第20話 不安な想いは不思議にあって

 番屋で辰吉と合流した藤次郎は、どうしても二人で話したいと辰吉を無理矢理連れ出し、裏山の神社の境内に居た。


「お嬢がらみで何があったんだい? かいつまんで頼む」


 言葉を切り出す前から辰吉にずばりと言われて、藤次郎は大いに安心感を得ることが出来た。

 物事の中身や裏を読み、察する事に関して、辰吉ほどの達人はいないと常々思ってはいるのだが、矢張り目の当たりにすると、大いに安心できる。


「はい。実は……」


 商人姿の敵の首魁と思われる男との話のあらましを見たまんま、立ち姿や着物の色に小物の種類、人相の特徴などしっかりと伝えた。


「成程。相も変わらず、藤坊の見取りってのは大したもんだ。お嬢が何でそいつに気付いたかも気になる処だが、まずはその商人姿の男だな。捕り方の皆も今探してはいるんだが、早々は見つからないだろうな。俺は俺で清七さんと番屋の皆に、酒井田様にも直ぐに手配りするさ。そこは気を揉まなくていい」


 藤次郎は、辰吉ののんびりとしているのに、凄く説得力と安心感のある言い回しに、人生の厚みが無いとやはりこうはならないのだろうかと妙な想いを馳せつつ、最大の心配事を相談した。


「有難うございます。でも、心配の大きな種が他にあって、大分宜しくなさそうで、困っているんです」


 藤次郎は、今回の捕り物の際の見たこととお市から聞いたことをしっかり、すっかりと取りこぼしの無いように頭の中でなぞらえながら伝えた。


「そうかい。黒丸と雲雀なったか。清七さんは神様の御加護だって言ってなさったが、実はお市嬢の御加護だったってわけだ。不思議の力が色濃なっているのは間違いなさそうだが、何か手を考えねエと駄目だろうな」


「姉が言うには、雲雀が叩かれたところは同じように酷く痛んだそうです。今回は叩かれただけで済みましたが、もし刺されたり切られたり、潰されたりしたらと思うと……気が気ではありません」


 落ち着きのない藤次郎に、辰吉は日に焼けた顔に思慮深い眼差しで、肩をぽんと叩いた。


「なあ、藤坊。お前さんが心配するのは良く判る。で、だ。どうでもいい話だが、心配って文字はどう書くんだい」


「心を配ると書いて……」


 藤次郎は言いかけてハッと気づいて口を噤んだ。


「そういうこった。配り過ぎるとな、心無しになっちまう。心無しでここに在らずだと何をやっても上手くいかねえ。分かったかい。配り時を間違えちゃあなんねえ」


「はい。分かりました」


 辰吉は腕を組むと空に煌々と輝く半月を見あげて、ううむと唸った。


「しかし、心配なのはその通りだ。不思議でいけば初代も大概だったが、お嬢はそれ以上かも知れないな。釘を刺すだけでは足りない」


 流石は辰吉さんだ。

 もう何か手を考えてくれている。

 藤次郎を覆っていた不安がほぐれていった。


「仕舞い込んで置く事はまず無理。ならもう決まっているさ。刀の刃花って咲けば咲く程切れ味が増す。危なくって仕方がないが、磨き方と振い方さえ知って居れば、いつも冴え冴えとした光を放ち、切れ味も抜群で怪我もしない。お嬢の刃花、使わないって事が駄目なら、いっそ綺麗に咲かせるやり方を覚えてもらう。其れしかねぇな」


 藤次郎にしては珍しく、頭の中であれやこれやと考えず、辰吉の言葉を待った。


「どのようなやり方がいいのでしょうか?」


「そんなのはお嬢しか分からないさ。ただ不慣れなものは慣れるまで何度も何度も繰り返すしかない。しっかり付き合ってやってくれ。頼んだぞ、藤坊。後それとは別に、だな。チョイと話があるんだ」


 辰吉の顔から笑顔が抜けて真顔になった。


「その商人姿の男は、全くもって油断ならねエ、大層危ない野郎のようだ。何せ、のぶせりや素ッ破、乱破の頭だろうからな。相当だろう。そんな奴らの頭目かもしれねえ相手に、よくもまあ、お嬢も藤坊も生命の無茶したもんだ。なあ、藤坊。俺が言いたいことは分かるな?」


 じわりと辰吉からの圧力が高まり、藤次郎に圧し掛かる。

 珍しく、辰吉が怒っている。


「今度ばかりは大目には見れねえ。人殺しの衆とその頭目かも知れねえ相手に、二人ともはしゃぎ過ぎた。見境ないにもほどがある」


「申し訳も有りません」


 藤次郎は生真面目に姿勢を正して、迷うことなく辰吉を見ている。

 心底反省しているようだ。

 辰吉はそんな藤次郎の心底申し訳なさそうな顔を見ると、


「まあ、お市嬢と一緒に後でたっぷりとお灸をすえるとしてだ。藤坊には、一つ大事を教えようかね」


「大事とは何でしょう?」


 いつもの穏やかな笑顔に戻っていた。


「それはな、覚悟だよ。藤坊にまだ足りていないモンだな」


 藤次郎は頭の中でそれは目まぐるしく考えた。

 自分でも自分なりに覚悟をもって色々としていたつもりではあったのだが、果たしてどうだったのか。


 覚悟に関する教えを思い浮かべ、心の前面に一節を並べてみる。


 子曰く、朝に道を聞かば夕に死すとも可なり。

 子曰く、篤く信じて学を好み、死を守りて道を善くす

 兵法に曰く、故に以ってこれと死すべく、以ってこれと生くべくして、危うきを畏れざるなり。


 駄目だ。おいらには、死ぬような覚悟は持てない。危ういのも怖い。

 おいらには、覚悟は無いのか。

 何が怖いのか? 大事な人たちに何かあるのがとても怖い。

 ぐるぐるめぐる頭の中で、藤次郎はお市はどうなのか? と思い返してみた。

 

『皆大好きだから、皆が笑えるようにしたい。だから、あたしでも、出来ることを出来るだけ、遣り切る』


 この旅の初め頃、お市が覚悟を背負ったと言っていた時の言葉だ。

 はっとして、藤次郎は顔を上げて辰吉を見た。


「おう。何か気付いたようだな。流石は藤坊だ。で、どんなことだい?」


「おいらには、いえ、私にはやり抜く覚悟が足りなかったのかも知れません。畏れすぎる事により心がすくんでいたように思います」


 辰吉が、藤次郎の肩を軽く小突いた。


「やっぱり、頭の出来が違うな。いやさ、自分で見つめて自分で答えを出せりゃあ十分だな。それとな、怖がることは悪い事じゃあない。怖がりながらもやることを見極めて、何をするか見極めたら、怖がることに振り回されず、一つ一つ積み上げていけ。いいな」


 念を押しながらも、辰吉のその顔は実に嬉しそうで、楽しそうであった。


「さて、不思議のお嬢を迎えに行こうかね。藤次郎」


「はい。御願いしますっ」


 藤次郎の表情の曇りはすっかりと晴れていた。




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