狂気


崇史は考えていた。

ママはなんで褒めてくれなかったんだろう… ママだって弟がいなくなって悲しそうだった。僕は弟のためにやり返したのに…。


その夜。

常世は旦那の崇裕に昼間の出来事を話した。

「今日こんな人が来たの」常世は名刺を差し出しそう言った。

「BDC? 脳開発? なんだこれは」

「崇史を引き取らせてくれないかって」

「は⁈」

「崇史が人を殺してるって」

「はぁ⁈ 何言って…」

常世が泣き出してしまったので崇裕は1度言葉を飲み込んだ。そして落ち着いてなだめるように常世に語りかけた。

「どうした、何があった? 崇史が人を殺せるわけないだろう?」

「私だってそう思った。でも崇史が殺したって言うの。その西田さんて人も崇史が人殺しに関与してるって言いに来たわ」

「うん、でもそんな訳ないよな? じゃあそいつが崇史に変なことを吹き込んだんだろう」

「いつ⁈ 崇史が1人になる時間なんてないわ!幼稚園の送迎だってバスだし、私は崇史から離れて1人にすることなんてない!最近の崇史が笑わなくなったの、あなたも知ってるでしょう⁈ なのに今日、嬉しそうに言ったのよ⁈ 僕が殺したんだよって!あの子目をキラキラさせて、まるで私に褒めてもらえるとでも思ってるような顔で言ったのよ!こんなの普通じゃない!それに…」

「わかった。落ち着こう。崇史もあんな仔犬の姿みて相当辛いんだろう、だから…」

「それに、私見たの!崇史が1人で許さないって言ってるの!あれは明け方だった!あなたもあのニュース見たでしょう⁈この近くで男女が殺されたの!女の人が死んだのと同じ日の同じ頃だった…!何度か見たのよ、崇史が夜中にブツブツ1人でしゃべってて… もう訳がわからない…」常世は泣き伏せてしまった。

「わかった。明日崇史と話すから。大丈夫だから。な?」崇裕は常世の腕をさすりながら困惑しつつも、常世をなだめていた。


常世は相当興奮していたのか、その日はなかなか寝付けずにいた。一方で気持ち良さそうに静かに寝息を立てている崇裕の姿を見て、こんな時に良く眠っていられるものね、と羨ましそうに眺めていたその時、寝息は息苦しいものへと変化していったと思うも束の間、彼の両腕は上がり自分の首を絞め始めた。


彼女は慌てて崇裕の首から手を振りほどこうと力を込めるが、とても女性一人の力では不可能なほどの強い力だった。すると、崇史が憎しみのこもった表情で崇裕を眺めていた。「やめて……、やめて崇史!」と叫ぶと同時に彼の腕から力が抜けた。崇裕はゴホゴホとむせ返った。

「ママを泣かすパパなんて嫌いだ」

(崇史が俺を…⁈)崇裕の心の中を何か震えおののくような感情が走り、苦しみと恐怖に震えが止まらなくなった。


「もう無理」『そうだな』


二人にはもう崇史を彼に託す以外の選択肢など考えられなかった。

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