がいるって師匠が言ってた。多分それだと思う。何せ食い殺される寸前だったわけだからね」


 ふうんとお市は言いながら、大小の長物と荷物を籠に入れる。

 黒丸がフンフンと兵庫之介の口元をしきりに気に居て嗅いでいる。


「ん? ちょっと待って。黒丸どうかした?」


「うぉんっ、をんっ、をん」


「ええっ、そうなの・・・・・・黒丸が間違えるわけないし、これはいけない」


 お市の顔がみるみる強張って来る。


「姉さん、まさかとは思うけど……黒はー」


「うん。藤次郎の思う通り、毒だって言っているの。多分カブトギクの匂い……だそうよ。藤次郎、白眉とおっ母狼と子供達をお救い小屋まで御願い。私はこのお侍を直ぐ家まで連れて行くから」


 藤次郎は其れでは駄目だと首を振って、


「いや、相手はお侍様だし、姉さんが連れて往くと色々面倒なことも起きるだろうから、男は男同士の方が具合いい。黒も白もおっ母狼も姉さんと一緒が嬉しいだろうしね。で、どうすればいい?」


 脈を取って、呼吸の様子を見ていたお市は、


「カブトギクは沢山の量だと直ぐに躰に回るから、この感じだと、お侍さんは命には障りは無いと思う。それでも、直ぐにお水を沢山飲ませて、毒を吐かせて。胃の腑辺りを後ろから抱えてやるやつは藤次郎得意でしょ? 強いものじゃあないみたいだから、大丈夫だと思うけど」


「わかった。急いで戻るよ。解毒なら伊平さんに六郎さんも居るから大丈夫。じゃあ、後で。姉さんも急ぐでしょ。気を付けてね」


 藤次郎の目線がおっ母狼に注がれ、それに応えるかのように、わうっとおっ母狼が一声鳴く。


「そうね。じゃあ藤次郎、これも御願い」


 とお市は懐から白い袱紗で包んだ初次郎の位牌を手渡して、


「お爺。うるさくてごめんなさい。山躑躅はまた今度」


 と手を合わせながらぺこりと頭を下げた。

 お救い小屋は初代初次郎がそう名付けた小屋で、人様や子供達に見せるに堪えない場合によく使っていた小屋であった。狼は流石に街道筋の皆に見せて回るわけにはいかない。

 お市は黒丸と白眉におっ母狼を連れ立って、懐に狼の仔を大事に抱えると藤次郎と路を分かれた。

 黒丸と狼を二頭も従え朝焼けの中を歩いていくお市の姿は荒々しくも美しく神々しくさえあったのだが、藤次郎は見ていないことにして家路を急いだ。

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