第4話 若いお侍と狼の仔

「お侍さん。何でそんなことがわかるのっ。どうしてっ?」

 とお市がきつく尋ねた。

 灰王率いる狼の群れは、殺意に満ちた強い闘気を放っていた。

 幼い子供達を守るための本能的な強い怒りであり、幾らお市と言えどその怒りを解きほぐすのは容易ではない。

 お市は咄嗟に感じ取っていた。

 今のままなら、若いお侍が牙に掛かってしまうのを止められない。

 止めるためには最悪、灰王達を向こうに回して相手どらなければならないが、下手をするとお市や藤次郎、黒丸にアオ迄の命の算段をしなければならなくなる。


 其の時はどうすれば・・・・・・。

 灰王を説き伏せるためにもしっかりと聞きださないと……。


 お市の緊迫の具合は藤次郎にも伝わって、知らず知らず手拭を懐手で握りしめ身構え、黒丸も馴染みの群れだというのに頭は低いまま辺りの気配を探っており、アオに至ってはお市に牙を剥いたということに怒り心頭で、鼻の穴から炎を噴き出しているかのような様相であった。


 ピンとした緊張が辺りに張り巡らされている。


 知ってか知らずか、若い侍は震えながらもハッキリとした声で、


「私は門馬兵庫之助と申し、医を志しています。そのきっかけが犬だったのです。御願いです。盗むつもりは有りません。助けさせてください」


 と誠実に答えた。

 お市は少し考えながら、


「お侍さん。何処がどうなのか教えて。おっ母狼に教えないと……お侍さんが食い殺されることになってしまう……」


 と語尾をごにょごにょ聞こえない様に呟いた。


「はい。その仔達は先程沢沿いで水をずっと飲んでいました。その後すぐ腹を下しており、胸と腹の間辺りをとても痛がっています。痛みが故に草叢に出たところで私と出くわしたのです。暖かい場所で、精のつくものを飲ませたり食わせたりできれば、乗り切れることが在りますが、今のままでは到底……でも、人の手が加われば何とかなります」


 お市は藤次郎から狼の仔を二匹とも受け取って抱えてると、灰王と母狼の前まで進んだ。


「いい、あのお侍さんは、おっ母狼の子供を助けたいって言ってるよ。この仔達病気だって。放って置くと死んじゃうって言っている。そして、助けたいって。あたしもそう思うの」


 母狼に差し出しながらしっかりと伝えた。

 お市の言葉を理解したように、母狼は子供たちを愛おし気に舐めて、お市の手を柔らかく舐めた。


「有難う。許してくれるのね。それでね、相談が在るの。あたしもこの仔達を助けたい。おっ母狼に灰王。この仔達と一緒にあたしの処へ行こうよ。あたしとあのお侍さんならこの仔達を助けられると思う」


 灰王はうおっと小さく鳴くと奥から別の逞しい白みがかった矢張り大きな雌狼を呼んで、お市たちの方へと向かわせた。

 地を縫うように右に左に俊敏に動く白みがかった狼に、黒丸が飛燕の如く果敢に飛びかかったが、白みがかった狼は風の様にひらりと躱すとお市へと突進し飛び掛かった。

 お市はそのまま地面に押し倒されて、顔をべろべろと舐め回されている。


「白眉、あなたが来るのね。わかったから辞めてよ。一緒に行くからやめてってば」


 言葉の割には嬉しそうなお市と更に嬉しそうな白眉と呼ばれた白狼であった。

 白眉は千切れそうなくらい尻尾を振っている。負けじと黒丸もお市を舐め回すことに加わった。

 灰王はその様子を見届けて、門馬兵庫之助に冷たい一瞥を投げると声も上げずに、群れを率いて木立の中に音も無く消えていく。

 その迫力は、兵庫之助の全身をわなわな震えさせるくらいの凄みがあった。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る